41
「おはようございます」
阿散井が執務室に入れば、既にいた朽木は阿散井を呼ぶ。
「ウミノを隊首室に」
何枚かの書類を手渡し、ちらりと朽木を盗み見るも、やはり表情は読み取れない。一角さん、金柑の討伐は無しっスよ、と一人呟く。
「失礼します」
明日のことかな
やっと慣れてきた隊首室に、金柑は身体を滑り込ませる。
「明日の十一番隊との任務、ウミノは外す」
やっぱりなと一呼吸置き、返事をする金柑。何故かと静かに尋ねる朽木に、金柑は答える。
「不容易に怪我をすることになるかもしれないからでしょうか。いくら、痛みが無いとは言え」
「そうだ」
尻すぼみに小さくなる金柑の言葉に、顔を上げる。
「と言いたいところだが、私が恋次の代わりに行こう」
手を組み替え、朽木は続けた。
「ただし無理はするな」
「はい」
やっと理解をした金柑は、良いのだろうかと思いながらも、ほんの少し一角に会えることを喜ぶ。
「して、痣は」
「消えていませんでした」
今朝、着替える時に改めて確認をした痣は、鮮やかに華を象っていた。
「そうか、分かった。編成は組んである。恋次に来るように」
眉間に寄る皺を隠すように、俯きながら立ち上がる朽木。
「隊長がですか」
「なんだ」
金柑は連れていくのかと理解すれば、脳裏に浮かぶ十一番隊の面々。
「いや、珍しいなと…十一番隊ですが」
「良い薬になる、地獄蝶で伝えておけ」
窓から入る冷たい風を締め出すよう、カタリと閉めた。
「分かりました」
途端、ゆったりと暖かさが広がる隊首室を阿散井は後にした。
明日の合同任務、朽木隊長が引率しますという阿散井のハスキーな声がふわり漂う地獄蝶から発せられ、弓親は朽木隊長の声が良かったとぼやく。
「朽木隊長だってよ、何でだろうな」
可哀相な奴だな
阿散井がこの場にいないことを一角は良しとする。
「金柑に気をつけてね」
少しの間を空けた弓親の言葉は、やたらと含みがある。
「あぁ!?どうしようもなかったらな」
分かったような、分からないような一角は心に留め置く。
「まぁ、そうだね」
二人は、金柑のことをぼんやりと思い浮かべた。
「あれ、朽木隊長は」
集合場所である六番隊隊舎前、数人の十一番隊と六番隊が集まっていた。しかし、姿を見せない朽木に弓親は、金柑に尋ねた。
「会議で、後から合流します」
急な会議に、珍しく苛立ちを見せた朽木を思い出す。
「分かった、仕切りはは俺と弓親と桐立」
一角は斬魄刀を担ぎ、声を張り上げる。
竹井は久し振りに顔を合わせた二人に緊張をし、金柑は気を引き締める。
「桐立は六番隊と合流だ」
一角の言葉に、六番隊は大柄な男を見る。
「うっス」
ニンマリ笑う桐立の人の良さは、六番隊の隊員たちも知っており、安堵をする。
「よろしくお願いします」
各々、桐立に頭を下げたが、止めてくれよと慌てる桐立に顔が綻ぶ。
「桐立、六番隊だ。無茶をさせないように」
弓親の言葉に向き直ると、日に焼けた顔で頷く。
「分かりました、行こうか金柑ちゃん」
自分より遥かに小さい金柑と六番隊を見る。金柑ちゃんを選んだらまずかったかなと弓親が妹のように可愛がっていることを思い出す。
金柑は金柑で久し振りに桐立と会えたこと、合同任務に胸が高鳴る。
「竹井と柴岬(シバサキ)は私と」
普段から組むことの多い二人に声を掛ける。緊張している竹井とは反対に、柴岬は普段と変わらない。
「行くぞっ」
一角の声に地を蹴った。
北流魂街の外れにある野原に散る組。それ程遠くない処からは一角の声が聞こえ、弓親の霊圧が地を這うように感じられる。
風に揺れる下げ緒の為に、太腿にトンットンッと当たる蓮華石。金柑はまた泣くのか、蓮華丸の力は…と不安を奥底に閉じ込める。
軽い匂いではなく、鼻に付くような濃い虚の匂いから量が窺える。
「多いな」
桐立は鯉口を切りながら、当たりを探る。
「そっすね」
竹井は抜き放った斬魄刀を片手に、力を込める。
―ドンッという地響きに金柑は深呼吸をする。
落ち着け、落ち着けと刀を右手に握り締め、左手で構えを取り、唱える。
「破道の四、百雷」
打ち抜かれた足を引き摺る虚を桐立が斬り放つ。
やっぱり、桐立さんは凄い
自分とは力の差を明らかに感じ、金柑は斬魄刀を強く握った。
「竹っ!後ろっ」
柴岬の声に竹井は振り返り斬魄刀を振り下ろす。
「なんだっ?」
捉えた筈の感覚が感じられない竹井は、息を調え辺りを探る。
「消えた…?」
一人、刀を抜かずサポートに回る柴岬もまた、探るが行方は掴めない。
ただ、何かいるそれは分かっているのに
柴岬は言葉に出来ない感覚に鳥肌が立った。
「消えてもおかしくはないが…気をつけろ」
桐立は汗一つかいていない顔で、三人を見回す。
すると、感じたことのある大きな霊圧が、四人の元に降り立った。
「朽木隊長」
桐立は頭を下げ、指揮権を委ねようと申し出る。
「分かった。先程の虚は何処へ行った」
朽木は急に霊圧を消した虚の行方を探り、尋ねる。
「良い、来るぞ」
その瞬間、数体の虚が巨躯を揺らしながら現われた。
「破道の三十三、蒼火墜」
確実に捉え、威力を発揮する朽木に桐立は苦笑いを浮かべ、竹井と柴岬は息を飲む。抜刀をした朽木は地を蹴り、頭上に跳び金柑の援護に回った。
「金柑、今だ」
朽木が虚の手腕を打ち取り、動きを止め金柑は真一文字に斬り据えた。
「うおっ!」
桐立は柴岬を援護していた為に、竹井が足下を掬われ虚の手中となっていた。
「隊長、私が行きます」
そう言った時、既に金柑は刀を振り回していた。手腕を掻い潜り、虚の足下から竹井を捕らえる手腕を切り上げる。
―ギュアァァッ
―ドスンッ
鈍く響く音に、虚は更に咆哮を上げる。
「一、波影」
ギチギチと指先から心臓にまで響く蓮華丸の霊圧に、金柑は息が止まりそうになる。
―私はもう永くはない
蓮華丸の声を辛うじて聞き取った金柑は、柄を握り締めた。
意味が分からない…
気を取られた金柑は、背後から襲いかかる虚に遅れを取る。
「竹井っ!!」
馬鹿っ
金柑は駆け出し、ヒュッと落ちていく竹井の身体を掴み、様子を見る。背中に這う大きな爪痕からは、鮮血が既に滲み始め、金柑の手を赤くする。
「どうしようっ」
見渡せば、朽木は柴岬をフォローしており、桐立も二体の虚を相手に立ち回っている。
―バキリ、パキン
その音に振り返れば、虚の仮面が割れていく。
「なんで…」
しかし、不完全な為に苦しみからのたうち回る。
「一、波影」
―ザァァァアッ、ジャッ
水流の刃は躱され、爪が金柑の蓮華丸を止める。
「いっ…」
押し負けそうになるも、虚は自身に苦しむ。咄嗟に這縄で捕らえられた虚は逃げようともがく。
「竹井くんをどうにかしないと」
距離を保ちながら、刀を構え霊圧を制御する。
「落ち着け、三、颪」
現われた蓮華はやはり大きく、以前より明らかに色濃い。霊圧の大きさに比例する色の濃さに、金柑は不安を覚える。
「大丈夫、今出来る範囲の止血はするから」
「四番隊には報告をしてある。すぐに戻れ」
朽木の指示に金柑は柴岬に竹井を背負わせ先に戻った。顔を歪める柴岬に、金柑自身も不安になる。気を紛らわせようと柴岬も怪我をしていないかと気になり尋ねる。
「大丈夫ス」
感づいたのか、柴岬は笑みを浮かべた。
「朽木隊長にかなり助けられましたけどね」
背負う竹井の血がじんわりと手に滲み、物理的な現実に嫌な汗が滲む。既に話が通っていた為、直ぐさまに治療が行われた。
「貴方はウミノさんですか」
受け付けた四番隊隊員が、頭から足の先までじっと見ながら尋ねた。
「はい」
嫌な予感はしたんだ
背中が濡れていることを認識をすると、どうにも頭が痛くなる気がした。
「朽木隊長から伺っております。卯ノ花隊長がお待ちです」
あぁ、直行だ
隊員に着いていく金柑に、柴岬は名前を呼ぶ。
「大丈夫、竹井くんに着いていて。報告は一段落着いたらね」
二本指を立て、金柑は言った。
「分かりました」
「ウミノさんですね。お話は聞いています。死魄装を」
指示を出しながら、卯ノ花は金柑を促す。消えていませんねと胸元鎖骨から肩に掛けた痣が、確かに消えていないことを金柑は思い出す。
「痣ですよね」
振り向きながら尋ねれば、柔和な笑みなど欠片も無く、卯ノ花は違うというように首を横に振った。
「背中の傷です。今までの話からすれば既に傷は消え始めていておかしくはありません。ですが、まだ消えておりません。痛みは」
綿を宛てがいながら、卯ノ花は消毒液を受け取る。ツンとした匂いに、消毒液を浴びる背中を考える。
「ありません」
目を見開く卯ノ花に、本当なのに、と心の中で呟く。
「終わりましたよ。入浴は済まされますか」
奥の小さな浴室を示された金柑は、お願いしますと頼む。
「勇音、お願いしますね」
副隊長、直々に!?
金柑が慌てるのを見て、怪我人ですからねと釘をさす。結局赤黒くこびりついた血を拭ってもらい、洗髪もどうにか終え、新しく支給されたパリパリの死魄装に手を通す。
「斬魄刀です」
渡された蓮華丸を見た金柑は、思わず溜め息を漏らし、蓮華石を手に取った。見ればそれは、金柑の痣のように技の蓮華のように色濃くなっていた。
「何か、不安になるなぁ」
誰ともなしに呟いた言葉は、十一番隊の喧騒にかき消された。
竹井は二日の入院を言い渡されたが、金柑は朽木の計らいもあり、要注意の言い渡しを卯ノ花からされ、四番隊から送り出された。
>>
前//後
熾きる目次
コンテンツトップ
サイトトップ