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その力は彼が物心ついた頃、目覚めた。

蝋燭の光に揺れる燭台の影と小さな影。

「妾の愛した人と同じ力よな。そなたも立派に生くれよ」

床に横たわる女の手を握り締め、必死に呟く子。

「生くれよ、それはかか様よ」

生くれ、生くれ、生くれと子は泣かず懸命に祈り、掌は白く握り締められる。

「成らぬよ、祈りは成らぬよ。かか様が死ぬるは、理よ」

白い顔に映える青い眼はシットリと濡れ、細く響く声は蓮を震わせる。

「かか様、かか様独りは嫌じゃ」

開け放たれた障子に写る影が、小さく沈み込む。

「そなたの力は人の為に使われよ。じじを頼れよ、支えよ。独りでは無いのだよ。いつも傍にいる…」

カタリと音を立てた障子の影もまた、人知れずに沈む。

「かか様、立派になりませう。この名を忘れぬよう」

じじ、と呟けば、静かに障子は滑り、初老の男が頭を垂れる。

「じじ、共に…妾の子、大事な蓮よ…」

音もなく女の足下に近寄り、蓮と共に女の手を祈るように握り、涙を零す男。寒空にキンとした空気の中、大切な者たちを残しながら、それでも腕に抱き女は隠れた。

「かか様…」

白い吐息に感じる温もりは、生きなければと唯一の男を見やる。

「蓮殿」

二人は隠れた女を忍び、彼女の為に自分の為に、と心を決める。

「じじよ、私と共に生きてくれようか」

幼さの残る顔と年老いた男には、柔らかな笑みが浮かべられた。

「はい」



「有り難い、有り難い」

流魂街の小さなあばら屋の前に、質素な着物を纏った二人の男がいた。一人は頭を下げ続け、しきりにに感謝を述べた。

「構わぬよ、出来ることがあれば言っておくれ」

随分な長身の青年と言うには大人びた彼は、男の肩に触れる。

「蓮殿っ!」

仕事を終えた蓮が屋敷の敷居を跨げば、じじの叫ぶ声。深緑、紅葉、池と調えられていた筈の庭は紅葉で染められていた。

あぁ、血なのだな
認識をした蓮は呟く。

「なんだこれは…」

時折鼻に付く甘ったるい香りに、顔が引きつる。

「恐らくはあの男かと」

じじは足下の鉢を抱き、血に塗れた花弁を摘む。今に始ったことではない。蓮は息を吸い短く吐く。

「気にすることでは無かろうよ」

「左様でしょうか」

悲しくも悔しさを重ねた瞳に、蓮は願った。

「これ以上、血を流したくはないよ」

「承知いたし…蓮殿、幸せ、で、もっと呼び、とう…ござい…れん…」

じじに向けられた筈の笑みは消えた。蓮は崩れゆくじじの身体を抱えながら呼ぶ。すると、むっとした甘い香りが辺りに漂い、花弁が舞う。

「お主は頭が足らぬか」

頭上の声に顔を上げれば、何度か顔を合わせた、自身と同じ生業を歩く者。束ねられた銀髪が風に靡き、羽織りが翻る。

「ふむ、お前の友人であろう、あ奴等などいとも簡単に散ったよ、ほらお前の名のつく華だよ」

笑うことなく銀の眼を蓮に向け、握られた手には赤に染められた蓮華が浮かんだ。

「何をした」

分かってはいるのだと蓮は頭の中で肯定をしながら否定をし、男を睨み付ける。こうさ、と開かれた手から浮かんでいた蓮華は消え去り、返した手で蓮が抱くじじを指差す。

「殺したのか」

言葉を発した瞬間、じじは死んだのかと実感をする。

「ああ、そうさ。一つ言っておこう、此の世界には二つの世界がある。死神とあ奴等よ。力を持ちながら、隔離された世界に身を置く我らの立ち位置は如何に曖昧か。私は力が欲しいのさ。お前の力が欲しいのよ。死神に取って変わりたいのだ」

男は口角を上げながら、細い白い指を突き付ける。

「何を言っている…丹京(タンケイ)」

鮮やかに赤に彩られたそこに立つ男、丹京は笑った。

「もう遅い。此の男に掛けた呪詛が分かるか」

くるりと指を回すと、じじを取り巻く呪詛が姿を現す。

「じじに…」

赤い文字は、じじから蓮に絡み付く。

「此奴は、お前が大事な大事な華だったような。死に際に呼ぶ名の者の支配権を渡してもらったのさ。勿論、知らぬだろうよ」

ちとクサかったか、と含み笑いをしながら、丹京は蓮へと歩を進める。

「いつでも殺せると言いたいのか」

スルリと身体に染み入る呪詛の意を知る。

「そうだ、お前は拒めぬよ」

指を回し小さな湯飲みを空から取り出し、口に付ける。

「何故だ」

丹京の無神経さに顔が歪むのが分かる。

「なぁ、力を得れば、生かすことも死なすことも容易。勿論、秘術を作り出すことも」

要点を言わずに言葉を振り回す丹京に、語気を強める。

「何が言いたい」

そんな蓮など意に介さないとばかりに、銀髪を指に絡ませる。

「ふむ、母やコイツを生かせるのだよ」

朝飯前だというかのように言い放つ丹京。

「世迷い言だ」
有り得ない、そんなもの

蓮は立ち上がった。

「まぁ、良い。力の裏付けによる秘術など幾らでもあるからな」

袖を振れば、鳴る小さな鈴の音だけが清らかで。

「黙れ、黙れ!」

心の奥底で求める母親の影を、打ち消すかのように言い放つ。

「貴様は断れぬよ。名は既に手中さ―蓮―よ」

丹京は指で空に銀色の字、蓮の名を綴る。

みるみると赤く染まるそれは、ドロリと垂れて地に吸い込まれる。

その瞬間、蓮を身体の内から切り刻まれるような感覚が襲った。

「はっ、はっ…は…」

息をすることすら、辛…い

「苦しかろう、死なすことはせぬ。力を寄越せばいくらでも好きにすれば良い」

吸い込まれた筈の名を、地から掬い出しながら笑う。

「貴様っ!」

空気が震えるような怒声にすら、丹京は反応することなく名を手に収める。

「忘れておった、貴様の名は此処にある―蓮―囚われの身だ。勝手に死ぬことさえも出来ぬ。この式神は、お前が力を蓄える為ならば必ず尽くそう。意味は分かるか」

懐から取り出した銀白色の人形の式神を、フッと蓮に飛ばす。

「監視か」

収まる場所を知っているのか、スルリと懐に入り込む。

「ふむ、ようやっと賢くなったな―蓮―よ」

鈴の音がいっそう高くなる。

「その名を呼ぶなっ」

ギリギリと噛み締めた唇からは、鉄の味。

「母上は悲しかろうな。愛しい男の名を付けた愛しい息子に、名を呼ぶなと言われたらば」

ふふっと笑う丹京に、蓮は心を決めた。

「良かろう、必ずや術を得よ。さすれば、力を与えよう」

踏み締める地や草から漂う血の香りから、早く逃れたかった。

「ふん、随分な物言いよ。忘れるな、お前の立場を」

わざとらしく蓮華を取り出し、散らせる丹京。

「分かっておる、我が師」

「賢い者は好ましいものだ」

頭を垂れた蓮に笑みを浮かべ、全てをそのままに丹京はひゅるりと姿を消す。

蓮はただ俯くしかなかった。



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