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誰かを心配しているという事実は、本人しか知らない訳ではあるが、大会まであと数えるくらいと言う頃のこと。

廊下を駆けるばたばたという音に慣れているためか、派手な音を立てて入ってきた金柑に驚くものはいなかった。

当の本人は、昼休みの間も悩ませていたのだろうか変わらず頭を抱えている阿散井に向かっていった。

阿散井くんと思わず呼んでしまったことに気付き、改めて呼び直す金柑。

阿散井は気付いていなかったが、なんだよと渋々顔を上げた。目の前に差し出されたそれは白い腕。

「むきッ」

どう考えても男が言うムキッとは違うが、筋肉が以前より付いていた。

おぉと阿散井は漏らすが、不満だったのか金柑は肩まで捲り、もう一度むきッと言いながら力を入れる。

「前よりついたんですよ」

そうかとしか言い様のない彼に、詰まらないとばかりにお邪魔してすみませんと言葉ばかりの謝罪を残し、午後の仕事に取り掛かるべく机へ向かう金柑だった。

力がつくのは良いことだけどよ
筋肉がついて喜ぶお前、初めて見たぜ

ひとまず鯛焼きだなと阿散井なりの褒美を考えた。



大会は通常業務と並行でわれる。そうは言っても、大きな任務や重要書類さえなければ観戦しても良いとされた。

十一番隊はそんなこと言われなくともである。

六番隊では、前日にあらかたの書類等を上げたものから自由にしてよいと決められ、予想よりも盛り上がっていた。

金柑が向かったのは七番隊の道場。

適当に割り振られた場所で、トーナメント式に行われ、それぞれの上位二名が総合道場において新たに試合を行う。

少しだけ馴染みのある七番隊の香りに心を落ち着ける金柑だった。しかし、それは脆くも崩された。


うそ…、どれだけ運が悪いの
分かっていたけど
こんなに当たらなくても良いじゃん

そこにいたのは厳つい男の集団、あの十一番隊だ。げんなりとした金柑に声を掛けたのは弓親だった。

「おはようウミノさん、びっくりしたみたいだね」

「まさかこんなにいるとは」

「公で喧嘩出来るからね」

既にやる気満々な彼らを見ながら二人は話した。

「でも、弓親さんはどうして」

流石に引率はないだろうなと金柑は、既にいきり立つ彼の部下を見た。

「引率、って言うのは冗談で審判だよ十一番隊が多いからね。一角も借り出されてるよ」

一角さんか

「一角が良かったかい?」

笑いながら言う弓親に、金柑は違いますと慌てて否定をした。


時間になり、ばらばらと位置につき始める試合者。

始めようかなと弓親は足を止めて振り返った。

「力はともかく、君は感覚を掴んだはずさ」

試合は始められた。試合までまだ少し時間のある金柑は、弓親の言葉を思い出していた。

嬉しいような複雑な…

緊張のせいか、暖かい筈の風も冷たく感じられ、柄を握り締めた。

開け放たれた戸には人が入り始めている。

落ち着け、落ち着け
別に私を見に来た訳じゃないんだから

そう言い聞かせている内に、順番が回って来た金柑は試合場に向かう。相手は十一番隊で、金柑は木刀を構えた。

始めの号令とともに、相手が大きく振りかぶり、振り下ろしてきた。金柑の左耳をブンッと空を斬る。

振り下ろしたまま、下から斜めに掬い上げるように木刀が振られた。反応するように体を右に開き、更に突こうとするのを剣先を回し、下から払い右側頭部に抜きつけた。

「勝負有り」

今ので?

金柑の頭は着いていけなかったが、それでも体は礼をして下がる。

「ありがとうございました…」

頭を下げる金柑に相手は悔しそうに呻く。

「くそぅ、今度またやってやるからな」

やってやるって…

ボケッとしているとすぐに名前を呼ばれた。何度も呼ばれる名前に恥ずかしさが込み上げた。


なかなか動き出さない相手に、ウミノは思わず息を吐いた。

その瞬間、間合いを詰めて目の前に現れた。右に体を大きくずらし、相手と正対する。

相手はスッと木刀を下げ、下段に構え、金柑も合わせて下段をとる。

そこかしこから聞こえる木刀のかち合う音や声がぼんやりと流れ込む。

じりじりとお互い前に出る。お互いに剣先を押さえるように中段に構える。

行かなきゃ…

金柑は手元を狙い打ち込む。ガッと下から返され、払われる。

まずい!

両手で掴んでいた木刀を左手だけにし、そのまま流す。

その代わり体を下がらせた。睨み付けるような眼に怯む。

ダメダメ
一角さんの方が恐いから
落ち着け

ダンと床を踏みきり体を右に捻って木刀を構え、右肩から振り下ろした。

すると、男は目を見開き、口の端を上げニイッと笑う。左足を下げ、木刀を横一に構える。そのまま上から来る金柑の腹に打ち込む。

ガツンッ。それは金柑の腹に打ち込まれた音ではなかった。

男の手には木刀はなく、床に立った金柑は、首に木刀を突き付けていた。

それは男が笑った時、金柑は手元を足で蹴り、木刀を落とし、怯んだ隙に木刀を首に突き付けていた。

「勝負有り」

はぁっはっ…

「おいっ!!ありゃぁ反則じゃねぇのかよっ!」

男の連れであろうか隊員が金柑に食ってかかる。

そっか…

「相手を白打でのした訳ではありません。有効です」

審判が要項を片手に取り成す。当の本人は友人を宥める。

「またやりましょか?ぼく、十一番隊の新人なんで覚えておいて下さいっス」

どうしてこうも十一番隊ってのはと頭を悩ませる金柑。そんな金柑を余所に、周りの反応は違った。

普段の金柑を知っている者は戦い方を変えたのかと話し、知らない者は度胸があると感心していた。

その様子を見ていた一角と弓親がニヤニヤしていたことを金柑は知らない。


次に名前を呼ばれて向かうとそこには女性隊員で、八番隊。

ここしばらく男相手にしか稽古をしてこなかった金柑は、女特有のすばしこさに翻弄された。どちらかと言うとフットワークが軽くない金柑に取っては辛かった。

やっぱり足は早くないとダメか

必死に躱しながらも攻めへの一歩が出せず、防戦一方。彼女の一手が決まらないのは、ぎりぎりで躱しているから。

一角さんとやるとすぐ決められちゃうのに…

フットワークが軽いとは言え、それは金柑と比べればのこと。肩への突きを躱し、間合いを取るために後方に下がる。

攻めのせいか息が上がる相手、防戦にも関わらず息が上がる金柑はお互い前に詰める。

タンッっ軽やかに飛び上がった相手に合わせて下がる金柑。横から振り抜かれた木刀を、自身の木刀に腕を添えて防いだ。

痛っ

下がる彼女に走って詰める。ぐんと目の前で体を低くし、下から袈裟に斬り上げ、構えようとする木刀を払い首元に当てた。

「勝負有り、ウミノ金柑」

信じられない

#挨拶をし終えると、相手の女性隊員が金柑のもとにやってきた。

「ねぇ、知ってる?私ねやったことあるのウミノさんと院生の時」

覚えてない

黙っている金柑を見て笑いながら続けた。

「で勝ったの私。次は勝つからね」

頑張ってねと手をひらりと振りながら去っていった。

次って…

「もう一度試合をして勝った二名で総合道場に向かってもらいます。その前に一度勝った二人での試合もあります」

淡々と読み上げる審判に意識を集中させる。

温い風が手を汗ばませる。

結果の出た隊員達がそれぞれに集まり、まだ行われている試合を見ようと集まる。

この試合に勝ったら総合道場…
うわ、信じられない


次の相手は三番隊の女性隊員だった。華奢な体格に似合わない強い剣の衝撃が金柑を襲った。

その一撃の後、お互いに前に出ず、じりじりとし、動けずにいた。

我慢の出来なかった金柑は床を蹴る。彼女は構えを解き、木刀を下げた。

なに…

思わず怯み、くんっと体が下がる。それを見逃さずに、すかさず走り込みウミノの左脇腹を狙う。

金柑は、辛うじて下がり躱す。下がった所で金柑は斜め前に飛び出した。

木刀を振り上げた金柑だったが、ガツンとギリギリで止めた彼女は、木刀をいなし金柑の体勢を崩す。

左手を流されるようにいなされ、体が傾く。滑る足をどうにか踏ん張る。

そんな隙も見逃さずに打ち込み、決めにかかって来る。

落ち着け、よし

構えた金柑は相手が踏み込んだ瞬間、自らも近間に飛び込む。

左手を柄から離し、相手の右手を掴み捻りながら下に引き、グッと下がる相手の胸元に木刀を突き付けた。

何度目かの、勝負有りの呼び声。

「あれに怯むなんて…」

信じられないでいる金柑に、苦笑いをしながらに握手を求めてきた。袴に手を擦りつけて握手に応じる。

「今度稽古しましょ。負けないからね」

ニッと笑いながら友人の元に駆け寄っていった。


そして此所での最後の相手は、十一番隊隊員のがっちりした体格の桐立(キリタチ)。

始めの号令の瞬間、ウミノが気付いた時には、既に背後に桐立がいた。攻める訳でもなく、楽しもうとしているのが分かる。

桐立の方が明らかにリーチがあり、近間で攻めなくてはならない金柑は逆に攻め返され、なかなか前に出られない。

こんな中途半端に力を出して負けるのは嫌だ
一角さんに稽古してもらったんだから
落ち着け

さっきまでの焦りは何処へいった?
さっきよりは目に力が入ってんじゃねぇか!
やり甲斐があるってもんだよな

一角さんよりはスピードはないはずなのに

癖はないの
こいつぁやり易いな

此所でも金柑は焦りから振りが大きく、体だけが先に出て、足が着いていかない。

はっ、はっ…はぁ

桐立の足が動いた瞬間、金柑は前に飛び出した。ガランッと木刀と床がかちあう音、勝負有りが宣言された。

おぉ、とどよめきが上がった。当の金柑は立ち尽くしていた。木刀を首に当てられて。

飛び込んだ金柑の木刀を下から真一文字に受け止め、そのまま払った桐立。

勝負は決まったのだ。

「いやぁ!お嬢ちゃん緊張してるのが丸分かりだぞ」

がはははっと笑う桐立。悔しいと複雑な顔を浮かべる金柑に桐立は言った。

「どうせあっちに二人とも行くんじゃねぇか!!あっちでまたやろうじゃねぇか、なっ!」

バシバシと肩を叩く桐立。

「はい」

総合道場でやるためか、ざわりざわりと塊が移動をし始めた。そんな中、弓親が金柑に声を掛けた。

「お疲れ様、桐立は冷静な喧嘩をするタイプだからね」

金柑は、苦笑いをしながら弓親を見上げた。

「多分緊張してなくても負けてました」

おやおや、全く

弓親が口を開く前に金柑は続けた。

「だけど、次は思いっきりやりますね」

「そうだね」

急ごうかと弓親に促され金柑は急いだ。




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