39



二人が向かった先は、八番隊。

「久し振りじゃない!」

遠目にも分かる彼女らしいシルエットの横に、小さな塊。

「あれ?何で」

ようやっと乱菊から放されたのか、大きく息を吸うルキアに尋ねる。

「浮竹隊長に誘われたのだ」

やあ、と現われた浮竹に金柑は頭を下げる。

「久し振りだな、あれから八席になったんだってな!凄いじゃないか」

合同稽古以来だなぁ、と久し振りに見た金柑に、言葉をかける。

「いえ…」

小柄ながらに顔中で笑い、ルキアとはしゃぐ金柑が微笑ましい。

「金柑ちゃん!っ会いたかったよ〜」

ゆったり浸っていた筈なのに、声の主である永年の友人に振り返る。

「お久し振りです、伊勢副隊長はお見えにならないのですか」

既にほんのり嗜んだのか、漂う酒気に驚くことなく、伊勢を探す。

「すぐに来るよ」

京楽は金柑にお猪口を差し出す。

各々自由に過ごす中、金柑は阿散井とルキアと共に縁側にいた。金柑が月明りを楽しんでいる横で、月見団子を食べ過ぎたのはどちらかとルキアと阿散井は揉めている。

片手を上げ、寒かろう肩を相変わらずむき出しに、檜佐木が顔を出した。

「檜佐木副隊長」

締め付けられ、呻く阿散井の脛を蹴飛ばし、檜佐木は泣き真似をする。

「副隊長かぁ…寂しいなぁ」

何かいつもと違うんじゃ

檜佐木さんで宜しいですかと苦笑いを浮かべながら、檜佐木の座る場所を空ける。

「しかし、多いなぁ…」

お猪口を口に運びながら、檜佐木が誰ともなしに呟く。

「吉良くんは来ないの?」

最近、会ってないなぁ…

吉良と共に雛森の姿を、騒ぐ集団の中に探す。ルキアに捩じ伏せられながら、阿散井は涙目で答える。

「吉良も来るぞ。雛森は現世駐在任務視察だとよ」

月明りに伸びた淡い影に檜佐木は笑う。

「噂をすれば影だな」

以前は随分とやつれていた顔も、全てが終わってからは生気が戻り始めていた。

あれから一年、だもんな…

「朽木さんお久し振り」

喩えるなら月明りのような笑み、金柑はなかなか上手いこと言うなぁと吉良とルキアのやり取りを見る。

「お久し振りです」

勿論、手は緩めない。

「プライベートだから気にしないで」

檜佐木に渡されたお猪口を手に笑う。

「努力します…」

しおらしい言葉とは逆に、阿散井に最後の一撃を食らわす。

騒がしいのォと現われた射場は金柑に気付く。

「久し振りじゃのウミノ」

「射場副隊長、その節はお世話になりました」

ニィと笑うと、射場は椿が寂しがっていることを思い出す。

「また来い、待っとるけぇ」

「はいっ」

沈められた阿散井を見た射場は、ルキアによくやったと褒める。

射場さん…酷いっス

節々が痛む阿散井は、ゆらゆら揺れる月明りに目を細める。


「真ん丸だねぇ、良い月だ」

隣りにいる友人の髪もまた、月明りを浴び淡く浮かび上がっている。

「本当だな、うん美味しそうじゃないか」

月明りしかないというのに、桃色の羽織りがやたらとよく映えている。先程乱菊が持ってきた月見団子に姿を重ねる。

「浮竹らしいね、そう言えば十一番隊組はどうしたんだい?」

浮竹がそうかと相づちを打つ中、誘った筈の巨躯が見えない。

こんな夜には、彼の鈴の音が風流なんだけどなぁ
おや、来たのかな

姿を現した伊勢に、浮竹はお疲れと声を掛ける。

「草鹿副隊長が寝てしまったらしく、更木隊長は寄らずに帰られました。お酒と共に」

眼鏡を押し上げる伊勢に、浮竹は席を空ける。久し振りには良いかしら、と浮竹にお酌をしながら珍しく誘いに乗ろうと決める。


「ねぇ、朽木の斬魄刀、見たことないんだけど」

いつの間にやら乱菊が、腰を落ち着けている檜佐木たちの面々に対し彼女は徐に言った。

「そんな副隊長殿に…」

名前、とルキアに訂正をしながら流れる噂の真意を尋ねる。

「綺麗だって聞いたわよ。朽木は隊長と同じ氷雪系だって」

朽木隊長が珍しく話していたし…

「あぁ、はい…」

それは知らずに、破面戦の時だろうかと巡らせる。どうしても見たくなった乱菊は、屋根の上に声を掛けようと縁側から降りる。

「京楽隊長、刀の解放ってまずいですか?」

代わりに浮竹が顔を覗かせ、京楽を呼ぶ。

「当たり前だ」

その声に乱菊は振り返る。

「隊長居たんですか」

上司への言葉とは思えない言葉に、金柑は絶対にそんな風に言えないなぁと思う。

「遅くなった、あと施錠ぐらいしてから行け」

背にある刀を外し、挨拶をしてくると屋根に上がる。同時に顔を出した京楽は、飲んでも変わらずにいる伊勢を呼ぶ。

「ん〜、七緒ちゃん、阿近くんに連絡取れる?」

「はぁ、分かりました」

意図をくみ取った伊勢は、伝令神機を取り出す。


研究室で一息ついていた阿近は、振動する伝令神機を摘む。大抵はディスプレイを見て放り投げる阿近だが、伊勢七緒の名に渋々釦を押す。

面倒ごとじゃねぇだろうな…

二言三言交わすうちに面倒ごとじゃねぇか、とぼやく。

「仕方ねぇ…今行きますよ」

回転椅子から腰を上げ、外出中の札をかける。

行って見れば、月見の最中とは…

「悪いねぇ」

依頼主の元へと屋根に上がり、作業を始める阿近。

「ったく、そう思うならもう少し早く言って下さいよ。どうぞ」

日番谷隊長が珍しいなあ、菓子の山隠してやんの

浮竹は浮竹で、阿近の仕事に感心している。

「あら、阿近ありがとっ」

見計らったかのように上がってきた乱菊に、こいつだなと直感が働く。

「松本だな、原因は」

本人は七緒、ありがとねと仲介者を見る。

「相変わらず鋭いなぁ」

浮竹の笑顔にどうもと答える。

カチリと釦を押し、後はやってくれとばかりに下に降りれば、お得意先と目が合う。

白衣の中に突っ込んだまんまだったな

「檜佐木、お前請求書忘れてっただろ、おらよ」

阿近が折り畳まれた請求書を手渡すとそそくさと死魄装に仕舞い込み、持っていた徳利を指差す。

「忙しいんだよ」

「そっスか」

檜佐木は注いだお猪口を阿近の手に握らせる。

コイツは…

ヘラリと笑う檜佐木に毒気を抜かれ、一杯くらいならなと口にする。

最近は飲んでなかったなぁ

口に広がる独特な香り、喉に染みる味に、良いもんだなと身体に染み込ませる。

「阿近さんお久し振りです」

振り向けば金柑が頬を赤くし、飛び跳ねながらやってくる。

「よォ、で願いは叶ったか」

ニヤリと笑えば、倍以上の笑顔を浮かべる金柑に子どもってのはこんなもんかと思う。

「二回も名前で呼んでもらえましたっ」

指を二本突出して笑う金柑、檜佐木はやたらとご機嫌な彼女に一人疎外感を感じる。

「楽しそうで良いなぁ」

「何がだ」

どちらかと言えば、目付きの悪い顔馴染みは、むっと唇を突き出す。

「なるほどな、兄ちゃんは悲しいよ」

「へ」

お、間抜け面
「ほっとけ」

阿近は泣き真似をする檜佐木に言い放つ。

「はぁ…?」

飲み過ぎたのかな



「皆、やるわよっ!朽木の見たいでしょっ!」

ずりずりと引き摺られるルキアに、檜佐木に押し出される金柑。

「へ!?」

頑張ってね、と励ます吉良にルキアはいや、しかしと慌てる。

「解放すりゃ良いんだよ」

「分かっておるっ」

金柑は、ルキアの久し振りの解放にワクワクする。

「朽木頑張れよ」

浮竹の嬉しそうな様に、ルキアは引くに引けなくなる。尤も、引ける訳がないのだが、提案者が乱菊である故に。

兄様申し訳ありません、乱菊さんと浮竹隊長には逆らえません、と訳の分からない懺悔をする。

「舞え、袖白雪」

やった
やっぱり綺麗だなぁ、技も見たいなぁ

技も見たいと、と手を上げる友人にルキアは慌てる。ウズウズしたのか、阿散井がルキアやるか、と斬魄刀に手を掛ける。

「阿散井くん挑戦者だね」

「二つの意味で朽木隊長に刻まれるぞ。斬魄刀の解放、朽木ルキアが相手」

吉良が表情を変えずに言えば、檜佐木は憐れむ。

「ま、季節外れの桜も良いもんだね」

「そうだな、紅葉が色付いてなくて良かったな。桜が目立たないからな」

京楽と浮竹の少しずれた会話に、金柑は心の中で頷く。確かにね、と。

気にしないようにしていた金柑だったが、紅葉と聞いてつい紅を思い浮かべる。

「やっと来た」

目だけで探していると、聞こえた乱菊の声の方を振り返る。

「何やってんですか」

弓親の声にその隣りを見る。

「朽木の解放を見たことなかったから」

気付けば吉良が乱菊に捕まっている。

不敵な笑みを浮かべる弓親の真意を感じ取った檜佐木は、思わず声を漏らす。

「何よ、修兵?」

「どうかしたかい、檜佐木副隊長?」

にじり寄る笑みに、ぶんぶん首を振る。

「何でも無いですっ」

一方、伊勢に抱き着こうとする京楽を浮竹が押さえ込んでいる。こういう時ばかり俺なんだから、と京楽の首根っこを掴む。しかし、臨戦態勢に入る伊勢に京楽を解放しようかと考える。

あちらこちらのやり取りの中、帰るタイミングを逃した阿近は機材の持ち帰りも兼ねて待つことにするも、ふと今日のことを思い出した阿近は、金柑を呼ぶ。

「金柑、こっち来い」

チラチラと見ていた一角から視線を外し、駆け寄る。

「何ですか」

「刀に異常は無いのか」

座りたい阿近は縁側に向かい、金柑は後を追う。

「一応」

「分かったよ、ったく」
厄介ごとにならなきゃ良いが

「へへっ、ありがとうございますっ」

そんな心配を余所に、礼を言う金柑。

「しかし、良かったのだろうか」

どうにか、阿散井から逃げおおせたルキアは、金柑の元にやって来る。解放してはならないことは無いが、こんな夜分にと二人は思った。

「技局特製の制御装置だ。性能は勿論良い」

「凄いですね」

ルキアがそう言うと、三人の元へ来た阿散井がニヤリと笑う。

「ルキアにちょっかい出すと切り刻まれますよ」

それは阿散井くんだよという金柑の突っ込みは、朽木隊長の為に胸にしまう。

「そんなことしねぇよ」

近付く霊圧に顔を上げれば、隣りでは背筋を伸ばす。

「阿近、柄の細工直せるか」

声の主は来たばかりで、飲んでいないのか酔っていない。

「何でも屋か俺は」

粗相しないようにしようと#、#NAME1##は更に姿勢を正す。

「いつもは直してんの知ってるだろ」

阿近に任せる方が良い、別に出来ない訳じゃねぇという一角の珍しい頼みに乗ることにした阿近。

「分かった、分かった。道具あんのか」

火のついていない煙草を口に咥える。一角は持ち歩いているだろう使い込まれた小道具に金柑の目は吸いつけられた。

「待ってろ」

ルキアが乱菊に呼ばれた為、阿近は火を点ける。

「そうだ恋次、明後日の討伐は六番隊に頼んだぞ」

先日の討伐任務の割り振り会議に、更木と草鹿の代わりに参加した一角は阿散井に告げた。

そう言えば隊長そんなこと言ってたな…
金柑の件で忘れてたぜ

「入れてもらえっかな」

デスクワークより性に合う任務を願う。

「お前は希望だしたからな」

今まで話を聞いているだけで、一角を見る訳にもいかず、阿近の手元を見ていた金柑は不意打ちを食らう。

「えっ…あ、頑張ります」

その顔は何で赤いんだよ

「金柑、怪我したばっかじゃねぇのか。足」

阿散井は今日のことから、連れていくのはどうか、と不安を覚える。

「大丈夫ですよ」

「阿近、お前も名前で呼んでんのか」

阿近の口から女の名前が出るとはなぁと言わんばかりにまじまじと自分を見つめる一角に、阿近は煙を吐く。

「何だよ文句あんのか」

「無ェよ」

胡座をかき肘をつく一角に阿近は続けた、口角を上げながら。

「ちょっとした有名人なんだ。俺が名前で呼んだっておかしくはないだろう」

すると飛んできたのは酒瓶。

「うぉ!危ね!大丈夫か?金柑」

グイッと引かれた手が熱い。叫びたくなるのをどうにか押さえ、顔を上げる。

「びっくりし、ました、よ」

流石に誰だと飛んできた方を睨む一角。

「松本テメェっ!」

「京楽隊長っスよ」

即座に阿散井が耳打ちをする。

誰でも良い!
やばい!
どうしよ、顔がにやける

もじもじする金柑に救いの声。

「金柑ちゃん、こっちにおいでよ」

一角に謝りながら手招きをする京楽。

「行って来い」

阿近の後押しで、飛び跳ねそうになる足をきちんと地面につけるようにそろそろと駆け出す。

「失礼します」

そう言った金柑の顔は真っ赤で、意識し過ぎだろうと阿近は仕事を終える。

「一角さん、檜佐木さんが金柑に兄ちゃんて呼んで欲しいらしいですよ」

何を思ったか、夜でも分かる紅い髪の主はニィと笑う。

「末期だな。助かった」

檜佐木がそんなことを言うなんて、阿近に礼を言い、しっくりくるなぁと柄を握る。

「そうか、分からんでもねぇな」

縁側に寝転んでいた阿散井に倣い、一角も寝転ぶ。遠くから見れば、巨躯が転がり異様であろう。

「阿近さんが…」

「血迷うなよ」

即座に突っ込む一角に、阿近は煙を吐く。煙の向こうの紅の目元が細くなる。

久し振りだなこいつらとこんなこと話すなんてよ
松本に感謝だな


あんなに顔を赤らめやがって
ルキアに話してやろ

妹なぁ…妹ってあんなもんか

各々、思いを馳せるのは淡く浮かび上がる月の下。


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