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隊長の目を潜り抜けたは良いが、戻るとなぁ

阿散井は息抜きの書類配達に九番隊に向かう。檜佐木と顔を合せれば、ついつい手を止めさせてしまう。以前は随分静かだった隊も最近は活気を見せ、阿散井の声も違和感は無い。

「月見酒っスよ」

「何が?」

話を聞いていない檜佐木にむくれても仕方がない阿散井は気を取り直す。

「乱菊さんの誘いっスよ、檜佐木さんも多分、確実に」

くわり、と大きな欠伸を隠そうともせず、ニヤリと笑う。

「場所は?」

その途端に頭を悩ませる後輩同期を、らしいなと思う。

「まぁ、八番隊で京楽隊長が主催者だろうな」

「なるほど」

自分とは異なる、細身ながら筋肉質な体躯を、猫のように伸ばす檜佐木を、阿散井は凄ェ、と妙な尊敬の眼差しを送る。

伸ばしたついでにと、今二人が使う応接用の長椅子から弓なりに体を反らし、背後にある机の書類の山から器用に数枚を抜き出す。

「この前の原稿の誤字、多かったぞ」

広げられた原稿は、自分が必死に書き上げたもの。


いっその事、隊長に見てもらうか、いやいや

「辞書引けよ」

阿散井が考えている事など露知らず、辞書をあげようかと考える。

「金柑はさ、俺のことどう思ってんだろう」

いつも笑っている、あの小さい少女を思う。

「藪から棒に…まさかっ!!」

そんなに驚くなよ、と身を乗り出す後輩を諭す。

「違う違う、一度で良いから、兄ちゃんって呼んでくれねェかなぁ」

この人は今、何を言ったのだろうか
聞き間違いであれよ

阿散井は、時折訳の分からない事を口走る檜佐木の癖が出たかと頭を悩ませる。

「妹かぁ…うん響きが良いよな」

そんな阿散井に構うことなく、頭の後ろに組んだ腕に頭を委ねる。

「あー、じゃ書類頼みますね」

こういう時はほっとくのが一番だ
長年の付き合いから得た扱いだな



「今夜だってよ、月見酒」

朝の一言目からお酒って…

翌朝、金柑はおはようございますと返し、伝令神機を取り出す。昨夜、弓親から来たメールを釦をカチカチ鳴らして探す。

「みたいですね、八番隊ですって」

「お!檜佐木さん当たりだ。で、そんな時に悪いんだが、今から現世に行ってくれるか」

勤務表を片手に、筆で書き付けながら阿散井は言った。

「分かりました」

とは言ったものの、隊長も何を考えてるのやらと自身の力に不安を持つ。

「夕方になったら、正規の駐在任務の奴が戻るからよ」

机に垂らした墨に顔を歪ませ、筆を置く。吸い取り紙を自分の机から引っ張り出して差し出す。

「中途報告だ」

悪いな、と机の雫を吸い取らせる様は副隊長なのだろうか、金柑はらしいと言えば、らしいかと思う。

「分かりました、行ってきますね」

吸い取り紙や持ってきた荷物を諸々、机に放り出して斬魄刀を帯びる。

「気をつけるように」

執務室を出る時にすれ違う朽木の気遣う言葉が、金柑をやる気にさせた。

私ってば、単純だ


向かった先は、空座町より東に十霊里の町。晴れた空に、コンクリートに伸びる影は黒い。

―トンッ

他人の屋根を拝借し、伝令神機で辺りを確認する。

一人で現世か
久し振りな気がするなぁ

金柑は屋根に腰を下ろし、手持ち無沙汰から下げ緒の石を握っては放すを繰り返す。

時折、頭上に小さな影を落とす鳥を見上げては、足下を行く人を眺める。

こんな風にのんびりしたのは久し振りかな

金柑は不謹慎だとは思いながらも、一人笑みを浮かべた。

―スンッ

鼻が嗅ぎ分ける虚特有の匂いに、腰を上げ意識を集中させて伝令神機の画面を見る。

二と一か…

離れた場所にいる一体はひとまず、としてすぐに現れるであろう二体の為に刀を抜き、構える。

ンギャァァァッと甲高い咆哮を上げ、上空から来る飛行体の影が二つ。

飛んだ!

―ダンッ

瓦屋根が金柑の足を刺激する。

飛行戦は無謀かな?

抜いた刀を右手に託し、左手を一体に定める。

「破道の三十一、赤火砲」

―ドンッ

薄く白煙がたなびく中、金柑は虚の後方を取り、左手を真横に向け、唱える。

「破道の三十一、赤火砲」

―ドンッ

咆哮がビリビリと、金柑の身体を揺さぶる。

「熾きろ、蓮華丸」

その体制のまま、始解をし刀を構える。

「一、波影」

水流が目の前の虚を貫きながら、左上方向から翼を羽ばたかせる虚も貫く。

ドクドクと脈打つのは、興奮による自身の心臓ではない。

「熱い…」

柄から流れ込む蓮華丸の霊圧に、金柑は刀を見つめる。

「っ!次?」

忘れてた

金柑は、跳躍をしながら追いかけて来る虚に正対する。瞬間、悲しみが流れ込んできた。スルスルと身体に染み込む、喉が詰まるように。

―ドウシテ、私ガ死ナネバナラヌ、アイツハ私ヲ待ッテイル!!早クッ!行カネバナラヌノダ

ドロドロと流れ込む映像に、金柑は胸が苦しくなる。

「あぁ…、そうだよね、もう大丈夫だから。楽になろう」

構えた左手を下げ、刀を左手に持ち替える。

そうだ、虚は本当なら…

右手を虚に触れれば、先ほどより鮮明に流れ込むそれは、生から死へと身体が流れた時のこと。

頬を伝うのは生温い涙、左手で刀を構えた金柑は刀から流れ込む熱い霊圧に身体を震わせる。

―オォォオォン

咆哮とは違う、身体の底から響く声を発する。スルリと身体を滑らせ、金柑に腕を伸ばす。まるで、乞うかのように。

蓮華丸を降り下ろす、散った滴は消え去る。目に溜まった涙を拭う。

こんな思いは死神になってから以来だっけ
何か…嫌だな

小さく息を吐いて目を擦る。

―ピピッ

無機質な音は、一人浸る金柑の心臓を跳ね上がらせる。

びっくりした…
もう戻って来たのかな?

「おい、阿近だ。金柑、その霊圧の揺れはなんだ」

第一声から端的に用件を述べるその声音に、金柑肩を竦める。

「あ、その…斬魄刀が急に霊圧を上げたみたいで」

正直、自分でも分からないんですよ、と機械越しの相手に頭を下げる。

モニターの霊圧反応が上がり、局員が慌てて阿近を呼んだのは、金柑が始解をした時。

虚の間違いだろう

阿近はモニターを目にすると、画面の切替えを即座にさせた。

正直、以前の金柑の霊圧を考えりゃ、八席てのも信じられない
ただ、アイツが流した涙に気付いたのは、俺だけだった
刀の力なのか

一息吐いている間に、金柑の伝令神機に繋げさせる。

「お前が意識した訳じゃねぇのか」

画面を切替えたから、頭を下げてんの丸分かりだぞ

「はい…」

萎む声に嘘は無いだろう。チラリとモニターを見れば、新たに三つの光の点滅。

「分かった。なら良い。東に虚三体だ」

「ありがとうございます」

プツリと切れる音から、画面に意識を向けさせる。

「寒っ、うぇっ…」

竹井くんと行った時みたいな寒気だ

「っし!」

気合いを入れ直すと、金柑は同時に掛かってくる三体に向き直る。

「縛道の四、這縄」

金柑の戦い方の基本である。

駆け寄れば流れ込む意識に捕らわれる。ドロリと掴まれた腕、首に巻き付く手、肩に置かれた頭、全てが幻影であるのに、金柑には幻影を、虚の意識を解き放つことが出来なかった。

「まただ…何で流れ込むの?私、貴方たちのこと分からないのに…」

そう言ったところで通じることはなく、虚は言葉を紡ぐ。

―助ケテ、クレ…今ノウチニ解放シテクレ

―マダ生キタカッタ、モウ捕ラワレタクハナイ、早ク!

―シニガミ、ソノ刀ヲ降リ下ロセ

ダメ

奥底の不安、握り締めた柄から流れ込む熱い霊圧に咳き込む。

「キツい、制御しきれないから…蓮華丸っ」

お願いお願いお願い
お願い
私に合わせて
―合わせているのだよ

消え入りそうな高い声に、金柑はハッとしながらも、虚という彼らを昇華しないと、と刀を構えた。

「三、颪」

いつもより色濃い薄紫に大きな蓮華に、霊圧の大きさを感じる。

「ごめん、なさいっ…」

乾いた涙の跡を辿る涙が、金柑の髪を顔に張り付かせる。

「はっ…はぁ、はぁ…」

嗚咽とも息切れともつかぬそれに苦しくなる。

汗を拭おうと、胸元から取り出した手拭いが紅く染まっていた。

本当に怪我、してないよ

「斬れてるし…」

流石にこんな所で、死魄装をはだける訳にはいかず、四番隊かと溜め息を吐く。

―ピピッ

「こちら壷府。正規駐在任務者到着します」

阿近が出ると思っていた金柑は低い声ではなく高い声の主に驚く。

「え、あぁ、はい。ありがとうございます」

現われた久し振りの顔合わせになる隊員と言葉を交わし、現世を後にする。



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