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三番目は、京楽春水率いる八番隊。

一度酒の席で会っていたが、その時は見られなかった京楽を手名付ける伊勢を見られると、金柑は楽しみにしていた。そして、それは期待を裏切らなかった。

朝、既に金柑が挨拶をした時点で仕事へのやる気はほんの少しはあったかもしれないが、一般的な見方であればなかったように見られたから。

「隊長、三日間お世話になるウミノさんです。」

ダレて机につっぷする隊長なんて私のところじゃ見られないなぁ

金柑は、想像に能わず、やめた。

「君が金柑ちゃんかぁ、よろしくねぇ。僕は迷惑かけたらいけないよって言ったんだけどね」

ちらりと伊勢を見上げるも、ギロリと睨み返され小さくなる京楽。

面白い

「誰のせいだとお思いですか」

呆れ気味の伊勢は京楽を放置し、金柑に仕事を割り振る。

何度も逃亡しかける京楽が伊勢の叱責を頂く、というなんとも面白いこの構図。ある意味はかどらないなぁと金柑は思った。隊員たちはBGMの如く楽しんでいた。

驚いていた金柑に、いつものことだよと笑いながら話す隊員に感心した。

そして、的確に指示を出す伊勢に、おぉと見とれているといつの間にいたのか背後から、低い声。

「七緒ちゃんは凄いだろ」

笑みを浮かべる京楽に金柑は、如何に伊勢が副隊長として適正な人材であるか、を見た気がした。

八番隊に派遣されてから伊勢に憧れるようになり、他にもそういった女性隊員が多いことも知る。

なれるとは思わないけど、しっかり仕事をこなせるようにしないと

そんな八番隊で得たものはそれだけでなく、というよりは、ほぼ乱菊に因るものではあったが、半ば強制的に京楽との飲み仲間に引き込まれていた。

初日、三日目と中休みを挟みながらも、しっかり誘われており、自制出来て良かったと伊勢に追い立てられる京楽隊長を見ながら金柑は思った。


「そんなぁ、金柑ちゃんだって一緒に飲んだんだよぅ」

駄々をこねる上司に、伊勢はしっかりと御灸を据える。

「隊長、ウミノさんはしっかり仕事をこなしています。飲み過ぎていないからですよ。さ、回覧物なのできちんと目を通してください」

差し出す回覧物を渋々受け取る京楽を見て、威厳ある彼女に誰も頭が上がらないんだろうな金柑は密かに思った。

派遣要請では基本的に定時上がりで、八番隊でも変わらなかった。

「金柑ちゃん、また飲みに行こうねぇ」

へらりと笑い手を振る隊長に親しみを覚えたのは初日からか、とお願いしますと頭を下げる。

「ウミノさんありがとうございました。それと松本さんに飲ませ過ぎないよう言伝てもらえますか?」

眼鏡を押し上げながらキッと上司を睨む姿に、綺麗だなぁと的外れなことを考える金柑。

そんな金柑の口から出た言葉は、伊勢を怯ませた。

「今度はご一緒しましょうっ!」

「あ、はい」

怯みながらも返事をする伊勢に、ホッとしていると京楽が子供のように万歳をしながら喜んでいた。

「金柑ちゃん、ありがとうっ」

ふんふんと鼻歌を歌う隊長に溜め息を漏らし、そのまま帰ろうとする京楽を捕獲。

「ありがとうございます。三日間お世話になりました」

そう告げるとふっと笑みを浮かべた伊勢に、やっぱり彼女は綺麗だと金柑は思った。

くるくる変わる環境に疲労を感じながら、普段と違うそれにも楽しみを感じた。



折り返しとも言える九番隊でも先の隊と同じく、机をあてがわれた。

此処でも隊に支障をきたすような重要書類は無いだろうと、高を括っていた金柑は後悔する。そもそも、机も副官室のすぐ近くに置かれており、書類らしきものも赤字で書き込まれている山。

なんだこりゃ?

どうしたものかと辺りを見回すと、現在九番隊の長である檜佐木が不敵な笑みを浮かべていた。

「よっ!久し振りだなウミノ」

持っていた紙切れをヒラヒラさせながら、机にやって来る。

嫌な予感しかしないよ

「仕事は校正だ、文を読むのは苦手じゃないだろ?まぁ、一応本人の言葉を売りにしたいから、漢字間違いとかの誤字脱字が中心だな。朱で書きこんでくれていいぞ」

まるで名案、な訳がない

なんで私なのと思っている金柑に、檜佐木は気分転換になるだろうと、数々の女性を虜にする笑顔を振りまく。逆らえないなと諦めた金柑は校正に取り組んだ。

昼休み明けに戻ると、副官室でたまたま顔を出しに来ていた阿散井と檜佐木は昼食を摂っていたらしく、阿散井をちらりと見て満面の笑みを浮かべ一言。

「原稿取ってこようか」

その刺青が憎い!

「阿散井がこき使えってよ」

だるんと長椅子の背もたれに体を預けているせいかくぐもる声。

阿散井副隊長サマめ!
ニヤニヤするなっ!

「十二番隊だってよ」

目を見開く金柑に、阿散井は追い討ちをかける。

「涅隊長な」

ダスッと壁を平で叩く音に顔を覗かせた隊員はあの面子か、と妙な納得をしていた。



渋々、十二番隊に向かう金柑とは反対に、檜佐木と阿散井の二人には、昼下がりの暖かな陽射しが降り注いでいた。

まどろみかける瞼に自隊の隊長を思い浮かべ、重い腰を上げる阿散井。じゃあなと、原稿を片手に机に戻る檜佐木。二人の胸の内は、金柑が無事に帰るか、何か変な薬でも飲んでこねぇかなぁということでいっぱいだ。自分達が傍観者になるならと、内心だいぶ楽しみにしていた。

十二番隊が怖いと言われれば、尚更興味や行きたくなる気持ちもあるもので、所謂肝試しと同じ感覚が金柑にはあった。

恐い物見たさってこのことなんだろうなぁ

ギョアァァァァッと薄暗い中、耳を劈くような叫び声を上げる呼び鈴。

興味本位だけど欲しいなぁ…

呼び鈴に目を奪われ、金柑が名乗る前に、内側から扉が開かれた。出て来た隊員に旨を伝えると、どうやら代わりに取ってきてくれるらしく、中で待つよう言われた。

つまんないなぁというのは胸の内に秘めておこう

ノイズのようないろいろな音に混じって聞こえる涅マユリの声。しばらくして戻ってきたその隊員は、折り目一つない紙束を手に戻ってきた。

やり取りをしていると煙草の煙をくゆらせながら来たのは阿近。それ原稿だろう、と手元を覗き込む。休憩ですかと尋ねる隊員に、おおと返事をし金柑の顔を見つめる。

久しぶりかな

何事かと尋ねようとする金柑を手で制し、着ていた白衣から小さな小瓶を取り出す。無機質な音が聞こえる中、その液体は淡い空色で、揺らすとはぱしゃりと音を立てる。

「また作ったんですか?」

金柑より少し背が高い、丸眼鏡の三つ編み姿の隊員は中身を知っているようで、何とも無いように言った。

私、な訳ないよね
だって仲が良い訳でもないし
あ、だからこその実験体?
頭を悩ませフル回転、そんな金柑を見て、阿近が説明をしだした。

「栄養ドリンクだ」

煙草の匂いがあまり好きではない金柑でも、阿近の煙草の香りは気にならなかった。

「檜佐木修兵様御用達な」

ほらよと金柑に手渡し、任務完了と白衣と煙を揺らしながら奥に戻っていった。なんじゃそりゃとのんびりしていたらまずいと、金柑は隊員に感謝を告げ、原稿と特製栄養ドリンクを抱え、駆け足で山のように校正原稿のある九番隊に向かった。

金柑は戻り、檜佐木に原稿と栄養ドリンクを渡したが、なんだとさも残念そうに言われた。

え、と思った金柑、に阿近さんに何もされてないのかと詰まらなさそうに言う檜佐木を見た金柑は、何となく考えが読めてしまった。

あぁ!
分かりたくなかったなぁ

有り難うなと言われて、渡されたのは貰ってきたばかりの涅マユリ直筆の原稿で、校正よろしくと小瓶の中身を口にする。

本当に栄養ドリンクか、と残念に思いながら机に片肘をつき、原稿を繰る。

瀞霊廷通信の中で涅が書く『脳にキく薬』は、もちろん金柑も読者。

相変わらず私にはムリそうな過程
もっと手軽なモノないのかなぁ

九番隊に居たら毎回最初に読めるじゃんなどと邪なことを考えながらチェックするも、流石涅隊長ゼロ、金柑は感心した。私何様よと一人感嘆する金柑の背後から、檜佐木が終わったかと声を掛ける。

「うわっ」

「そんな声出されると泣くぞ」

笑いながら原稿を取り上げ、納得したようで次はこれと渡されたのは、浮竹の『双魚のお断り』。

ラッキー!!!

ニヤニヤしながら読む金柑に、一人の隊員が声を掛けた。

「あの、ウミノさんてベスト8の優勝したウミノさんですよね」

振り向いた顔は『双魚の断り』を読むためにひどく真剣だったというのに、内心要領を得ない金柑はキョトンとした。

「剣術がベスト8、演舞優勝!」

思わず肩を掴まれた金柑は、ヒイと素頓狂な声を上げた。

そんなやり取りをしている中、人が訪れた。その人は斑目一角。気付かない二人を尻目に、近くにいる隊員に声を掛けて副官室の扉を叩く。

「俺、ウミノさんの演舞好きです。格好良いと思いました。練習は覗いたことがあるんですけどど、全然雰囲気が違って」

快活そうで理知的な雰囲気を漂わせる隊員はそこまで言うと、びっくりしている金柑に慌てて頭を下げた。

「ありがとう、ございます?」

語尾が疑問系であることはどうでも良いのか、また話しましょうとだけ言い残し、鼻歌を歌いながら仲間の元へと腕をぐるぐる回して去っていった。

おいと声を掛けられ、振り向く先にはあの二人で、金柑はうぉと呻く。

少しだけドキッととしたのは秘密だ、いや、少しなんてウソだけど

ニヤリと笑った一角は、金柑の頭をぱすぱすと叩く。

「なっ、アイツはウミノの演舞が気に入ったんだ、文句ねぇだろ」

あの時のことだ

口を開きかけた金柑より先に、一角は続けた。

「認めるなんてのはだな、誰か一人でも認めりゃ認めたって考えりゃ良いんだよ。そうじゃなけりゃ、認めてくれたやつに失礼だろうが」

一角の言葉に、あの隊員に、感謝しようと金柑は誓った。

私の技を素敵だと言ってくれる人がいたんだ
何より嬉しかった
照れくさいけど、恥ずかしいけど、嬉しくて、嬉しい

一角は用を終えたのか、派遣のことだろうか頼んだぞと言って出ていった。

うわ、顔熱い

褒められた嬉しさて会えたことの嬉しさで机につっぷする金柑に、檜佐木はどうしたと笑いながら聞く。

まだ本人が認めたくないということを知らずにその気持ちを見せた金柑。檜佐木は既に肯定させ、反応を見たいと思った。

しかし、少し困った顔をする金柑に苦笑し、酒の席にでもするかと譲歩。

結局のところ、三日間は編集作業に何かしら関わり、不安になりながらも何とかこなした。

三日間の疲労はひどく、発行前の忙しさを身をもって体感した金柑。そんな三日目の夜は異色の取り合わせ、檜佐木、金柑、金柑を格好良いと言った隊員の三人で食事。

当然言い出しっぺは檜佐木である。瀞霊廷通信の裏話、朽木隊長による阿散井への説教話、彼の知る檜佐木の武勇伝。

これは全くもって女性関係ばかりであったが、事実じゃねぇぞと言い張る檜佐木に、二人は笑いながら折れた。

彼の名は寒椿慎太郎、話を聞けば同期だという。同じ組にならなかったせいか、お互い知らずそれが分かると打ち解けた。

どちらかというと人見知りをする金柑に対して、寒椿は話しやすいよう距離感をもつ話し方をした。

いきなり踏み込むような話し方をしない寒椿に、金柑は好感をもった。

こうして九番隊を去り十番隊へと向かった翌朝は、晴れやかな空に背筋が自然と真っすぐになった。




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