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「ウミノ、流魂街外れの討伐任務だ」

朝から何事か、とビクビクしながら呼ばれた上司の渡す紙を見る。ホッとしたのが伝わったのか、珍しく机に肘を突く朽木。

「ウミノ、もう少し楽にせぬか。良い機会だ良いものを見せてやろう」

よく喋るなぁ、と思った矢先に差し出されたのは異隊願。

「あの、これって」

「三、七、九、十一、十二だ」

「名前が私ですが」

「程度が良いと言うことだ。ウミノ次第だと言ったところで、異隊願に頷く訳もなかろう。機会があれば」

褒められているのかな

確かに金柑は、他の隊に行く自信は無いために胸をなで下ろす。

「恋次を連れて行けと言いたいのだが」

朽木は書類の山に埋もれる部下に溜め息を吐く。

「三席に話をした。二人で向かえ」

「はいっ」



難なく任務を終えた二人は、辺りの野原を見渡す。

「その石…」

ふと目についた、下げ緒にくくり付けられた水晶石を三席は問う。

「あの新しい占い師の所で」

嬉しそうに話す金柑に女の子は好きだなぁと応える。話の種には、と勧める金柑の首元に紅い筋が見えた三席は、一言断り触れる。

「何で、切った」

そもそも金柑自身は痛みなど感じていなかったのだから、とさっぱり分からない。

「何も無い筈だ、腫れてはいないようだし。一応塞ぐぞ」

ポウッと淡い光が傷を塞ぐ。

「ありがとうございます」

その後、三席の惚気を聞かされながら隊舎に戻ることになった金柑であった。


占い師童京の名は瞬く間に広がり、とりわけ女性に、より人気が集まった。

「檜佐木副隊長、今度は童京さんの記事を載せるのは如何ですか」

瀞霊廷通信の編集メンバーの一人が進言をした。肌寒いな、と思っていた檜佐木は顔を上げて誰だと尋ねる。

「檜佐木副隊長、今流行の占い師ですよ」

三席の耳打ちに心当たりがあった。道理で最近女の子たちがはしゃいでいる訳だなぁ、檜佐木は徐に立ち上がり、窓を三分の二閉めた。

「寒いですよね」

三席は腕をむき出しにしている上司を見上げる。

「いや…書類が飛ぶだろう」

三席は早めに暖房の依頼をしておこうと書き留める。知ってか知らずか、檜佐木は今年は冷夏だったからなと自身に言い聞かせる。

そんな訳で女性隊員の提案により童京の記事、何故か秋の暖かな過ごし方特集を組むことに決めた編集メンバー。


「金柑、済まねぇんだが、暫く討伐任務が主になる」

いつぞやの飲み会以来、阿散井もまた金柑の名を呼ぶようになった。

「大丈夫ですよ」

失敗した書類を隠すようにしながら金柑は言った。

「頼むな、それからその書類の失敗はバレてるぞ」

ポンポンと頭を、丸めた勤務表で叩く。

「備品だから、書き直しはきくだろ。荻堂に嫌味を言われるのは俺だ」

想像するだけで恐ろしいじゃねぇか、と阿散井は悲しくなる。そこに理吉が恋次に言伝る。

「分かった」

恋次は金柑に書類の書き直しを催促し終えると、討伐だと書類を受け取る。

「今からですか、場所は…」

「あぁ、反応が消えたりしてるらしいから、確実な情報は分からねぇんだが東流魂街。技局から情報が直接降りるようになってる。竹井を連れて行けだとよ」

理吉が通信機を金柑に手渡す。

「要は、見回りってところだな。気をつけろよ」

顔は笑っていても、目は真っ直ぐに金柑を捉える。金柑は急ぎ足で、丁度休憩をしていた竹井の腕を引っ掴む。

「僕ですか」

ぐりぐりと刀を帯刀しながら竹井は尋ねる。金柑は久し振りだから気をつけないとね、と相づちを打ちながら通信機の調子をみる。

「六番隊第八席、ウミノ金柑。並びに竹井純太郎。只今より、東流魂街に向かいます。伝令神機への情報送信、願います。」

「六―八、ウミノ。照合完了、送信します。」

どうにか腰の斬魄刀を落ち着けた竹井が、金柑を見る。


二人は東流魂街を目指した。キョロリと辺りを見回す金柑、斬魄刀の下げ緒にくくり付けられた根付けが揺れる。

「金柑さん、それ…」

薄桃に淡く紫がかる石に金柑は触れる。

「童京さんのところでね」

なるほどと、竹井が石に触れようと手を伸ばす。チリチリとした痛みを感じた竹井。

なんだこれ…

指先を見るも、火傷をしている訳でもない。尋ねようとした瞬間、二人の間に緊張が走る。

―ピーッ!

「東流魂街、両名、北を確認。そこより二時の方角に反応。確認は五。救援要請はされますか」

「いつでも出られるように」

金柑はそう言うと柄を握る。強くはない霊圧に、竹井はホッとした。虚の動きを躱して、真正面から斬り下ろす。

「痛ェ」

ギチギチとした虚の感触が竹井を支配する。数少ない経験は、竹井に刀を握ることの力を体感させる。金柑は刀を振るい、下から掬うように手腕を伸ばす虚に、上方に飛び上がる。

ザアァッと風を切る。

「アアァァッ!!」

―ヒュッ

斬り下ろした金柑は、地に足をつけると、刀を振る。スゥッと背筋を撫でるような寒気が金柑を襲う。まるで首に切っ先を突き付けられているかのように。

何!?虚なの?
竹井くんは、無事。
どういうこと…

「ウミノです。虚反応、方角は恐らく西。数は不明。確認要請」

―ジーッ、ピッ

「確認、虚反応は三。方角は西。そのまま。救援要請は」

「大丈夫です」

異様にドクリと波打つ金柑の心臓。

「落ち着け、落ち着け。いつもと同じ」

金柑は握り締めた刀を解放する。

―ドンッ
霊圧が跳ね上がる。竹井は金柑を見た。

金柑さんの霊圧だよな…
何であんなに跳ね上がったんだ
虚の霊圧じゃないし…

竹井は金柑に走り寄った。

「竹井くん、この霊圧は虚?」

金柑の言葉に竹井はもう一度集中する。よくよく霊圧を探ればそれは虚。

「そうですね」

―ズシャァッ

滑り込むように現われた虚は二人を離す。此処からは自分の力で倒さねばならない。

―ドンッ

尾を振り回す虚を竹井は躱して、蹴飛ばし、横一に身体を真っ二つに斬り放つ。消えて逝く身体の向こうに、金柑もまた虚を相手にしていた。三方から寄る虚は金柑を狙う。

「縛道の四、這縄」

ギュンッと大きく輪をかけ、広がる虚を取りまとめると、金柑は刀を構える。

―オオオォォッ

叫ぶ虚に切っ先を向けた。

「三、颪」

唱えた金柑は違和感を感じた。ギチギチと刀からいつも以上の霊圧が溢れていた。

「蓮華丸?」

呟くも答えは無い。虚が花弁に包まれたことを確認し、真横に斬り放つ。

「いつもより、蓮華が大きいのかな」

霊圧のせいかと思い、刀を納めようとすると新たに姿を見せた虚。走り寄る竹井とアイコンタクトを取る。

―トンッ

虚の手腕を踏み台に飛び上がった竹井が頭上から斬り降ろすも、反対の手腕で竹井の腹に斬りかかる。

「ってェ!!」

のけ反る竹井の襟首を引っ掴み、後ろに飛ばした金柑は、刀を下から斬り上げる。

―ドンッ

落ちた手腕は消え、生え変わりを見せる切り口を見定めて金柑は唱えた。

「二、滝落とし」

―キンッ
花弁の刃は貫く。

「これも…」

納刀をすると竹井の元に寄る。

「大丈夫、飛ばしてごめん…」

竹井は笑いながら言った。

「助かりました!!深くはないので、戻ったら四番隊に見てもらいます」

心底ホッとする金柑に、竹井は感謝をした。

もし、飛ばされなければ、何もする事なく死んだかもしれないんだ

「こちら通信技術の壷府。確認終えました。現在は異常無し。戻って下さい。」

「了解です。指示ありがとうございます」

幼い声の主は慌てたのか物をひっくり返し、挙げ句怒鳴られているのが通信機越しに聞こえた。

隊舎に戻り、隊長副隊長に口頭報告をし終えると、帰って良いと言われた。

「報告書忘れんなよ」

阿散井が言うと、書類を見ながら朽木が一枚の書類を差し出す。

「恋次、誤字だ」

唸る上司に苦笑いを浮かべ、二人は執務室を後にした。


ペタペタと消毒の匂いに染まる廊下を歩く。

「ダメですね、この匂い」

青ざめる後輩の腕を叩く。

「私は好きだけどねェ。そう言えば、汗をかいたのか、お腹がベタベタするんだよね」

もう少し恥じらいを…と竹井は目を逸らす。

「金柑さん、女の子ですから」

自分より小さい金柑を嗜める。

「ありがと、気持ち悪…」

バタバタと死魄装に風を通したかったが、竹井が可哀相だなぁと諦める。

救護室に竹井を追いやり、同じ救護室の奥で事情を説明して手拭いを貸してもらう。死魄装から肩を抜いていると、湿った部分から独特な匂いがした。鉄の匂い。

「え、怪我はしてないんだけど」

ぼそりと呟く金柑に、看護士がパタパタと傍による。

「失礼します」

死魄装がはだけられ、鉄の匂いは金柑の鼻をつき、看護士の手は赤くなっていた。

「傷口は大きいです。今すぐ処置をします。荻堂八席みえますか?」

綿を手渡されるも一向に痛みを感じない。じんわりと滲む血とは裏腹に痛みがなく、クルクルと歩き回る。

「君、座りなさい」

何してるんだかと呟き道具を漁る。

「君、何で僕を呼んだの?」

看護士は改めて状況を把握した。

「申し訳ありません!」

頭を下げる看護士に、金柑はへらりと笑う。

「大丈夫ですよ、こんな身体はどうしようもないでしょ」

見られたことより、肉付きだよなぁ

金柑は露わになっている胸下から腹部を見る。

「この前の合同稽古だっけ。十一番隊がいた」

手を翳す荻堂。

「はい」

温かいなぁ…

「でもこの傷、痛くはないんですよ」

金柑はたくしあげている手とは逆の手に掴む綿を見せる。血を吸い、重みを見せる綿からは、どう考えても痛みを伴わないことは無い。荻堂は不思議に感じた。

痛くない上に、傷の自己治癒力も早い。

自己治癒力があるからか
いずれにせよ、心に留め置こう

荻堂が終わろうとする頃、慌ただしい足音の主が扉を開け放つ。

「金柑さん!!いつ怪我したんですかっ!?」

死魄装は正されておらず、留めてある綿が見えていた。

「君、うるさいよ」

目もくれずに、荻堂は処置をこなす。

「すみません、金柑さんも腹ですか」

怪我をした記憶も無く、痛みも全く無い旨を伝えると、竹井はいたく感心したらしく金柑の手を握り締める。

「凄いですっ!!」

どうやら妙な勘違いだよ、と金柑は目をキラキラさせる竹井を眺める。

「塞ぎましたから」

落ち着きのない竹井の腕を掴む。

「卯ノ花隊長、呼んだ方が良いかな」

弓親さんと絶対に仲良くなれる!

金柑は荻堂の一面を見た。

頭を下げる二人を見送った荻堂は、パラリと金柑のカルテに走り書きをした。

「荻堂さん?」

カルテを受け取った看護士を見る。

「何が起きるかなんて分からないさ」

ふっと笑うと騒がしい廊下を覗く。十一番隊だと呟く彼に思わず笑った。

此処は日常だ。流れる日常だ。



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