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瀞霊廷内に時折、風に吹き上げられた木の葉に混じり、ある噂が飛び交う。簡素な館に若い男の占い師が現われた、と。

そういった噂というものは、女性の口から口へと回りが良い。簡素な日本家屋に、申し訳程度の看板、ふわりと香る甘い匂いと言う佇まいである。

金柑がそれを聞いたのはルキアからだった。

丁度、金柑が十三番隊に顔を出した時、ルキアが休憩だと言うので、時間帯としては、お昼にしても良いかなと思った金柑は、一度六番隊舎に戻ることにした。

「ならば、私も行こう。恋次にも久しく会っておらぬからな」

それを聞いた金柑は思わず、朽木隊長が、恋次を十三番隊に向かわせないようにしていることを思い浮かべた。

「急ごうか」

少しばかりの駆け足で、土の香りを纏いながら向かう。秋口とはこんなにも太陽が働いていたのかと思いながら。

「恋次、行ってこい」

恐る恐る伺いをたてる阿散井に、朽木は一瞥をする。

「お先に失礼しまっす!」

騒々しく音を立てる扉と、今先程阿散井が提出した書類の誤字に、眉間に皺が刻まれた。

「そんなに当たるのか」

丼を片手に尋ねる阿散井。百発百中、過去を当てるだけではなく、未来をも当てる占い師の話はルキア自身も噂で聞いただけである。だから、恋次にそう尋ねられても、そうらしいとしか言えない。

「相場はどれぐらいだ」

金柑より食い付いておるな、と幼馴染みを見やる。

「それは聞いたことは無いが、お主が行けば良かろう」

恋次としては興味はあるが、行く程でも無いというそれくらいの気持ちだ。

「覗かない?」

久し振りに見た二人のやり取りに満足をした金柑が、ルキアに提案をする。

そうだな、いつが良いだろう」

お互い時間に余裕がある日を思い出す。

「三日後なら午後から休みだね」

金柑は恋次ににんまりと笑む。それは、三日程前に恋次がやりきれなかった書類を金柑が手伝ったことが原因であった。

「行ってこい、行って来い」

手をヒラヒラさせる恋次。

「阿散井副隊長殿に甘えようとするか、金柑」

「そうだねぇ、じゃあ、お昼頃にいつもの甘味屋ね」

「うむ、そこからなら近いな」

満足そうに笑う二人を些か、寂しそうに見つめる恋次だった。

湿気を含む風が纏わりつき、何とも言えない甘い香りが二人の鼻孔を捕らえる。

「死魄装に匂いはつくか」

腕を鼻に寄せるルキア。

「かもね、ちとキツいや」

それでも、立ち代わりに出入りの激しい入口に立ち尽くす訳にもいかず、足を踏み入れる。一足踏み入れると風は止まり、香りも流れずに止まる。

「ね、ルキアちゃん先ね」

何を言うか、と振り向きそうになるルキアの背を押す。

「いらっしゃいませ、ごゆるりと」

一人の若い女が声を掛ける。

「広く感じるな」

ルキアはキョロリと辺りを見回す。金柑もルキア同様、キョロキョロしながら落ち着きがない。

「ね、見てもらえるのかな」

ルキアはどうだろうと相づちを打ちながら、奥を覗く。すると、チリンと何処からともなく鈴の音。

「いらっしゃい、如何されまするか」

随分高いなと見上げるルキアに、金柑も同じことを思う。随分頭上からの声におどつきながら、二人は顔を見上げる。

「もし宜しければ、見ましょうか」

チリンと揺れる鈴の音の在処は、男の袖に縫い付けられていたため。見てもらいたいかも、と金柑はウズウズする。ルキアは様子見を決め込んだようで、さり気なく金柑の脇腹を突っ突く。

「分かったって…でもどれくらいかな」

持っていた巾着の紐を開いたり、閉じたりしながら、小声でルキアに尋ねる金柑。唸った後、ルキアは男に向き直る。

「持ち合わせ次第なのだが」

「ほう、今日は初めてでせう。それならば、お代金はいりませぬ故に。その代わり、良い噂を流していただけますか」

ふんわりと笑むと、先程の少しむせるような香りとは別の土や落ち葉の香りが、金柑の鼻を刺激する。怪訝な顔をした金柑に気付いた男は、やんわりと謝る。

「申し訳ありません、先程、庭の手入れをしていたものですから」

二人は奥の座敷に招かれた。

「私は、童京と言います。漢字はこちら、どうきょうでもどうけいでも構いません」

半紙に書かれた緩く流された字を二人は見つめる。

「お名前を頂けますか」

童京の独特な言い回しに虚を突かれた金柑は慌てて筆を取る。

乾ききらない半紙に手を翳すと、目を瞑る童京。時が止まったかのような錯覚を受けた二人が、ぼんやりとした意識を取り戻したのは鈴の音。

「あなたは、親代りに育てられましたね。隊章から…四番隊。任務で亡くなられたのですね。あなたの刀は蓮華草、"あなたは幸福です"…か。家族と言えましょうね。恵まれていますよ、周りの人々に。上司や部下に友人方に」

刀のことには流石に驚きを隠せず、金柑は分かるもなのかと少しばかり疑る。

「あの、分かるんですか」

身を乗り出す金柑に、ルキアは確かになと頷く。

「おや、分かりますよ。恋愛のお話は大丈夫ですか」

ルキアを見やると、金柑は鼻息荒く促す。

「金柑さん、恋に憧れて冷めて。理想は高く、自分が甘えられる場所にはなりたくはない。と言っても、たまには見せて欲しい。理想はあっても、実際は現実的。最近、縁の切れた方は甘えに身が持たなかった。ただ、自分の懐が浅かったのかと悩む。でしょうか」

凄い、金柑は思わず一言漏らした。

「とは言え、先見はやはり当人次第故に…こんなことを言っては逃げになりまするな」

童京はふふっと笑う。

「面白いものを見せましょう」

座卓に手をつき、腰を上げる。

こちらにと手招きをされて向かうのは、入口に置かれた雑貨類の棚。

「ほう、見ているだけで楽しいな」

ルキアは、硝子瓶や季節外れの風鈴に目を輝かせる。一方金柑は、小さな石の前に佇む。

「これ、綺麗」

金柑が見ていたのは、淡い桜色と紫色が混じりあった小さな水晶石。

「どのように使われても良いですよ」

童京は金柑に手に取るように促す。

「ほう、美しいな」

金柑は手に吸い付くような感じに捕らわれて、ルキアの言葉が耳に入っていなかった。

「…聞いておるのか」

「へ、何」

振り向けばルキアは全くと零す。

「気に入ったのならば買えば良かろう。私なら買うぞ」

ニヤリと指差す先の値段は、思ったより手頃であった。

「この石は蓮華石、ぴったりですよ。私が加工したものですがね」

その笑みに後押しされるかのように、金柑は手渡す。

「鈴、包んでくれるか」

最初に会った女性に手渡す。暫くして、小さな巾着を金柑に差し出す。

「これから先も御贔屓に」

湿った土や落ち葉の香りが二人は気にならなかった。

「見つけた、この器ならば」

呟く声は届かない。



久し振りの半日の非番に朽木に感謝、阿散井には少し恨みを思う。

と言うのも、金柑が阿散井の書類を手伝ったために、丸一日の非番は無くなり、代わりに朽木が半日の非番を提供してくれたためである。

「あ奴は…金柑、呼び捨てで構わぬのだが」

少し頬を膨らませるルキアに、金柑は可愛らしいと得だなぁと思う。

「努力するよ、白玉あんみつ食べたいなぁ」

さして変わらない背丈の友人を覗き込めば、勿論の返事。

笑い声を上げ、足取りも軽く目当ての店に向かう二人。

渦は既に何かを巻き込んでいる。



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