35



阿散井に虚討伐の仕事を主にするように言われてから、金柑は二日に一度は刀を抜いた。

怪我は無ェかと阿散井は口頭報告をする金柑と竹井に尋ねる。

「無いです」

金柑の言葉に良し、と笑うと報告書を渡す。


そんなある日、阿散井を中心に現世での討伐任務が一日組まれることになった。現世に着くと、阿散井は辺りを見回しながら言った。

「怪我だけはするなよ。それから、何かあったらすぐに呼べ」

阿散井の他四人に含まれる金柑は、鍔に指を掛けた。運が悪かった、通信局からの連絡では虚が複数現れるというものであった。

しかし、五人が各々、虚と相対している時にそれは現れた。

空を裂き、割り現れたのは一体の大虚。昇華された虚を後に、五人は阿散井を中心に大虚に刀を向けた。

「虚閃には注意しろっ」

阿散井が動き始めた時、誰もが目を疑った。メキメキと割れる空から、もう一体の大虚が姿を見せ、咆哮を上げた。

「ちっ!卍解、狒狒王蛇尾丸」

解放した蛇尾丸に巻き込まれないよう、脇に避ける。

「うぉらァァッ!!」

軽々と倒す阿散井に目を見張りつつ、一体を倒している隙を突こうと動く大虚を四人で食い止める。

―キュウゥン

赤い閃光が、一人の隊員を捉えた。

―ドンッ

辛うじて躱したとは言え、金柑にも他にも彼の様子は分からない。

「縛道の三十七、吊星」

誰かが叫ぶ。

更に歩を進める大虚に、彼を助けた隊員もまた彼を抱えて後方に下がる。

「阿散井副隊長っ!!」

解放した刀を携え、金柑は叫ぶ。

「狒骨大砲っ」

「六―五、阿散井副隊長以下五名、現世任務完了。大虚二体の昇華確認を願います」

―ジジッ、ピッ

「確認しました」

阿散井はそれを聞くと、隊員の怪我の様子を見る。

「四番隊に報告だ」

左半身の火傷は大したことはなかったが、圧がかかったのか腕と肋骨が折れていた。

「四番隊に報告だ、金柑、開錠だ」

まさか大虚が出るなんて…

金柑は刀を抜こうと柄と鞘に手掛けをする。左手が垂れたまま、動かない。

「副隊長、左手がおかしいです」

だらりとした腕には意思が通じない。

「ちっ、急ぐぞ」

振動を与えぬように隊員に肩を貸し、阿散井を先頭に戻った。空は晴れているというのに、苦々しい顔をした阿散井と骨折をした隊員に金柑は四番隊へと向かう。

消毒の匂いは好きになれねぇ

阿散井は隊員を預けて、後ろに控えていた。一方の金柑は何の因果か、荻堂に連れられて仕切りの奥で診てもらっていた。

「君、鈍いの?左手だけじゃない。肋骨もいってる。痛みは?」

淡々と治療を施す荻堂は、金柑の治癒力に再び悩む。

「前から治癒力は高いですか?」

光を翳す程度で済むなんてとウトウトしている金柑に驚く。

「ほら、金柑さん?」

カクンと落ちそうになる頭を起こすと、金柑は顔を赤らめた。

「一度、伊江村さんに診てもらおうか?副隊長の方が良いかな」

カルテに書き込まれた文字は少し前のもの。書き足された文字は、以前のものより確実性に満ちた言葉。

「またそうなったら診てもらいます」

立ち上がり死魄装を整える金柑に、斬魄刀を手渡そうと刀を取る。チリッと荻堂の指に何かが触れた。怪訝に思いながらも、再度手を出せば何も感じない。

「お気をつけて」

仕切りを開き、阿散井たちの様子を見ると荻堂は同じだ、と呟く。

「あ?」

聞き取れなかった言葉を聞き返せば、荻堂は笑った。

「備品関係の書類これからもきちんと提出して下さいね」

げ、コイツ…書き直させて良かったぜ

そうは言いつつも、キリキリと阿散井の胃は小さく悲鳴を上げる。

「あれ、金柑怪我かい」

ひょいと阿散井たちの救護室を覗いたのは弓親。

「こんにちは、気付いたら折れてました」

振り返り金柑は笑う。

「え、折れてたって」

「大丈夫スよ、自己回復力があるみたいで」

目を見開く弓親に、阿散井は金柑の頭をパシリと叩く。すぐに蹲ったのは、脛を押さえたからだ。

そんな阿散井はさておきと、金柑に視線を向ける。斬魄刀に巻かれた下げ緒に、根付けのような石を見つける。

あれ、あんなの付けてたかな

不思議に思った弓親は、金柑の名を呼ぶ。

「綺麗な石じゃないか。どうしたんだい」

阿散井を見て含み笑いをしていた金柑は、パッと顔を輝かせる。

「知ってますか?童京さんですよ。石の名前が斬魄刀と同じなんです」

嬉しそうに話す金柑に相槌を打つ。

「へぇ、見せてもらえるかい」

確かに綺麗な石だ…

弓親の手の平に、外した石を乗せる。

「どうぞ」

コロリと転がる淡い薄桃色に魅せられる。手の平で転がしながら、石がほんのり温もりを帯びているように感じた。

「なんだか、この石熱いね」

一所におけば、温かいと言うより熱い。

「そうですか?」

「おぉ、熱いな」

「そんなことないですよ」

童京と言えば、最近噂の占い師か
まぁ評判は良いみたいだし、持ち主以外が触ったからかもしれないか

弓親はひとまず、頭の隅に留めておく。

「そうかい、そうだ今夜は久し振りに行かない?お店にさ」

阿散井はその言葉に飛び付く。

「いいっスね!」

「金柑もだよ」

弓親の笑顔に、金柑は単純に嬉しくなった。

「ありがとうございますっ」

誘ってもらえるなんて!
嬉しい

頭を下げる金柑を、阿散井が良かったじゃねぇかとこれまた背中をはたく。

「終わったらいつもの店にね」

呻く阿散井は辛うじて頷く。

まだかまだか、と様子を見に顔を突っ込んでくる隊員。一時に廊下は騒がしくなる。

「荻堂くん、頼むよ」

くるりと部下に振り返り、入っておいでと笑む。先程までの静けさは何処へやら騒がしくなる。それでも、救護室特有の消毒液の匂いに畏縮する。

「また沢山ですねェ、金柑さん?と仲が良いんですか」

十一番隊を相手にするのは初めてなのか、怯む女性隊員に荻堂は大丈夫だからと告げる。

「ん?あぁ、何でだい?」

借りた椅子に腰掛けながら、隊員に目を光らせる弓親。

「怪我の痛みが無くて、自己治癒力が高い」

テキパキと手を動かしながら、要点だけを告げる。二人の間の空気が緊張する。

「折ったって言ってたね」

阿散井に全快だと言われても信じられなかった…

ケロリと笑う金柑が、弓親の頭に浮かぶ。

「あと、斬魄刀の下げ緒の石」

騒ぐ隊員を一瞥し、黙らせると弓親に視線を向ける。

「熱かった」

占い師に心髄するタイプには見えないから、心配はないと思うんだけど…

弓親は荻堂の意見を待つ。

「えぇ、それに関しては大した意味は無いかも知れませんが、身体の怪我の方が不可解ですね。痛みは無くても、血は出ている訳ですから」

女性隊員に指示を出しながら、彼女がやりやすいように仕事を回す。

「そう…」

考えを巡らせる弓親に、荻堂は続ける。

「次は伊江村さんに診てもらうようには言ったんですがね、怪我の箇所も他人と全く同じです」

その言葉に、弓親は顔を上げる。

「阿散井には」

目を細める弓親に、荻堂は息を吐く。

「まだ」

不安にさせる訳にもいかないが、上官に報告すべきだなと決める。

「気にはなるね」

苦い顔、部下を一瞥すると同時に荻堂が言い放つ。

「はい、そこ五月蠅いですよ」

一瞬は静かになるも、怪我自慢を始める隊員。

「とは言え…いい加減にしないとどうなるか分かってるよね」

黒い笑みを放つ上官に、彼らは大人しくなる。

「僕も容赦しませんから」

最後の一人の処置を終えると、名前を確認していく。

「さてと、ありがとう」

他の意味を含めた言葉に、荻堂はへらりと笑う。

「では、これで。次の方どうぞ」

スッと交わされた視線に、言葉を託して。

「やっぱり、一角さんみえるかなぁ」

夕方の瀞霊廷を阿散井と歩きながら、金柑は尋ねた。

「当たり前だろうが。結局、好きなんじゃねェかよ」

仕事終わりの死神たちの騒がしさの中でも、一際大きい声に即座に反応する。

「最近、会ってないから言っただけ」

ルキアちゃんに阿散井くんを教育してもらおう

ギロリと睨めば口角を上げる阿散井。

「ふ〜ん、一角さん!!」

いつぞやに騙されたことを思い出す。

あの時は本当に悔しかった…!

「騙されないからっ」

フンッと前を見れば、その人がいる訳で。

「何がだよ」

久し振りに金柑を見た一角は、いつもびっくりしてねェかと思う。

「いっ、一角さんっ!お久し振りですっ」

「んだよ金柑怪我したって?」

弓親が言ってたことを思い出す。

「いっ、名…はい」

そんなに吃るなよな…ったく

「もう全快っスよ」

「凄ェな…」

阿散井の助け船は、一角に妙な感心をさせた。

「弓親さんは?」

提案者の行方を尋ねる。

「さっき、松本に捕まってたが、すぐ来るだろ」

押し合いへし合いする道をどうにか抜け、より騒がしい店内の暖簾を三人は潜る。

いつもより空いている徳利は少なく、お惣菜やおつまみを摘みながら、スローペースでお酒を流し込む。明るい店内に響く笑い声や、食器がぶつかる音さえも心地良く感じる。

金柑は、熱くなった手を椅子に押し広げ熱を取る。

「松本がいねェとゆっくり飲めるなァ」

手をひっくり返しながら、金柑は笑う。

「ふふっ、檜佐木さんも同じことを言ってましたよ」

結局、飲み過ぎるんだよと阿散井の呟きは書き消される。お待たせと現われた提案者は、腰を下ろすと金柑の酒量を確認する。

酔いやすいから仕方ないか…

「乱菊さんは何だったんスか」

一息吐いたところで、恋次は尋ねる。

「あぁ、今度飲み会やりましょだってさ」

「来りゃ良いじゃねェか」

弓親の答えに、間髪を入れず言ったのは一角。

「書類だよ、日番谷隊長がお怒りさ」

それならと暗黙の了解がなされる。

頃合良く、御開きになった飲み会の解散で、金柑は不意打ちを食らうことになる。

「そうだ、金柑も来いよ」

冷えてきた秋風で酔いを醒まそうと、一人離れていた金柑を一角が呼ぶ。

「へ」

言葉を継がない金柑に、阿散井はまたもや助け船を出す。

「乱菊さんの飲み会っスか?」

やっとのことで思考を働かせる。

「あ、へぇ…ありがとございます…」
お酒のせいだし、うん

思考が働かないことをお酒のせいにする。

「おう!恋次に連絡しとくからよ」

「一角、僕が金柑の番号を聞いておくよ」

伸びをしながら欠伸をする様は、果たしておっさんではないかと阿散井は心の底で思う。

二人と別れ、自室に戻る六番隊組は、鮮やかな提灯の灯から抜け、静かな隊舎前を歩く。

「阿散井くん、私死にそうだ」

バシバシと金柑にとって、丁度良い高さにある阿散井の背中を叩く。

「馬鹿言うなよ…良かったじゃねぇか」

「うんっ!一角さん、一角さん!」

噛み締めるように何度も口にしては、足取り軽く飛び跳ねる金柑。

月明りと言える程の光が無い中、うっすらと見える影が踊る。

「分かった、分かった」

転ばぬように、捕まえると大丈夫だしと笑う。

お前とルキアのお守りをしてんのは、俺だよな

脳裏を過ぎる上司に、違うなと一人呟く。

こんなに嬉しいなんて
胸がいっぱい
今なら空も飛べそうだ
それくらい幸せ
名前を呼んでもらえるだけでも
幸せ、どうしよう
凄く幸せだ

提灯の灯から抜けても騒がしいのは、十一番隊隊舎だからだろうか。辺りから灯や騒ぎ声が漏れてくる。

「弓親、女の名前を呼ぶのは恥ずかしいじゃねぇか」

漢に二言は無い、チッ、逆手に取りやがって

「彼女は呼んでいたんだろ」
「それとこれは別だ」

松本だって、名前で呼んだこと無ェのによ

「あっそ、金柑の番号いる?」

一角をあしらい、伝令神機を翳す。

「あ?弓親が知ってんじゃねぇか」

カチリと釦を鳴らす弓親を見れば、ジト目で。

「馬鹿、分かったよ」

馬鹿扱いに納得はいかないものの、酔いが回る頭でこれ以上考えるのは面倒になる。

「じゃあなァ」

「おやすみ」

進歩だね、と登録された名前を見て微笑む。



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