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おはようございますと声を掛けた金柑が入ったのは三番隊。
「おはようウミノさん」
既に金柑のために机、もちろん書類の支度をして、吉良が迎え入れた。
今日より三日間お世話になりますと頭を下げれば、吉良は眉を下げて、こちらこそよろしくお願いするよと微笑んだ。早速なんだけど、と金柑の机に案内しながら説明する。
「新入隊員の書類照合、作成になるかな」
吉良に示された机の上には書類の山。
こんなに新入隊員がいたのか
「久し振りにお昼は一緒で良いかな」
吉良特有のふんわりとした笑みを浮かべた友人の誘いに、金柑は嬉しくて、はいと思い切り答えた。
金柑は頼まれたのだから期待に応えられるだけ応えようと、仕事に取り掛かった。
ぱらり、ぱらり紙が捲られる音の中、時折聞こえる筆が紙に擦れる音。
ピリピリとした六番隊とは異なる静けさが、金柑には心地良かった。
たまに要請があるとは言え、しょっちゅう来る訳ではない分、新鮮だった。
少しばかり顔馴染みになった人と交わす言葉の中に、吉良がいるんだと、改めて吉良の存在を感じていた。
「今日はお昼取って下さいね」
今日はって…
食に無頓着ではないのだが、如何せん真面目気質の為、昼食をまともに取らないことのある吉良。
金柑を始め、檜佐木や阿散井たちもそれを知っているから、昼は出来るだけ声をかけている。
「金柑さんからもお願いします。同期ですよねっ」
ガシッと肩を叩かれ、体を揺さられる金柑。
おぉ、書いてなくて良かった
筆を即座に放した自分を褒めてあげたいな、と揺らされながら思う金柑。
「少し遅いだけだよ」
そこに、顔の前で手を振りながら言う吉良に、隊員達はまただ、というまなざし。
それならばっ
「大丈夫っ!三日間は私がお昼のお供をしますからっ」
金柑は逃がしませんよ、とグッと拳を握った。
あ、あれ?
クスクス笑い出す隊員達に、やってしまったかと顔を赤らめる。ソワソワし出したそんな金柑に、じゃぁ行こうかと吉良の助け船。
「ああ言ってもらえると助かるよ」
食堂の日替わり定食に手を付けながら、吉良。金柑は、すみませんともそもそと同じ物を食べる。
「皆も元気が出たみたいだしね」
言葉に詰まる金柑に対して、吉良はやはりホッとした。
市丸隊長が居なくなってから
僕には力がないって改めて思う、纏め上げる力だとかカリスマ性なんてもの、僕にはない
―イヅル
時折、頭の中で呼ぶ声に戸惑う
僕は人について行けるけど、引っ張る事は出来ないんじゃないかって
腫れ物に触るように、僕らに触れる他の隊を見ると尚更
だから君の名が上がって良かったと思う、ありがとう
「さて、戻ろうか」
金柑が餡蜜を食べ終えたのを見計らい、吉良は声をかけた。
午後も引き続き同じ事を繰り返し、まさしくデスクワークに徹する中、金柑は気付いた。
どれだけ吉良が卑屈になろうと、隊員達のまなざしが彼に向いていることに。それは、金柑が三番隊に来る度にも思ったことだった。
雛森ちゃんや檜佐木さんにも言えるけどね…
隊長の存在が大きく、その穴を埋めなければならない時に、隊長という色を少なからず捨てなくてはならないのだから。
その結果、吉良くんは吉良くんらしく優しくみんなのために三番隊を守っているんだと。
だから、市丸隊長の背を追わないでと、隊長がどうして言ったかなんて、私達には分からないし、それでも対峙する時が来るなら、少しでも上を向けるようにと。
金柑は吉良の風貌よりか広い背中を見つめ、吉良を案じていた。
ま、吉良くんに私の理想を押しつけたらダメだよね
金柑は自嘲気味に思った。
三日目、金柑は吉良に呼ばれ、仕事終わりに少しだけ時間が欲しいから執務室に残ってくれないかというものだった。
特に約束している相手がいるでもない金柑は、忘れないようにしなくちゃと心に留めた。定時になる頃、吉良は金柑を呼んだ。
吉良くんのことだから挨拶かなぁなどと金柑は思い、副官室に向かおうとしたが吉良にこっちだよと手招きをされた。
手招きされたのは執務室の中央で、周りには三番隊隊員がおり、仕事の手を休めている者もいた。
金柑は緊張している時の癖で唇を噛んで吉良の言葉を待った。
「三日間、ウミノさんには本当に助けられた。ありがとう」
頭を下げる吉良に倣い、隊員も頭を下げ、思わず金柑も下げた。
「でも、お役に立てたかどうか怪しいところもありますし」
金柑は正直に言った。
「そんなことないよ、ありがとう」
そんなに感謝されるような…
ありがとうございます、と隊員が口を揃えた。
「あっ、いや私こそありがとうございます」
吉良たちは満足したのか笑みを浮かべるが、一方で金柑は非常に恥ずかしかった。
「吉良副隊長、書類ミスがありましたら」
「もちろん呼ぶよ」
淡々と笑顔で答える吉良にあ、らしいなと思うと周りから声が上がった。
「いつでも待っていますからね!」
「今度は話、しましょうね」
そんな彼らに、恥ずかしさを忘れて金柑こそ感謝をした。夕焼けが影を伸ばし、触れ合う影が彼らを繋いでいた。
続いて派遣されたのは影があるとされている五番隊、今は雛森が指揮を執る隊。
三番隊同様に、金柑にとって支障のない書類が割り振られ、二日目の休憩時に金柑は雛森に同期として誘われた。
「金柑ちゃん、あのね私どうすれば良いのかな」
煎れたての湯飲みからふわふわと漂う湯気。
「雛森ちゃん?」
雛森は紡ぎ出した。もしかしたら騙されているのかも、何かやむを得ない事情があったんだよと。ポツリポツリと、それでも少しだけ意思を持った言葉。
あぁ、そうか雛森ちゃんには藍染隊長が必要なんだ
居ない影を追って、此処には影がいると真しやかにながれる噂の真髄を見たように感じる。湯飲みを覆って湯気を受けた手は、汗ばんだかのようだった。
「みんなに必要なのは、雛森ちゃんだよ」
それは雛森ちゃんが藍染隊長を必要としていたのと同じぐらいだと思うよ
もしかしたら、それ以上かもしれないよ
アノヒトの裏切りの代償は…
「私、大丈夫なのかな」
握り締めた手は、元より色が白いが更に透き通るようで、細く痛々しかった。
「隊の人は雛森副隊長と仕事をしてきたし、今もしているでしょ」
金柑の言葉に少しだけ顔を上げる。
「藍染隊長がどうしてなんて、下っ端にいる私なんかには分からないし、他の隊長達だって分からないし、それでも今は雛森ちゃんが必要だと思うんだ」
うんと上から下へと顔を動かす雛森。
「みんな一緒の気持ちだから、みんないるんだよ」
顔を上げた雛森は微笑み、ありがとうと眦を下げた。
甘える時は甘えちゃえと金柑が言うと、そうだなと言う声と何となく知っている霊圧が被さる。
「日番谷くん」
彼女特有の呼び名を直すのは、十番隊隊長の日番谷冬獅郎。
「これは回覧用だ」
それだけ言い、出て行く日番谷に雛森はありがとうと呟いた。
雛森ちゃんの悲しみなんて、全部が全部分かる訳がない
だったら分からないなりに、話を聞くくらいできるし、手助けできることもあるし
そう思っても、金柑は自分が彼女に対して言った言葉に正当性がある自信はない。もし、彼女が対峙することになった時、彼女は立てるのかと言われれば、金柑は立つよと答えられる。
彼女は五番隊副隊長として、彼女の強さはそこにあるのだろうから。
三日目の定時終わり、此処五番隊でも三番隊と同様の感謝をされた。やはり、そんなたいそうなことはしていないのにと、頭を下げっぱなしの金柑に雛森は笑っていた。
そんな雛森を見られて良かった、と執務室を後にした金柑を追いかけてきた隊員にありがとうございますと言われた。
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