42



「阿散井くん、何処に行くの?」

急ぐ阿散井を躊躇することなく、金柑は引き止めた。

「一角さんに稽古つけてもらうんだよ」

ぽんっと頭に浮かぶ一角に、思わず阿散井の手を掴む。

「いいなぁ、私もダメかな」

にじり寄る金柑に、おうと返事をしながら、昨日のことを思い出す。

「構わねぇと思うけどよ、身体は大丈夫なのか」

一角さんは相手が出来て喜ぶけどなぁ…

明らかに金柑が打ちのめされるのは、目に見えている。

「もう傷は塞がってる。」

石色に変化を見た金柑は、言い知れぬ不安を感じ、蓮華丸の不可解な言葉もまたしこりを残している。

「仕方ねぇな」

困った顔をする金柑の気晴らしにでも、と半ば二つ返事で金柑を十一番隊道場へと連れていく。

「恋次、遅ェよ」

ムッとした熱気は開け放たれた窓から抜けたのか、ひんやりとした空気が金柑の頬を撫でる。

「すんません、金柑も良いっスか」

おずおずと顔を出す金柑に、新たな相手とニィッと笑う。

「久し振りにやるか」

木刀をヒュッと振りながら手の内を確かめる様に、恋次はおいおいと不安になる。

「お願いしますっ」

思いっきりやる気を見せる一角に乗せられ、金柑は身の丈に合う木刀を借りる。

中段に構え合い、間合いを探る。

緊張のせいか、足袋を脱いだ素足が張り付く。

ジリジリ詰める一角、金柑は押されるような感覚になる。

―ガンッ―

耐え切れず、飛び込んだ金柑の一刀を軽く受け止める。

「打ちが重くなったじゃねぇか」

久し振りに女の相手ってのも悪くねぇなっ!!

受け止めた所から木刀を返し、そのまま突く。

うわっ!
最近は竹とか柴たちとしかやってなかったから

躱し続け、体勢を調える金柑に遠慮なく一角は、背後に回り木刀を突き付ける。

「後ろ空いてるぞっ」

振り向き様に真横に振り抜く金柑の木刀を止め、掬い上げるように跳ね上げる。

―ガランッ

木刀は床に打ち捨てられたが、金柑は一角の背後に回る。

「おらよっ!拾えるなら拾ってこい」

余裕の笑みを浮かべる一角に苛立ちながらも、何処かで格好良いと思う自分がいた。

やってやろうじゃないか
「ふー」

「息吐くなんざ余裕じゃねぇか」

漸く、まともに息を吐いた金柑を一角は挑発する。

負けず嫌いが多少なりともあること、不完全燃焼を好まないこと、一角はそんな相手とやることが堪らなく楽しい。

かと言って、そう簡単に取らせる訳にはいかねぇなと一角は、金柑に取りに行かせる暇を与えぬように振りかぶる。

―トンッ

後退する金柑に突きをかます。突きをかまされた金柑は、突く一角の右手を左足で押さえ付け、立っている右足で床を蹴り上げた。

流石に右足を振り切れず、体勢を崩すも意表を突かれた一角に満面の笑み。

「やるじゃねぇか」

にやける顔を引き締め、木刀を拾う。

―カツ

剣先が触れ合う音、ザワリと揺れる木々、息遣いこそが静けさをつくる。

下段に構えながら足を動かす金柑を、一角は中段のまま追う。

ずぃっと責める一角に、金柑は咄嗟に前に飛び出た。

―カンッ!カンッ!カ、カンッ

切り返す一角は余裕を見せるが、金柑は手の感覚がなくなり始めていた。

くんっと下がった一角に、金柑は思いっきり前に飛び出して打ち込んだ。瞬間、金柑は自分が決めたと思った。

が、金柑の木刀は一角に押さえ込まれていた。引き抜くように下がり、構え直すと一角は打ち込む。

楽しそうにけしかける一角、必死に攻防する金柑を、阿散井は少しだけ複雑に見ていた。

鍔競りから一角がスッと手元を上げた瞬間、金柑は押し込むように振った。

一角は冷静にそれを抜き払い、肩口に木刀を突き付けた。

「ありがとうございましたっ」

息をどうにか整え、金柑は笑った。

「お前、はだけてるぞ」

頬を上気させ、笑う金柑に一角は不覚にも吸いつけられた。

背中、胸元から肩にかけてずり下がった死魄装からは、背中に貼られたテープが見えていた。

卯ノ花に診てもらってから傷は塞がり、雑菌予防の為に留められたものであった。

「すみません、着付けてきます。阿散井くんの後に気が向いたら意見、お願いしますっ」

バタバタ走り去った金柑を阿散井は呆れたように見送る。

「おうっ」

汗を拭うと、一角は阿散井を見てニンマリと笑った。

やべ、一角さんのテンションが高ェよ…



「恋次、まだまだだな」

案の定、恋次は力を出し切りながら一角のいつも以上の力の前に手をついた。

「くっそ」

へたりこむ阿散井の横では、金柑が一角にアドバイスを受け、弓親はジッと金柑を見つめていた。


「おい、金柑が背中を怪我したってのは本当なのか」

「ああ、藪から棒になんだい」

今度は背中か

阿散井と金柑を見送った弓親と一角は今日も今日とて飲み屋に繰り出そうと、寒空の下にいた。

「いや、そんな怪我したってのに稽古するって言って、来たらしいからよ」

汗をかいた身体に秋風は冷たく、一角は寒ィなとぼやく。

「そう…」

金柑自身が何も分からないんだから、周りはもっと分からないだろうな

金柑の心配をする一角に弓親は驚いたが、一角の性格上当たり前な気もした。

「弓親、何か知ってんのか」

小さな居酒屋の暖簾を潜れば、ほっかりと体が暖まる。

「多分、朽木隊長と朽木さん。阿散井くんに四番隊の何人かは」

一角の品書きを摘む手が止まり、意味が分かんねぇと口を曲げる。

「彼女は暫く、討伐任務から外れるだろうね」

益々、意味が分からねェ
「何があった」

へちゃりと裏返しに開かれた品書きを、弓親が取り上げる。

「嫌な予感はする。一角は知らないんだから、知らされるまで言わないこと」

僕もだから、と弓親は言った。一角は考えるふうを装うも、頭には何も浮かばなかった。


それから二、三日すると、各隊舎に妙な状況が作り出された。女性隊員が眠りから覚めないのだ。影響が無かったのは十一番隊、十二番隊であった。

金柑は何ともなく、ルキアから聞いた十三番隊の様子に驚いた。

六番隊では顕著に現われてはおらず、女性隊員の半分が休む事実は知らなかった。

かと言って、目を覚まさせる術や策は見つからず意識のある友人や上司が様子を見ることになり、準じて隊首会が開かれた。

「卯ノ花隊長、現状報告を」

開かれた隊首会には隊長権限代行者として吉良、雛森や檜佐木もいる。

「はい、彼女たち、男性も幾人かはいますが。彼らは、眠りが覚めず昏々と眠り続けております。手立ては尽くしましたが、何分意識が戻りません」

「そうか、気付いた者は」

総隊長の言葉に皆黙り込んだままであったが、隊長権限代行者である檜佐木が総隊長、と一歩出た。

張り詰めた空気の中、息を飲む吉良や興味深げな京楽が体を揺らす。

「なんじゃ、檜佐木副隊長」

ジロリと自分を見つめる総隊長に、少なからず臆しながらも声を張る。

「現在目を覚まさない者たちの大部分が、ある人物の元に向かったことがあります」

檜佐木が前を見据えながら提起をしたが、反応を示したのは浮竹であった。

「ある人物だと」

考え込む浮竹の横では更木が欠伸をし、鈴の音をさせる。

占い師を御存じでしょうか。総隊長相手に挑むよう尋ねたことを檜佐木は少し後悔した。

「アイツか」

幾分か高い声の主は銀髪を揺らし、檜佐木と総隊長に視線を向ける。

「童京とか言う奴だネ」

予想外な人物が名前を挙げたことに、総隊長はふむと口ごもる。

「では、調査をせねばならぬ。二番隊、砕蜂隊長動けようか」

有無を言わせないのは当然だ。砕蜂の向かいに立つ吉良は真直ぐに見据えられ、ぞくりと肌が粟立った。

「治療方法は四番隊に一任する。些細な情報であろうと報告をすることじゃ。嫌な予感がするの」
ほそりほそりと感じ取られてゆく不安を口にする。


解散の号令に三三五五に散る隊長たちの中、一人の男が、ゆるりと歩む女を呼び止めた。

呼び止められた卯ノ花は、どうかされましたかと歩みを止め、緩やかに振り返る。

「ウミノのことだ」

その声音はいつに無く、心配が感じられた。

「やはり、原因が見当たりません。彼女が術を嗜む出自であれば、何かの代償ということもありますが」

思案する卯ノ花に、朽木は口を開く。

「過去を洗う」

ふんわり笑む卯ノ花から目を逸らす朽木。

「変わりましたね、朽木隊長」

チラリと見ると、何でも無いように朽木は呟く。まるで言い聞かせるように。

「ルキアが心配をしている」

事実、朽木と阿散井の話をしている所に現われたルキアには、口止めをせねばならなかった。

「そうですね」

分かれ道に突き当たり、二人の視線は合う。

「後は頼む」

ザッと羽織りを翻す朽木を見送る卯ノ花は、姿が見えなくなると空を見上げた。真っ青な空を。




>>


//
熾きる目次
コンテンツトップ
サイトトップ
「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -