01



あの人と出会えたのは阿散井恋次のお陰で、阿散井恋次のせいだなと金柑は思った。今の私の現状を考えたら、良いきっかけだなとも。

金柑は、間接的なきっかけではあるが同期で上司の阿散井恋次に感謝をしていた。

これは、そんな金柑の遅い出会いと金柑にとっての大きな別れが近付いていた話である。

「ウミノ、久し振りに行かねぇか?」

金柑は、配属されてから六番隊以外に異動をしたことがなかった。

けれど、金柑自身はそれを不満に思うこともなく、友人関係も良好。さして問題はなかった。

六番隊副隊長に就任してまだ月日の浅い阿散井恋次も、院生時代からの友人だ。上司で友人という好条件に、金柑は恵まれていた。

手を口元にもって呑む仕草をする阿散井。阿散井から定時後に誘われるのは、定番になっていた。

良いんですかとわざと聞く金柑。

「良いじゃねぇかよ…」

不満ではないが、今日も今日とて失敗をしていた阿散井をついからかう。そうして弱気になる辺りが、阿散井らしいと金柑は思った。

片付けをし終えると阿散井は行くぞ、と金柑を連れて店に向かった。

あまり馴染みのない赤提灯のぶら下がる店には、吉良イヅルがいた。

吉良もまた、金柑の同期だ。同期だから、さして問題はないけれどと何故、金柑が悩むのか。

金柑の目の前には、檜佐木修兵と松本乱菊がいるから。

席官とは言え、末席である金柑にとって上官に囲まれるのは、非常に居辛いものがある。

「ちょっと…」

阿散井の死魄装を引っ張る金柑の眉間には皺。

「なんだよ?」

「副隊長がみえるんだけど」

「おい、オレも吉良もだぞ」

「それとこれは別」

帰ると言い兼ねない金柑の首根っこを掴み、阿散井は彼らのいる座敷へと金柑を引っ張った。

「遅くなりました!こっちは同期のウミノっス、挨拶」

俯く金柑の頭をはたく。

「はい、ウミノ金柑です」

やいのやいのと騒ぐ集団は、金柑に歓迎の拍手を送った。

「久し振りだね。金柑くんは何を頼む?」

クスクス笑いながら、品書きを手渡す吉良。

懐かしいなぁ…

「一角さんと弓親さんも誘ったんスけど…」

「あぁ、聞いた聞いた、そのうちだろ、多分虚退治だろうな」

既に小皿の中身を突っ突こうとする檜佐木が、阿散井に答えた。

「ま、先にやってましょ。あんたたち決まったの」

松本の声に肩を竦めた金柑を更に、吉良は笑った。

いくらか呑めば、お酒の席であるからこそ砕けた話も出て来る。

「そういや朽木ルキアとも仲良いんだろ?」

「はい」

緊張のせいか、金柑の酔いはいつもより回っていた。

他を見れば、阿散井は潰され、吉良が標的となっている。

金柑は心の中で吉良の無事を祈り、檜佐木に向き直った。

二人が他愛も無い話をしていれば、ウッスという低い声が聞こえた。遅れてきた二人は、松本に悪いと軽く頭を下げた。

「遅いわよっ!!恋次潰れてんのよ、全く…」

いやお前がな、と斑目は内心思ったが口には出さない。

口を尖らせた松本をそのままに、二人は腰を下ろした。

「一角は何を頼む?」

「あ?そうだなぁ…冷酒」

それを受けた綾瀬川が店員を呼んだ。遅かったんすね、と檜佐木が聞いた。

「あー…書類がな」

「また溜めたんすか」

げんなりとした表情とは裏腹に、笑う檜佐木がいた


「違うよ、隊長が居ないから印が見つからなくてね」

十一番隊と言えば草鹿副隊長だ、と金柑は更木の傍にいる少女を思い出していた。

「そう言えば見ない顔だね」

弓親の言葉に、意識を戻し弾かれたように立つ金柑。

「六番隊ウミノ金柑です」

「阿散井達と同期らしいっすよ」

檜佐木は、もごもごと枝豆を頬張る。がら入れを溢れさせたのも檜佐木だ。ほぅ、と斑目は酒を飲み干しながら相槌を打った。

(憧れ、手が届かない人
阿散井くんに話を聞くまでは、単なる恐い人だったなぁ)

金柑は目の前の男に修行をつけてもらっている阿散井が、羨ましいと感じていた。

三人が話すのを聞きながら、お酒を口にする金柑に斑目が気付いた。

「お前何か腹に入れろ」

ぬっ、と差し出されたいくつかの小皿。手の先を見れば、向かいに座る斑目一角。

「少しくらい食わねえと気持ち悪くなるぞ」

見られている訳でもないのに、無駄な緊張で金柑の箸は震えた。

(憧れは恋になんてならないし、しない)

そう思う金柑の心は、確固たる程ではない。ないにしろ、金柑は自分の中で線引きをしていた。

「そういや、一角さん付き合ってるんすか?」

煽った御猪口を置き、檜佐木がおもむろに聞いた。そらきた、とばかりに松本がお酒の追加をする。

「あー別れた」

「一角の場合、構わなさ過ぎるんだよ」

綾瀬川が呆れたように言えば、鼻を鳴らす斑目。

「承知してんだぞ?それなのによ」

金柑も斑目を見掛けたことは極稀ではあったが、あるにはあった。

一人か綾瀬川と、若しくは、後ろを小走りに歩く女性を連れて。

だから、想わないようにしたし、想わないようにしているし、憧れだから、れは、憧れでなくてはならないと金柑は学んでいた。

更に、いつか自分から手を離した時の罪悪感や離された時の空虚は、要らないと思った。

要らないというより、内に入れたくないのだろう。だから、親しくあるだけでありたいと近頃思うようになっていた。

金柑が今の自分を振り返り、些か不愉快になりながら考えていると後ろから目隠しをされた。

「おっし!ウミノ、外に出ない?行くわよっ」

後ろから酔い醒ましかな、と綾瀬川の声がした。

阿散井に水を呑ませようと斑目が、阿散井を起こしていた。

一方でかいがいしくも、吉良の死魄装を整える檜佐木。二人はそれらから離れて外に出た。

ゆったりとした風が、ぼやっとした金柑のほてった顔に心地良い。夜空は灯のせいか、星がちらほらとしか見えない。

店前の長椅子に腰掛けた松本は、いらっしゃいと金柑を呼んだ。

「ねぇ、恋次が心配してたのよ?本当ならこんな話を私からしたら恋次の立場が悪くなるんだけど、怒ってやらないでね」

はぁ、と全く話が分からない金柑は本題に入ってもらうしかなかった。

「ウミノは明るいし人当たりが良いって」

「松本副隊長、阿散井くんは何を…?」

「あらやだ、話通して無いのかしら?当たり前よね。それから名前で良いわよ。むしろそうしなさい」

間抜けな顔をしていたのか、金柑はクスクスと笑われた。

それでも要領を得ない金柑は、松本の色香にあてられた。

「そうねぇ、恋の相談なんて俺なんかじゃぁ」

「あ、ば、」

勢いよく立ち上がった金柑に、松本はまあまぁと座らせる。

「そんなつもりじゃ!!」

(勘違いも甚だしい…それなら、あの人のことにして欲しかった)

金柑は、店にはいない男を思い浮かべたが、すぐに振り払った。今は考えたくない、とばかりに。松本は体を伸ばし、金柑の後を継ぐ。

「無いんだろうけど、恋次からしたらそう見えたのよねぇ。って言ってもウミノがそんなつもりじゃないなら、良いのよ。恋次じゃ頭がパンクするわ」

笑いながら金柑の頭を撫でる。

(それだけじゃないか)

それなのに金柑の視界が歪む。

「泣きたいなら泣きなさい、ドーンと受け止めてあげるから」

泣きたいのに泣けない、嗚咽しか出なかった。

座敷には生還したであろう阿散井と吉良が、虚ろながら起きていた。

そして未だ、やんやと呑む一足先に戻った松本と檜佐木がいた。他の二人組はそれを見て笑っていた。

「戻ってきたね。えっとウミノさん」

「はい」

名前を覚えてもらえるというのは嬉しいもんだなぁ、と金柑ははにかんだ。

「助かったよ、お陰で阿散井も吉良も起きた」

「感謝だな」

枝豆を摘みながら斑目が続けた。がら入れは、二皿目のようだ。

「そういやお前は」
「ウミノさんだよ」

綾瀬川に言われて、面倒臭そうに斑目は直した。

「あー、ウミノは席持ってんのか?」

「末席です」

苦笑いを浮かべ、金柑は空いたお皿を重ねて、品書きを取った。

「すみません、お願いします」

「大丈夫かい?」

綾瀬川の落ち着いた声が、騒がしい店内には驚く程不似合いだった。

「お冷やも飲んでるので、大丈夫ですよ」

そう答えると、綾瀬川に頼もしいねと返された。

私、斑目三席に憧れていますと言えたらばと金柑は思った。

けれど、あぁ、こんな場で言うべきことでは無い、と口を噤むしかない。

結局、収拾がついたのは、日が変わる頃だった。そして、べろべろの檜佐木を阿散井が引き取っていった。

乱菊は別れ際に十番隊に顔出しなさいよと金柑に叫んでいった。



翌日、どちらかと言えば、ケロリとした顔で現われた金柑に阿散井は恨めしそうな顔をした。

(なんで、あいつだって結構飲んでやがったのに…ついてねぇなぁ)

「恋次、誰か十一番隊へ書類を取りに行かせろ」

入ってきてすぐに、六番隊隊長の朽木白哉は阿散井に申し付けた。

すぐそばにいた金柑に頼んだ、と任せて自分は給湯室に入った。

流しに寄り掛かる阿散井に、副隊長の威厳はないね、と金柑は理吉にぼやいた。

(十一番隊、遠いなぁ)

「書類を取りに席を外します」

金柑は始業したばかりだと急ぐこともせず、ぺったぺたと足を十一番隊へ向けた。

春らしい風に土の匂いがふわふわと漂い始めた。

(空が青いなぁ)

普段は十一番隊には行かないため、変な緊張が金柑の体を走った。

他の隊より傷みが多い廊下を横目に、がたがたと軋む戸に手を掛け、失礼しますと金柑は声をかけた。

「六番隊ウミノです。書類を受け取りに、って」

始業は既にむかえているにも関わらず、誰一人いなかった。

どうしようかと金柑が思案していると、戸の向こうの廊下の奥から怒声や木刀のかち合う音が微かに聞こえた。

なるほどねと一人呟いた金柑は、音がする方に急ぎ足で向かった。

開け放たれている筈の道場から、むんとした熱気が感じられた。

中央で試合をする隊員や、それを囲む隊員。上座で見る綾瀬川に対して、指示を出す斑目がいた。

どうしたものかとキョロキョロする金柑に、一番近くにいた隊員が声を掛けた。

「お嬢ちゃん何の用でい?」

予想より優しい口調であったため、金柑はほっとした。

「書類を…」

「あぁっ!何だとっ!書類なんかなぁっ!どこの所属だぁぁあっ?」

試合に対して野次をとばしている隊員もいる。そのせいか、別の隊員が金柑に大声を出しても目立ちはしなかった。

「六番隊です。六番隊のウミノです、朽木隊長から」

朽木隊長という単語が出た瞬間、隊員は顔色を変えて上座にいる綾瀬川の元へと転がるように急いだ。

大慌てで何故か手振りを交えて話す隊員に、綾瀬川は、あぁと相槌を打った。綾瀬川の周りの空気だけ違う。綾瀬川は、金柑に廊下を指差し待つように言った。

一礼して廊下で待つと綾瀬川が、ウミノさんじゃないか悪いねと道場を背に執務室へと促した。

覚えててくれたんだと金柑は、んふふと一人ほくそ笑んだ。

綾瀬川は執務室の書類棚を漁り、必要とされる書類を取り出した。

「これだね、わざわざ済まなかったね」

「いえ、これも仕事ですから」

にへらっと笑う金柑を、確か阿散井と同期だったかなと綾瀬川は、自分より貼るかに小柄な金柑をジッと見た。

綾瀬川はわざわざ見送り、金柑は六番隊へと小走りで戻った。

金柑が戻ると誤字があったらしく、朽木隊長に怒られる阿散井副隊長という素晴らしい構図が目に入った。よくあることだ。

(またやってる、懲りないなぁ)

金柑は、お話し中よろしいでしょうかと進み出る。

これもまた各自よくあることで、誰も金柑を咎めない。

朽木の霊圧は下げているのか、怒っている程にはきつくなかった。

「なんだ」

朽木は顔を上げずに尋ねた。

「先程頼まれていた十一番隊の書類になります」

「分かった、戻ってよい」

本日二回目になる阿散井恋次の恨めしそうな顔に思わず噴き出しそうになった。何とか堪えて、金柑は口を押さえ二人から離れた。



年度末になると書類の量が急激に増える。それはどこの隊も一緒だ。

しかし、特に十一番隊からは年度末分ではなく、年度分が来る訳で、また受け取る側も大変なのだ。

そんな時に、一度だけ全隊で花見が行われる。とは言っても、仕事上半日だけではあるが、皆それを楽しみにしている。

今回は既に日時も決まっており、一週間後とされていた。

桜も程よい蕾、色をつけているため、尚更花見に対する士気は上がっていた。

そんな訳で、隊の間で足を引っ張り合うなとばかりにピリピリしている。また、お互い刺激し合わないようにと行動している。

そのため、この時ばかりは十一番隊も下手にでる。それも、公認された花見酒を潰したくない一心だからだとも言われている。

花見当日、六番隊隊舎で行われている花見に当然皆参加する。この時ばかりは、朽木が居ても騒ぎ放題で黙認される。

「恋次、羽目を外すのも良いが限度を弁えろ」

乾杯をし終えた後に耳元で釘をさす。

(抜け目ないなぁ…。阿散井くん、顔が緊張してるし)

顔を引き攣らせた阿散井は、こくこくと首を縦に振っている。

桜は満開とまではいかなかったが、花見をするには十分であった。

ウミノ、と情緒の欠片もない大きな声。花より団子状態の金柑は串に残った一つを口に入れた。

何でしょうか、と口だけの返事をすると、阿散井が背後から金柑の首根っこを掴まえた。

飲み会の誘いだった。花見をして更にか、と呆れた。口には出さないが。

どっちにせよ、用事のあった金柑は、申し訳なさそうに、阿散井の申し出を断った。

「吉良も来るだろうし」

阿散井のほんのり色付いた頬は、緩みきっている。

「実は先約が」

やんわりと断る金柑に、そうかと言うとまた誘うからと背中を叩かれた。

そして阿散井は、他の隊員たちの輪に紛れた。複雑な気持ちの金柑は、そばにあった御猪口に手を伸ばした。

程よく酔いが回った頃、朽木から御開きにすると指示が出た。

遺された侘しさに浸ることなく、各々片付けをし終えて解散をした。


翌日、金柑はいつもより早めに隊舎に向かった。

「おっす、ウミノ」

鉢合わせたのは阿散井だった。

「阿散井くんおはよう」

「今阿散井くんて言ったろ?」

にやりと笑いながら金柑の方を向いた阿散井に、金柑は口を押さえた。が、時、既に遅し。

「すみません」

ついうっかり呟いた金柑は、昔の口癖を呪った。

「隊員がいねぇなら別に構わねぇよ」

「どうもです」

こんな風にやり取りしたのは久し振りだった。

「今度ルキアちゃんも誘ってご飯に行かない?」

「おー…」

(もしかしてまずかったかな)

気のない返事をする阿散井に、金柑は下唇を噛んだ。

「無理なら…」

「いや!むしろ行くぜ!!」

慌てて金柑の肩を叩く阿散井の表情は、満面の笑みだった。

「それは良かった。ルキアちゃんも喜ぶかもねっ」
「かも…ってなんだよ」

ぶつくさ言いながら阿散井は、書類を仕分けし始めた。普段と変わらない毎日が始まる。

金柑は昼食を取るために食堂に向かった。向かったのは良かったが、ごった返す人の波。

おたおたする自分に、イライラする金柑がいた。と後ろから、何にするんだと振り返ると阿散井がいた。

「何食べるんだ?」

「豚の生姜焼き定食とあんみつです」

遠い品書きを指差し、答えた。

「相変わらずだな…どうすっかな」

阿散井も決めたらしく、金柑に手を出してきた。思わず手をのせ返す金柑。

「お前なぁ、ほれ買ってきてやるからよ、奢りは今度な?給料日前だからよ」

「なるほど、ではお願いします」

わざと畏まり、笑ってお金を阿散井の手の平にのせた。阿散井は金柑が悔しくなるくらい、スイスイと進んでいった。

両手にそれぞれ器用にお盆をのせて、これまたスイスイと戻ってきた。ほれっと顎をしゃくるので、金柑がトレーを受け取ろうとすると、首を横に振った。

「お前一人だろ。あっちに吉良とか乱菊さんいるからよ。先行け」

拒否権の無い金柑が辺りを探せば、日当たりの良い窓際の机にナイスバディな松本が、きゃらきゃらと笑い、隣りで吉良が焦っていた。

「こんちわっス!ウミノも一緒っスよ」

阿散井が会釈をし、金柑も失礼します、と頭を下げた。いらっしゃい、と笑う松本に吉良は心底ホッとしたように笑った。

「金柑さん、午後の仕事は大変かな?」

湯飲みを両手で包み込み、吉良は真剣に口を動かす金柑に尋ねた。

どうしたのよ?と松本は阿散井をからかうのを止め、吉良の顔を見た。

「市丸隊長がいなくなってから余計に仕事が…市丸隊長も仕事してたんですよね」

「あんた、ギンのことをどういう目で見てたのよ」

遠い目をする吉良に、松本は呆れた声を出した。金柑は、真向かいの阿散井に返事を求めた。

「朽木隊長なら、仕事さえやりゃぁ良いって言うんじゃねぇか?」

既に食べ終えたのか、箸を置き阿散井は湯飲みを手に取った。

「そういえば、さっきまた隊長に捕まっちゃったのよ」

笑いながら松本が、隣りの吉良の背中をバシバシと叩いた。

「何言ってるんすか、日番谷隊長に怒られることするのは乱菊さんじゃないですか」

金柑の真上から低い声が落ちた。

「やぁねぇ、修兵のくせに」

松本が応じれば、そんな、とうなだれた。それでも、ちゃっかり席に着く檜佐木。

金柑は副隊長ばかりの面子に、またもや居辛さを感じ、意識を飛ばす金柑に檜佐木が声を掛けた。

「何、甘いもん好きなの?」

「デザートは欠かせませんよ」
「だから肉付きが良いんスよ」

金柑をケタケタ笑いながら、阿散井が付け加えた。

「阿散井くんたら」

吉良の慰めも手慣れたもので、金柑は溜め息を吐く。

「阿散井副隊長も鯛焼き大好きじゃないですか」

満面の笑みをつけながら言う金柑に、阿散井はそれはだなと唸るも、ニンマリ笑った。

「草寿庵の鯛焼き、今度分けてやるよ」

草寿庵とは人気のある店だ。なかなか手に入らないことで有名。金柑にとって、この上ない幸せな申し出となった。

「いいんですか!ありがとうございますっ」

金柑は、阿散井と甘味の話をよくする。阿散井は朽木から時折、余り物らしいものを貰っていた。

(隊長からたまにお菓子もらうみたいだし、羨ましい)

上官の待遇の良さを羨む金柑はさておき、吉良が阿散井に話し掛けた。

「新しい甘味処が出来たこと知ってる?」

「ご馳走さん、吉良は行ったことあるのか」

檜佐木は湯飲みを揺らし、目をきらきらさせる赤髪の後輩を見た。

「美味しいわよ。それにお店の主人もなかなか良い人よ。ウミノ、あんみつ一口貰うわね」

言うが早いか、金柑のお盆からあんみつは消えた。

「いえ、隊員たちが話をしていたんですよ」

吉良も阿散井同様に、行きたいなぁと洩らした。 今度行ってみるかと阿散井がグッと拳を握り締めると、松本が豊満な胸を卓に載せて体を乗り出した。

「あたしも行くわよ!ちゃんと声かけてよ恋次っ」

「仕事終わってからっスよ 。乱菊さんが日番谷隊長に怒られますんで」
「平気よっ」

松本の返事に阿散井は苦笑いをするしかなかった。

それに対し、巻き込まれるんだよと無言の会話が檜佐木、吉良、阿散井の間で交わされた。

「そろそろ行かないとまずいわね」

松本の言葉を皮切りに、立ち上がった面々。金柑は、吉良に言った。

「吉良副隊長、大丈夫そうでしたら三番隊に向かいますね」

「ありがとう」

手をヒラヒラさせる松本に一礼して、金柑は阿散井と共に食堂を後にした。


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