22
翌日、金柑は流魂街の任務に向かった。元々割り振られていた任務で、大した数でもないため、阿散井との二人の任務となった。
向かった先には三体の虚。三体か、と辺りを見回し、肩を回す阿散井。
「目視できるのはですね」
きょろりと辺りを見回す金柑。
「確かにな、よし行くか!」
虚に向かって走り、抜刀する。
「咆えろっ!蛇尾丸っ」
軽々とこなす阿散井の一方、離れた場所にいる虚の元へは金柑が向かい、始解をせずに倒す。が、虚が消えた瞬間、同じ虚が現われた。
「え…」
向かってくるのを躱していると、何やってんだと阿散井が近くに来た。
「倒したはずが増えて。うわっ!!危ないじゃないですかっ」
旋回させた蛇尾丸が、金柑の体をさらいかけた。
「悪いっ!これ生き返った訳じゃなさそうだな…」
「そうですね、熾きろ蓮華丸。二、波影」
「危ねっ!!」
始解をして、間髪を入れず技を繰り出した金柑に、危うく巻き込まれそうになった阿散井。
「すみません!気付かなくて」
水の刃が虚を貫いた。
「あれって三本か?」
技のことらしく、帰り道を急ぎながら話しかけてきた阿散井。
「増えねぇのか?」
実力に比例するんですよと、つまらなそうに答える金柑。
「けどお前、技が三つもあるから良いよなぁ」
蓮華丸に感謝ですねと言う金柑に全くだなと阿散井、二人は小突き合いながら戻った。
夕方になろうかと空が紅くなり始めていた。
その翌日の演舞は、元より決められていた形(かた)を抜いていくものだった。
集団の中から何人か選ばれ、トーナメントが組まれた。
金柑はちゃっかりと言うのか、選ばれて総合道場でのトーナメントに名前を連ねた。
おぉ、どうしよう緊張するじゃないかぁ…
先日の剣術よりはどうしてもトーナメントの人数が多くなってしまうため、空き時間も緊張してばかりだが、それでも着実に結果を出していた。
気付けば、準決勝を終えていた。
その時金柑は、本当に何も考えていなかった。勝たなきゃ、負けるかも、緊張するという気持ちすらなかった。
決勝を迎えれば、自分の振る刀の音しか耳に入らない。
試合が終わり、呼ばれた名前はウミノ金柑。
「女だから甘いんじゃねぇのかな」
擦れ違った隊員の声が金柑の耳に入り、ミスしても甘くされてそうだよなと続く。
金柑は、後ろから来る団体の為に道を避け、そのまま道場横の人通りのない廊下に入って、体を凭れさせながら座り込んだ。
ざわめく人の塊の音が、少しずつ意識をさらう。ゆらり、ゆらりと揺れる人影に目を落とす。涙が流れた訳ではなかった。
どうすれば良いのさ
私だって満足のいく振りだった訳じゃないんだし
小さいからって
女だからって言われても
どうせ運だ、演舞なんて
足を抱え込み頭を埋める金柑。いやになっちゃったなと俯いていた金柑は、近付く足音に顔を上げた。
「何してんだよ」
そう言って腰を落としたのは、一角だった。
「一角さん」
押しつけていた顔に風が触れた。ざわめく声に耳だけが、何かを拾おうとする。どこか痛めたのかとぶっきらぼうに尋ねる一角。
「いえ、ただ…さっき」
話し始めた金柑を一角は遮ることなく、ただ静かに聞く。
話し終えた金柑の目には涙が浮かび、ふるりと揺れて頬を伝う。
「結果は結果だ。言わせたい奴等には言わせておけ。それから、ウミノに負けた奴等もいんだろ?そいつらに失礼だろうが」
床に胡座をかきながら続ける。
「お前自身が駄目でも、勝ったってことは実力があんだよ!それでも駄目なら直しゃぁいんだよ、違うか?」
その言葉は自身の中にも渦巻いてはいたが、他人から言われることで、金柑の中で安定した言葉となった。
「はい」
すると一角は立ち上がり、金柑もつられて立ち上がる。
「まだ言ってなかったな!めでてぇじゃねぇか」
にっと笑う一角に金柑も笑う。
確認するかのように顔を覗き込み、金柑のすっきりしたような表情に頭をクシャクシャにする。
「一角さん?」
「髪ぐしゃぐしゃじゃねぇか、鏡見てこいよ恋次には言っておいてやるから」
背を向けて、廊下の人混みに紛れる一角に金柑は頭を下げた。結ばれていた筈の髪から零れる髪が、金柑の顔を隠す。
その日の夜、窓を開け放ち、布団に寝転がった金柑。まだ少し肌寒い風は必然的に布団を冷やす。
その冷たさから身を避けるように、布団に包(くる)まるなどと言う相反した行動を取りながら物思いにふける。
少しまどろめば、カタリと窓枠の揺れる音に引き戻される。
一角さん、そのうち目で追っちゃうんだろうな
駄目
憧れでないと
憧れに間違いないよ
第一、初めて会った時に決めたんだから
あの時は先輩と付き合ってたから余計にか
それに、実力も無い女なんて
皆に優しいし
でも、仲良くしてもらうのは良いよね
パタリと雨の音がすると同時に、雨特有の匂いが部屋に流れ込む。
どうにか布団から這い出した金柑は窓を閉めた。先のように布団に潜り込めば、自分に言い聞かせながら眠りについた。
ある日の朝、ウミノは朽木隊長に呼ばれた。
書類のミスを頭の中で探しながら隊主室に入った金柑に、手渡された一枚の紙。
「ウミノ金柑、席を上げる」
淡々と放つ言葉に、金柑は耳を疑った。静かな部屋に書類をめくる音がだけが聞こえる。
「異隊になった件、大会の件を考慮した」
辞令と思しき紙を差し出す。ちらりと金柑を見て、口を開く。
「十五席は婚約だ、そのため除隊になる」
今より二つばかり上がることになる。戸惑いもあるけれど、金柑は嬉しくもあった。
「受けぬのか」
金柑は答えた。
「よろしくお願いします。あっ、つ!慎んでお受け致します」
自分の机に戻った金柑は、思わず顔がにやけるのをどうにか抑えながら書類を手にするも、手を付けなかった。否、付けられなかった。
ふるりと少し震える自分の手を眺めながら、苦笑いを浮かべる。
こんなことで手が震えるなんてまだまだだなぁ
ふふっ
翌日、鏡を覗き込むと顔に幾つかのチャームポイント、ではなく敵が現われていた。ニキビと言う名の。
いやだなぁ…油断するとこれだもんなぁ…あぁ
「ウミノさん、この書類をさ、七か、七番隊から受け取ってきてもらえる?」
書類を見せながら、頼まれた金柑は確認して取りに行った。
受け取ったその帰り道、なかなか会う機会が無かった弓親に会った。
「久し振りだねウミノさん」
「お久し振りです」
頭を下げた際に目に掛かった前髪を除けると、弓親はあっと声を上げた。
「美しくないよ」
分かっちゃいるけど、そんなに正直に…はぁ
落ち込んだ顔をしていた金柑に、弓親は笑いながら自身の額を指した。
「ニキビ」
あっ、思わず手を当てる金柑に、こらこらと遮る。
「ニキビが美しくないだけだよ」
ニキビめ
「良い薬紹介するよ、新品だからさ」
忘れないようにしなくちゃねと言う弓親に、ありがとうございますと頭を下げる。すると聞き慣れた声が耳に入った。
あの声はと声のする方に目を向ければ、一角がいた。そんな金柑を見た弓親も目をやる。
彼女だよね
女性隊員と話す一角を見るのは初めてでは無いが、あれ以来久し振りなためか、気持ちの整理のためか、異様に敏感な金柑がいた。
その女性隊員の頭をぽんぽんとする仕草にあ、と漏らす。本人も気付かないくらいに。気付いた一角は別れを告げて二人の元に来る。お久し振りですと頭を下げる金柑におうっと返す。
「彼女かい?」
ニヤリと笑う弓親
「あー、まぁな。前別れたやつだよ、寄りを戻したいっつうからよ」
へぇ、戻すんだ意外だなぁ
「ヤキモチだとよ」
「可愛いですねぇ」
反応の早い金柑に少し驚きながら、そういうもんかと呟く。
自分がヤキモチ妬くのは…
人のは可愛く見える時もあるんですよ
なんか、複雑
「そうだね」
相槌を打つ弓親を見上げる。そんな話をし終え二人と別れ、金柑は急いで戻った。
戻ると、どうやら頭の隅に追いやっていたようで、書類を差し出すとあぁ!っと思い出したように受け取られた。
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