26



中に入れば日番谷の姿は無く、挨拶をせねばと近くの隊員から、既に隊主室で業務に取り掛かっていると聞いた。

隊員は慌てる金柑を、笑いながら落ち着かせた。それは金柑がいた三日間変わることはなく、本当に日常茶飯事だと知ることになる。

八番隊のように、割り振られた仕事をこなしていく金柑。変わったことと言えば、副隊長が隊長を叱責するのではなく、隊長が副隊長に叱責するくらい。どちらかと言えば、こちらが自然体だ。

これはこれで面白いんだけど、日番谷隊長の霊圧がキツい
ほらきたぁ…
乱菊さんお願いだから

金柑が唸りながら書類を進めていると、日番谷の怒りの元凶が、金柑の祈り虚しく相変わらず楽しそうに入ってくる。

一日目にして、日番谷を別の意味で尊敬し始めた金柑だった。おはようございますという十番隊隊員の挨拶に混ざる金柑。

「松本ォォォォっ!!!!」

ビクリとなる体を恨めしく思いながらも、耳を澄ませる。

「あらやだ、隊長どうしたんですか?」

この手の問い掛けは無視することを決め込んでいるのか、何も言わずに書類の山だけを手渡す。

しかしこれで終わらないのが松本乱菊で、隊員達も分かっているのかハラハラしている。

何やらかすんだろ?金柑はそんなことを考え、耳だけを大きくさせた。案の定、何枚か仕上げるとついっと給湯室に向かい、お茶とお饅頭を手に戻ってきた。

しばらくすると十番隊は底冷え状態。隊員が金柑に貸してあげるよと渡してきたのは小さな膝掛け。

「もっと凄い時があるから何枚かあるの」

「大変ですね…」

「夏は涼しいし、隊長には申し訳ないけど、こっちは面白いからね」

にやりと笑う彼女に、なるほどと思う金柑。結局、私がいる間、隊長怒ってばっかり…

三日目の終わりに、日番谷に挨拶をしながら思った。自身も思ったのか、挨拶が終わるや否や、頭を抱えながら溜め息。

「悪かったな、隊員達の負担は減ったから助かった」

隊員達のって…
隊長はいつも通りか、来て良かったのかな

不安が顔に表れていたのか、顔を上げた日番谷は言った。

「大丈夫だ、松本の分を三席辺りに回せる余裕が出来たのは、ウミノのお陰だからな」

眉間の皺を解きながら話す。

そしてその夜に松本乱菊に捕まったことは言うまでもない。集まったのは射場、檜佐木、弓親。辺りをキョロキョロする金柑は、弓親の一言で気付く。自分が探していることに。

「一角なら遅れてくるってさ」

うわ
探してた?探してたんだ!重症?
いやだって…居たら楽しいから
うん!そう!!

「落ち着きなよ」

苦笑する弓親に気付いた檜佐木が、不敵な笑みを浮かべる。

「阿散井探してるようじゃないな」

ぐりんっと顔を向ければ、続けられる言葉。

「気付いてないぞ、本人は」

うっ、乱菊さんにもバレてるに違いない!

気付いたように、既に何かを頼んでいる乱菊を見やれば、弓親は残念だねと笑う。さて、と切り出すのは主催者松本乱菊。

「金柑、あんた好きな男いるでしょ」

ビクリとさせた体は、バレていないということに緊張を緩めた。射場に至っては、何故この話か、さっぱりである。

「乱菊さん、あの…」

どすんと徳利を置くと話だした。

「なんとなくよ、女の勘」

ある意味、置いてきぼりを食らっている四人は、どうしたものかと顔を見合わせる。

「最近こう…何て言うのかしら、周りにドキドキが無いのよ」

「刺激不足とでも」

弓親は呆れていた。

「乱菊さん!!ここにっ」

自分を指差しながら、嬉しそうに体を乗り出すも、修兵はいいのと相手にしない。うなだれた檜佐木を慰めながら、金柑は思った。

気付かれていないんだ…
ま、どっちにしろ一角さんには彼女がいるんだし
それに憧れてるだけかもしれない

心此処に在らずの慰めにいくらか立ち直った檜佐木に金柑が酌をしていると、弓親が来たよと耳打ちをする。

「うひゃっ」

奇声をあげると、弓親の白い目。途中参加の一角は、弓親の隣りに腰を下ろした。

目の前じゃなくて良かった…

飲んだくれて時間が経った頃、射場が一角に尋ねた。

「もっかい、あの子と付き合っちょるて」

ジロリと一角が見た先は、金柑に飲みなさいと進める乱菊。

「なんでじゃ?」

「あー、何かチャンスが欲しいんだとよ」

怠そうに壁にもたれる。

「おかしな話じゃねぇか。自分から好きだと思われてねぇから、別れるって言ったんだぜ」

御猪口を手の中で転がす。

「じゃけぇ、好きだから付き合っとるんじゃろお互い」


「けっ、どうだかな。俺はそんなもんとっくに無ぇんだ。向こうだってな」

いつの間にやら、弓親を始め皆、聞いていた。

「何それ、じゃあ!何で付き合ってんのよ」

気に食わないと乱菊。

「仕方ねぇだろ、一応一ヶ月はそういう形なんだからよ」

あとどれくらいなんですか、と檜佐木が聞く。

「あー、一週間ぐらいか」

一週間、私が十一番隊にいる時くらいだ
楽しみにしてるみたい
イヤだな…
だからって振り向いてもらえる訳でもないし

「向こうの理由は知っているのかい」

ナイス弓親さんと金柑は、体を乗り出した。

「誰かさんだよ原因は」

一角の視線は、檜佐木に向いていた。

「はい?」

思わず違うと手を振る檜佐木。

「お前に振られたからだ」

射場が笑いだす。

「がはははっ!色男じゃけぇのっ」

一人出で立ちが来た時のように落ち着いている弓親は言った。

「君のことだから覚えてないんだろ」

「有り得るわ!だけど、ある意味強いわねその子」

確かに私なら無理だ
絶対に

「だからよ、一ヶ月で引かなかったらどうしたもんか」

ムスッとしながら唸る一角さんを、格好良いなんて思いながら見ている私は一体

ボケッとしていた金柑を引き戻したのは乱菊で、むふむふと笑っている。

「新しく付き合えば良いじゃないの?」

何度目よ今日は、とまたもや体が反応する。

「けっ!しばらくはいらねぇよ」

手をヒラヒラさせて、気怠そうに話す一角に、檜佐木は笑っていた。

檜佐木さんが原因でしょうに

結局収拾がつかないまま、飲み会はお開きとなった。

しばらくはいらねぇ、その言葉が頭をループしている金柑に、弓親は肩を叩きながら安心出来るじゃないか彼女が出来ないねと。

「そっか!」

口に漏らしたことはさして気にするでも無く、その時の帰り道がご機嫌だったことは、後に弓親にからかわれることになる。



十二番隊というよりは、技局という通り名が一番耳にしっくりくるはず。技局こと技術開発局。

この隊に派遣されることなど殆ど無いのだが、むしろあったとしても副隊長が派遣される。無論理由は一つ、隊長が涅マユリというマッドサイエンティストだから。

私、何してんだか…。ミスしないようにしなくちゃ

気合いを入れながら、お馴染みの奇声を上げる呼び鈴を鳴らす。

―ギョアァァァッ

やっぱり欲しい

迎え入れた隊員は、副隊長涅ネムを連れて来た。指示を聞くと、どうやら雑用が足りないということらしく、書類はとうのむかしに片付いていた。

「…ですので、こちらで、器具の洗浄やお茶などのお世話をお願い致します」

淡々と説明するネムに唖然としていた。

やること違うけど
副隊長って美人が基準なのか?
美脚、私なんて幼児体型も良いところなのにさ

そんなことを思いながらネムの足を眺め、勧められた机につく。机の上には役職用のプレート、書かれていた役職名は『雑用係』である。

笑えるよこれ!

座るや否や、頼まれる仕事いう名の雑用。意外と楽しいかもとここしばらく体を動かす仕事ではなかったため、試験管やビーカーを洗うことも楽しいと思えた。

しかし、そう上手くはいかないもので、お昼前にはどうしようの一言に尽きることになる。

―ガシャァンッ

派手に硝子が割れる音が響いた。何事かと覗く隊員もいれば、どうせリンだろうと自分の研究を続ける者と様々。

どうしようっ!
危ない…
箒、塵取りと要らない紙あとは…

キョロキョロする金柑の前に阿近が現れた。

「派手にやったなぁ」

今日は煙草を吸っていなかった。

「すみません!今すぐ片付けます」

示された場所から用具を引っ張りだして片付ける金柑の傍にしゃがみ込む阿近。カシャンと硝子が塵取りにのる。

「まぁ、どうせ廃棄用だから困ることは無いが、局長に報告しなくちゃならないな」

糸で吊り上げられた様に、口の端を上げる。

ダメ、それはまずい
朽木隊長に迷惑かけちゃう

―カションッ

立ち上がった金柑の足が塵取りを蹴る。しゃがみ込んだまま、手で顎を支えたまま笑っていた阿近は、塵取りの柄を持ち、立ちあがった。冗談だよと言い放ち、と金柑に背を向けようとした。

そう、向けようとした訳で実際は半身で止まった、背後の人物のために。

「局長」

黒いオーラ、霊圧ではなくオーラであるのだが、そんなオーラを纏った涅マユリは不愉快だと言いたげな顔で、阿近ではなく金柑を見る。

終わった…

「全く騒々しい小娘だヨ!」

「あー、局長それならこの試験薬の被検体になってもらうことでどうですか、丁度探してたんで」

ギョロリと金柑を頭から足の爪先まで見るマユリに、阿近は白衣のポケットから淡い橙色の液体を入れた硝子の小瓶を取り出した。

「ふん、興味ないネ、ろくな依頼じゃないヨ!」

阿近の手の中で転がる小瓶を一瞥する。

何の話なの!?

「予算のためです」

「きちんと片付け給えヨ、ウミノ金柑」

何で、もしかして抹殺リスト行き?
服毒だよね、多分気付かないうちに召される訳!?

「たまたま書類見てたんだろ?ウミノ飲め。死なねぇよ、予算減らされたくないしな」

そこなんだ!!

有無を言わせない阿近の視線に、金柑は小瓶の蓋をキュルキュルと外す。ごきゅりと二口程の液体は、金柑の体に収められた。

かゆい、むず痒い

ぽふんとガチャガチャと喧しいこの場に似つかわしくないその音は、自棄にクリアに聞こえた。

「まぁ、こんなもんか。尻尾はつけるべきだな。改良の余地有りと」

ぶつぶつ言いながら、書類の重しに使われていた卓上鏡を金柑に手渡せば、大きな声が響く。鏡から顔を上げた金柑の目に映ったのは、耳に指を突っ込んでうるせーぞと言う阿近。

「阿近さん!!何ですか?ネコ耳!え!阿近っさんっ!」

そんな金柑のまくし立ては、ほったらかして、自分の世界で物思いに耽ると、今から昼飯行くぞと言い出した。

何を言ってみえるのかしらっ!?
何なのこれはえぇっ!
無理!

ネコ耳などは何とでも隠せるが、阿近と一緒のところを見られたら阿近ファンに絞められるという後者が本音。

抵抗空しく、まさしく猫の如く首を引っ張られて食堂に行く羽目になった。当然、頭にネコ耳をのせて一人出歩けば普通は好奇に晒されるのだが、尋常ではない。なにせ、技局副局長阿近と一緒なのだから。

「阿近さんが女の子連れてる」
「でもネコ耳よ」
「実験体なんだろうなぁ」
「阿近さんてそういうプレイ?」

聞こえてるからっと恨めしそうに自分を見る金柑をひとまず座らせ、阿近は近くにいた女性隊員に二言三言話しかけた。

すると彼女はカウンターに向かい、うどんを二つ持ってきた。あの、と話しかけようとする金柑の言いたいことが分かったのか遮る。

「面倒だろ。ちゃんとうどん代は渡したし。被検体代な」

こんな刺激的な一日は初めてですよ…

「阿近じゃねぇか珍しいな」

「斑目、綾瀬川は一緒じゃねぇのか?」

顔に熱が集まるのが分かる。任務だ、とちゃっかり阿近の隣りに座る一角、金柑にとっては斜め前。ぼそりとこんにちはと言った金柑に、きちんとおぅと返す。

珍しいなと面白がる一角に、これの御披露目だと阿近。

阿近さん何言ってくれてるのっ

「ウミノがなんだよ?」

慌てる金柑を見た一角の視線が、ある一点で留まった瞬間、ぶふっ吹き出す声に顔を上げると、一角は金柑の頭を指差し、笑いを堪えていた。

「一角さん、笑って下さい」
堪えるくらいなら!

笑いながら机を叩く一角に、少しだけムッとしたし、期待していた自分に気付く。

恥ずかしいやつ

そんな自分を紛らわせたくて、咥えた煙草に火を点けるでもなく揺らす阿近に話しかけた金柑。笑っている一角は置いて。

「阿近さん、何で作ったんですか?」

ジッと金柑を見て、阿近は片肘を突き、頭を乗せもう片方の手で金柑の背後を指差す。振り向くとそこには檜佐木。

「こんにちは檜佐木副隊長」

依頼主?

「檜佐木副隊長さんはそういう趣味か」

落ち着いた一角はニヤニヤしている。

「趣味?ネコ耳!?」

その声に体が反応して机を揺らす。人混みの中、檜佐木が三人のもとで止まっているせいでに人の流れが滞るため、必然的にその机につくことになる。

滅多に出歩かない阿近に、斑目一角、檜佐木修兵でさえ貴重な面子だと言うのに、傍にはネコ耳を付けた女とくれば、そこかしこで話の種。

ネコ耳はもう問題じゃない!!
むしろ問題は一角さんに見られたことだ

金柑は鏡で見た以外に、それの存在を確かめた訳でもなかったから、手を頭の上で彷徨わせると、明らかに髪の毛とは違う感触。触るとどうにもくすぐったい。

三人の邪魔になるまいと、視線を彷徨わせている金柑の様子に気付いたのか、立ち上がる阿近。

「それじゃぁな。ネコ耳が大好きな檜佐木副隊長サマ、斑目はこの前の奥歯の代金な」

「わーってるよ」

怠そうなのに格好良いな

「違うって!!ウミノ言っておくが、断じてネコ耳プレイなんて」

プレイなんて言ってないのに、檜佐木副隊長ったらそんな…

阿近と檜佐木のやり取りを聞いている##NAME1##に一角は、オイと呼ぶ。

「はい」

「そのまま十一に来いよ。副隊長喜ぶぜ」

やちる副隊長に会えるんだと綻ぶ金柑の表情に、意外と適応力あんだな、一角は手を伸ばしていた。金柑の頭に乗せ、わしゃわしゃと掻き混ぜると時折、耳をかすめるせいか、くすぐったそうに笑った。

十二番隊の書類整理の名目で雑用係となったウミノにも、白衣が渡された。面倒を起こされては困るという意味だ。

しっかし、皆よくやるなぁ…肩凝らないのかな

的はずれなことを考える金柑に三つ編みの隊員が、まだ着いてると笑いかけた。

「阿近さんに聞きそびれちゃったんです。」

「似合ってるよ、後で聞いておいてあげるね。」

定時間際に三日目には治してやると言伝られた。


自室でお風呂上がりに鏡を覗き込むと、伸ばした髪とアンバランスな耳の存在。

あぁあっ…一角さんに会えたのになぁ
会えるだけでも嬉しいけどさぁ

しばらくしたら嫌でも十一番隊にお世話になるのか、とさっきまでの高揚感は身を潜め、不安が居座り、そんな中まどろんだ。


「この山とこの箱の全てだヨ」

「はいっ、いっ」

痛い痛いっ…

「何をやっているんだネ」

二日目の午後、何故かマユリ直々の指名により、隊長の不要物の処理に勤しんでいた。

終わったかネと作業から顔も上げずに尋ねる。あと少しというところで、金柑は持っていた試験管をひっくり返した。

―ガシャァンッ

「全くいい加減にしないかネ、仕事を増やすことが趣味だとでも言いたげな行為ばかりだヨ」

頭の中は失敗してばかり、呼ばれたのに何も出来ないことが悲しくて仕方がなかった。

「こんなことを言っても仕方あるまいネ」

考えこんだマユリはニイと笑う。

冗談だヨと詰まらなさそうに、縁の欠けたフラスコを金柑に放り投げる。

「うぁっ!はぁ…良かった」

「それくらいの緊張感を持ち給え。ネムを呼んで来い!そうしたら阿近の方の雑用をやるんダヨ」

言われた通りにネムを探し出し、すぐに阿近の元に向かう。

「涅隊長に阿近さんの手伝いをするように言われたのですが」

ずらずらと羅列された数式から顔を上げ、振り返る。

「あぁ、まだ付いてるな」

何ともなさそうに耳を触られ、くすぐったくて思わず笑う金柑を面白がり、更にふにふにと耳を触り倒す。

「阿近さん…くくっ!!あぁ…止めて下さい!ふふふっ、あははっ」

斑目三席ですという来客の知らせに金柑の笑いは止まり、阿近も手を放し、中に呼べと指示。

「相変わらず陰気くせぇな」

憚ることなく辺りを見回す一角。別段気にする様子もない阿近は、紙挟みを取り出し紙を捲る。

うわぁ

高揚した金柑が、自分を凝視していることに気付いた一角は何か付いてるかと問う。ぶんぶん首を横に振る金柑を阿近が呼ぶ。

「俺の名前と日付を書いとけ」

伝票を机に滑らせ、一角に金額を言う。

「悪いな」

そう思うなら払えよ、と割り引いた金額を提示する。

「書けたか?斑目の署名だ、ほれ」

一角に書かせたとそれをまた別の箱に投げ入れた。

「その耳いつまでだ?」

突然、金柑の耳を見ながら阿近に聞いた阿近。

「二、三日だ、それよりお前意味の分からん彼女がいるらしいな」

煙草を取り出し火を付ける阿近に、またかよという顔をする一角。

「松本だろどうせ」

「正解、ウミノどっかに饅頭あったろ、食うか?」

灰皿を引き寄せ、ホロリと灰を落とす。

「もらう、別に俺は構わねぇがあっちが大変だろうが」

金柑の持ってきた湯飲みに口を付け、体を投げ出した。

「ありがとな。なんで受けたんだ」

ジッポを手の中でくるくる回しながら、阿呆らしいと言う。

「付き合ってる時、ろくに構わなかったからだ」

ウミノも座れと長椅子の場所を空け、促す。

「あぁ、座れよ」

「失礼します」

隅にちょこんと座り耳を傾ける。

新情報ってか?

「相手は檜佐木だろ?女は、自分で自分の首を絞めてるじゃねぇか」

取り損ねたジッポを忌々しげに、体を屈めて拾う。

「そうは言うがよ」

飲み干した湯飲みを置き、女なんてそんなもんかと金柑に問うた。

「私は、出来ないです!!」

第一意味がよく分かんない
やっぱり付き合うのって難しいっていうか、大変というか

「ケリつけろよ」

煙草を灰皿に押し付けながら不敵な笑みを浮かべ、一角を見る阿近。面倒だなと呟く一角に、金柑は苦笑する。

「ウミノはいないのか、付き合ってるやつとか」

遊んでいたジッポを机に置き体を長椅子に委ねる。

「へっ!?いないですよ」
びっくりした!
阿近さんがそんなこと聞くなんて

「阿近が珍しいな、そんなこと聞くのは」

一角も同じ思いだったらしく、意外だと尋ねる。

「いたら被験体は頼まねぇよ」

何を言うかと返す。

「阿近さん、この薬を飲ませる前に一言も聞かなかったじゃないですか」

そもそも被験体になってくれとも言ってないです

あ、涅隊長の機嫌の問題か

「そうかそうだったな」

取り出した新しい煙草に火を着けるでもなく、手で遊ぶ。

「あの呼び鈴どうにかしろよ」

遠くで呼び鈴が鳴ると、一角が言った。

「心臓に悪いのか。十一番隊第三席ともあろうお方が」

「ばっ!…違っ!!ウミノもそう思うだろ?」

図星だったのか、金柑に矛先を移す。


「私、アレ好きですよ」

もう少し可愛らしいと良いけど

お前なぁと眉間に皺を寄せる一角とは反対に、欲しいなら局長に言っておくがと阿近は体を後ろに逸らし、机の上から付箋を取り、走り書きをする。

「良いんですか!」

阿近の細身の綺麗な字を眺める。

「変わってんな」

伸びをする一角の手が後ろに置いてある机の角に当たり、ゴツッと鈍い音。

「変ですかね」

単なる興味本位なんだけど

「けっ、阿近の方が変だろ」

「お褒め頂き、どうも」



「阿近さん!金柑さん借りても良いですか」

控え目に声を掛けるリンに、三人ともが目を向けると萎縮したように体を震わせる。

「頼むな、それと終わったら顔出せ。預かりの身だから行方知れずは困る」

金柑はその言葉に立ち上がった。金柑が出てしばらくすると、一角も立ち上がった。

「さてと俺も行くぜ」

控えの伝票を畳み、ヒラヒラさせる。

「お買い上げどうも」


メモした付箋を机に張り付けた阿近は、すぐに実験の中へと身を移す。技局ならではの呼び鈴を出る際にマジマジと見つめる一角に、局員の目が痛かったが、本人は知る由もない。


リンに連れられた金柑は、阿近の研究室とさして変わらない暗さの通信局の中で、不要物を一人一人あたり、ゴミ袋に突っ込むことに専念していた。

機械的な音や鈍い光に気を許すと、どこかの隊による救援要請のための紅い光や警告音が、心臓に悪かった。

「悪いんだが、リンの机の下に隠してある菓子持ってこい」

鵯州はモニターから目を離さずに、指で場所を示した。

あ、あれ!?

鵯州が示さなくても机の下からはみ出し、横に溢れているお菓子の小さな山。袋を手渡され、罪悪感に駆られながら機械的な音のする中、がっさがっさと菓子を詰め込んだ袋を、鵯州の元へ運ぶ。

「これやるよ」

運んだ袋の中からガサゴソと取り出す鵯州。

これってリンちゃんのじゃないのかな

バレないからと言われ、儲け物かもと思う金柑に、終わって良いぞと声を掛ける。金柑が部屋を後にすると、リンの高い声が聞こえてきた。無論、鵯州の怒鳴り声付きで。

阿近の元に顔を出しに行くと、実験の手を止めることなく応じる。

「戻ってきたか、局長に頼んでおいたぞ」

もしかして呼び鈴!?

「本当ですか」

先程の湯飲みをお盆に載せる。

「おぉ、ろくでもない仕掛け付きらしいぞ」

しまった…

「ありがとうございます…へへへっ」

「その耳も相手がいりゃぁ、使えるのにな」

「なっ」

「明日は倉庫を引っ掻き回すから覚悟しておけ」

もう良いぞ、その言葉に甘え、飾り程度の耳を気にすることなく技局を後にした。



翌日の金柑は定時頃にはボロボロになっていた。もちろん、十二番隊隊員も何人か駆り出されてはいたのだが、容赦なく倉庫内を走り回った。

キツい薬品の匂いにも最初こそマスクを薬品の匂いにも最初こそマスクを持ってこなかった自分を恨んだが、慣れると気にもならない。ホルマリン漬けらしきものには慣れなかったが。

書類整理ではなく雑用をこなした三日間を終え、挨拶をしようとネムに申し出ると、局長室へと連れられた。心臓の音が聞こえるんじゃないかと言うくらいにドキドキさせられた。

「マユリ様、ウミノさんです」

「お前程度のモノでも仕事が少しは捗ったようだネ」

金柑の言葉を遮るどころか聞いていなかったのか、涅隊長は続ける。

「阿近に頼まれていたモノだヨ。本来なら私が直々に説明してやるのだが、時間がない。これを読んでおき給エ」

机上の紙の束をつかみ、放り投げられ、ままならぬ礼。

「礼は実験体になることで構わんヨ」

反射的に後ずさったことに気付いたのは、ネムに手を取られていたから。

副隊長まで!そんなっ!

どうしよう頭がぐるぐるしているウミノに、ネムはどこから取り出したのか小さな錠剤を手渡す。

「これは?」

「元に戻ります。飲んで下さい。」

有無を言わせずに、錠剤を手渡される。

「朝には無くなっているはずです」

手渡された水で流し込み、食堂での視線に苦い思いをしたことを振り払った。

その間に小ぶりの紙袋を取りに行ったネムは、取扱説明書も中に入れ、飲み終えた金柑に手渡す。

涅隊長お手製かぁとほくほくしながら部屋を出て金柑は、涅がメモを取ったことを知らない。

『ウミノ金柑、好奇心、恐怖心申し分ナシ実験体に適スル』

ネムにしては良い仕事をしたヨ

いやむしろ射場に感謝すべきだろうと、ネムは静かに考えた。

そんなことは露知らず、涅マユリにしてはきちんと危険事項を目に付くように書いてあったため、金柑は自室の棚に飾った。

明日からは、十一番隊だ。


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