18



次の日、隊舎に向かった金柑は朽木隊長に呼び出された。

隊長の部屋には、執務用の机とは別に応接用のソファとテーブルがある。六番隊内で使った者はいないと専らの噂であった。

声を掛けて入れば、金柑に背を向けるかたちで窓をの外を眺めていた。

フワリ羽織りが翻り、朽木隊長は金柑に正対した。手に持っていた書類に目を通しながら、応接用のソファに座る。

近くに進み、立ち尽くす金柑に何をしていると言いたげな視線。びくつく金柑に言った。

「座れ。噂になっているらしい」

座ったことがないっていうことかな

金柑の返事を待つ訳でもなく、恋次は座ったことがあると書類に目を落とし続けている。

「ルキアもある」

まぁ、うん

「時間が無駄になる、座れ」

おずおずと一礼して金柑は腰掛けた、噂のモノに。


「総隊長の企画した試合に出るそうだな」

書類を置き、話し出した朽木。金柑は小さくハイ、と答えた。

「何故だ。あまり積極的であったようには見えなかったが」

金柑は、言葉に詰まった。廷内において小さな大会は何度かあるが、あまり出場することはなかった。

朽木は、先程から何度か目を通している書類を金柑の前に滑らせた。

それは金柑が、入隊時に自身で書いた院生時代の大会、試合結果だった。良い結果なんて数える程もなかった。

「やめるべきでしょうか」

金柑は、自分が思うよりさらりと出た言葉に心の中で苦々しく思った。

「過去どうであろうかは、私の知るところではない」

朽木が金柑の目を捕らえ、金柑は重ねていた手を握り締めた。

「何を思った」

暖かな風が吹き込み、二人がいる部屋とは正反対に騒がしい外。

「何のためになんて難しいことは分からないです。けど…」

「仕事が嫌いとかじゃないんです。自分が生活するために、あの時やりたくて選んだ死神をおざなりにするのがダメな気がしたんです。だから、力試しの為にと」

「そうか、止めようとした訳ではない。ただ落ち込んでは、はつらつとしたり、騒がしいウミノが何を考えているのかと」

淡々と話す朽木の言葉を聞く。

「感受性豊か、だからこそ心配するものもいる。恋次が心配していた」

金柑は、予想できた名前に口元が緩んだ。

「何を背負うか、見つけねばなるまい」

気を抜いていれば、聞き逃すくらいの小さな声で呟いた。返事を求めている訳ではないのだろう。

朽木は書類を片手に立ち上がり楽しみにしているとだけ告げ、金柑を隊首室に残してあとにした。

何を背負うか見つけねばなるまい、か



金柑は、流魂街の出身であった。金柑の両親は四番隊所属であり、任務の際に流魂街で金柑を助けた。

そして、金柑が一人でいることを知った二人は、一緒に暮らそうと申し出たのだ。

金柑は、喜んで申し出を受けた。

幼子であれば引き取り手は多いが、ある程度年になれば一人で生きることが多いのが事実。

金柑にとって、家族と暮らせるということが何より幸せだった。


真央霊術院に入りたいと言った時は、僅かな霊力をあげるために鍛錬もした。

あまりなかった霊力も、しばらくすると平均値にまで上がった。それを両親は温かく見守り、金柑も頼った。


金柑が真央霊術院に入学する年、両親は救護要請に向かった先で巻き添えをくらった。金柑が入学をする前に。

金柑は悲しいと思いはすれど、憎む気にはならなかった。

その時の虚は倒され、仕事という生き甲斐の中での死は、金柑にとって両親には当たり前なんだろうと何処かで思った。

ただ、それでももの言わぬ両親を前にして泣き崩れた。

金柑は、そのことを背負うモノにすべきモノでないことだけは分かっていた。

見つかるといいけど



その頃、隊首室の外では。

「一角、副隊長だから」

嗜める彼もまた特徴的な目元、頭をしている。隊員達の視線の先には膨大な量の書類。

またこれを捌くのか、残業になるなぁと、心の声が響く。うなだれる隊員達を尻目に、机にドンとばかりに書類を置く。

自分の隊の副隊長を探しに現われる二人組が、下の十一番隊隊員とは違い、喧嘩を吹っ掛けることをしないことは分かってはいた。

朽木白哉率いる六番隊に喧嘩を吹っ掛けるる輩は、よっぽどの命知らず。

しかし、書類を溜めないでくれと六番隊に限らずではあるが、願うばかりだ。

「一角さん!弓親さん!?」

奥から現われた阿散井は、二人が持ってきた書類の量に思わず後退りをした。

後ろで隊員達が阿散井の背中を押している。

「悪いね」

勧められた椅子に腰掛けながら弓親は言った。

「そう思うならやって下さいよ。ありがとな」

お茶を淹れてくれた隊員に言う。

「そもそもよぉ!隊長も副隊長もやんねぇんだからよ」

「一角さん、副官補佐っスよね」

書類を選り分けながら溜め息を吐くのは、阿散井。

「そう言えば言いましたっけ?ウミノがあの大会出るって?」

弓親と斑目は顔を見合わせた。何処にそんな度胸を隠していたのかと言いたげに。しかし、思い出したような顔つきをした斑目に阿散井が聞く。

「あ、いやあの時よ」

金柑が現世任務で戦って押され気味であった時に、黒崎一護の手助けを止め、戦いを促したことを二人に話した。

「一角」

呆れ顔の弓親に、焦る阿散井身は乗り出して、斑目に食い付く。書類が散らばることに気付かず。

「何てこと言ってるんスか!?女っスよ!!」

気圧されることなく、斑目は目元を掻きながら返す。

「けどよ、アイツ楽しそうだったぜ、なぁ?」

阿散井の目を見るでもなく、目線を変える。おやおやとお茶を飲み干した弓親は笑いを堪える。

訝しげに振り向く阿散井の背後にいたのは金柑だった。お茶受けを手に、恥ずかしそうに立っていた。

そして今、呆れた顔をしたのは阿散井だった。

「無茶すんなよ」

よしっと腰を上げると、ここ任せるわと離れようとした。

慌てた金柑は、背中に呼び掛ける。

「副隊長どこに行かれるんですか?」

「隊長のところ、呼ばれてんだよ!終わったら担当に回すだけでいいぞ」

気まずそうに立つ金柑に、持っていた湯呑みを置き、弓親は尋ねた。

「楽しかったかい?続けていいよ」

仕分けを促しながら金柑を座らせた。

「はい」

斑目はニヤニヤしながら腕を頭の後ろで組む。

「斑目さんに乗せられたような…」

「ふーん、で楽しかったんだろうね」

「少しだけ」

はにかみながら答える。

「ウミノさんは斑目さんてまだ呼んでいるのかい?」

「はい、すみません…お名前頂けますか?」

未記入の書類を手渡しながら頼む。


「別に構わねぇぞ、どっちでもな」

弓親は金柑に書類を返す。

「僕だけ名前もねぇ、一角も下の名前にしたら」

突拍子もないんですが

ね、と笑顔で提案する弓親に断れる訳もなく、斑目の様子を窺う。

今度は、構わねぇよと返す怠そうな一角が突拍子もないことを言い出した。

「お前試合出るんだろ?手合わせしねぇか?」

名案だと話す一角に、近くにいた隊員は下を向いたり、手で顔を覆ったりして各々の気持ちが表われていた。それに気付いた弓親は苦笑をした。

「私本当に弱いですよ」

仕分けた書類を纏めながら答える金柑。頭をポリポリと掻いていた一角は、だからなんだと言った。

あの、とどもる金柑に構わず一角は続けた。

「やる気がありゃ良いんだよっ!!」

「そうだよ、終わったようだね。あまり長居すると申し訳ないからそろそろお暇しようか」

言うだけ言って帰ろうとする二人に金柑は慌てて立ち上がり、椅子を引き倒してしまった。

「あのっ、未熟ですがお願いしますっ」

してやったり顔の一角を見た金柑は、少し後悔した。

生きていられるかな、と。

女でほんの少しでも楽しそうに戦うやつなんか数えるぐれぇだ

だからあの時血を出しながら戦うウミノを見て、もっと戦う姿を見てぇなぁと思ったんか

戦い方なんかは実戦向きじゃねぇし、良くもなけりゃ、悪くもねぇ

どうなんだ

ま、らしさなんて分かんねぇけど楽しみは楽しみだな

ほくそ笑む一角に、弓親は明日は雪かもねと笑った。

一角が興味を示す子なんて
そういう対象じゃないだろうけど
それにしたって危険に晒すなんて、美しくないね
だけど、楽しそうに戦うなら見たいな

十一番隊の血が騒ぐのかな、と弓親は一角とさして変わらない思考に一人納得することにした。




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