17
ある日の朝、七番隊から戻った金柑はピリピリしていた。
隊員達も気付いて、さわらぬ神に祟りなしとばかりに、余計なことを言わないようにしていた。
小さな綻びが、金柑の中に生まれていたの。
単純に言えば、気持ちが離れたのかも、心配して顔を出せば、ケロリとしてるし
金柑は一人の男が過ぎる頭を、被りにふった。
雨辺契助は金柑が仲の良い男友達と話をしていると、何かにつけて入ってきていた。
自分より上なら来ないけど
そういったことを謝る雨辺に対して、少しばかり気持ちに棘が刺さっていた。
反面、金柑はそんな自分に苛立ちをも感じていた。
金柑が斑目と現世任務から帰って以来、雨辺に連絡を取っていなかった。
不安定な状態で取ってもろくなことにならないだろうと考えてのことだった。
しかし、その吐き出し口が僅かながら金柑にピリピリとした空気を纏わせている。
さて、その日は運が悪かったのかもしれない。
たまたま手が空いていたのが金柑で、阿散井から至急の書類受理を頼まれ、一番近付きたくない場所に向かわねばならなくなった。九番隊だ。
九番隊隊員に旨を伝えると、少し時間がかかると応接用のソファに座らされた金柑。
「悪いな、担当が時間とって」
向かいに座ったのは、檜佐木。
「そんなことないですよ。あの、雨辺さんは」
「あぁ、今出てる。付き合ってんだっけ」
何で知ってるのかな
話しただろうか
金柑の表情から察した檜佐木は、見掛けたことあるし、アイツが自分で言ってたと教えた。
わざわざ言わなくても
黙り込んだ金柑に檜佐木は、書類片手に思い出し笑いを浮かべた。
「しょっちゅう気にしてる、誰かきたらウミノかどうか」
「そうですか」
「喧嘩してんのか?言いたくなけりゃ言わなくてもいいけど」
ぶすりと答えた金柑に、まだまだだなぁと思った檜佐木だった。
思わず口が開いた。それに耳を傾けた檜佐木は、男の見栄はしょうもねぇなと聞こえないぐらいに呟いた。
数日後、一人隊舎で昼食を取る金柑に一人の訪問者。佐木だった。立ち上がる金柑を制し、近くにあった椅子を金柑の元に引き寄せて座る。
「別れたって。良かったのか?」
「はい、大丈夫ですよ。いずれ、そうなっていましたから。それに最初のイメージで見ていた私が悪いですから。すっきりしましたよ」
微笑みながら金柑は席を立った。
どうせあの人が喋ったんだろうな
金柑は、雨辺の口の軽さを今になって憎らしく思えた。急いで戻る手元には湯呑みで、美味しいか分からないですけどと差し出す。
「ありがと、淹れるなら乱菊さんとか弓親さんが上手いぜ」
「そうなんですか」
「けど…」
「単に私がこどもだったんですね。キャパがなかったというか。大丈夫ですよ。先輩後輩関係は変わらないですから、あんな理由で別れるとは思わなかったですけど。」
何が歯痒いのかは分からなかったが、檜佐木は別れる理由なんて案外大したことない方が多いさ、と言った。
それに対し、一人って楽ちんですねと無邪気に笑う金柑。檜佐木は、分かんねぇなと頭を掻いた。
食べ終えた弁当箱を包みながら話す金柑に、やりたいことはないのかと話を変えてみる。
「無いかもです。でも、見返したいですね。今まで雨辺先輩は、自分の方が何でも出来るって」
と、笑いながら話す金柑に檜佐木は、良い機会とばかりに持っていた紙挟みを取り出した。
「同期の隊員と揉めたと、それ自体は構わないんです。収拾がついたらしいので。だけど原因は自身に在るのに、向こうが悪いの一点張りで…それから、余計に悪い面ばかり見えて…」
そこまで言うと、気付いたようで、檜佐木に頭を下げた。
「申し訳ありませんっ」
「構わないさ、そんなことあったな…ただ金柑がそう思うなら話し合えば良いだろ」
微笑みながら言った。
「出来たか?遅くなって悪いな」
「私なんか愚痴を…」
「たまには良いだろ」
書類を受け取る。
金柑の頭をわしゃわしゃしながら、頑張れよと。金柑の心を軽くさせたのは紛れもない事実だった。
少しイヤなところを見つけたら、ぼろぼろ見つかる
そんなところも愛しいと言える程に大人なら嬉しいけれど、まだこども、多分もう
別に好きな人が出来た訳でもない、だけど
こどもでごめんなさい
金柑がそういうならと納得をした雨辺だった。
にこやかな笑顔を振りまき、仕事をこなす金柑に六番隊は胸を撫で下ろした。怒った姿を見たことがない人程、怒らせると危ないとばかりに。
「へぇーそれならこれ出ないか」
「護廷十三隊内による大会要項…?」
「簡単に言えば、三つの部門それぞれのトップを決める大会だな。まぁ余興で考えたらしいけど。剣術と演舞と体術、まぁ白打だな」
黙り込んだウミノに檜佐木は一部取り出す。
「締切はまだだから」
どうしようか、とうんうん唸る金柑。
「きっかけか?」
顔を上げ、言葉を理解した金柑。
「はい、でも一番良い選択でした。悪いところも愛しくなれるほど大人じゃないんです」
「そっか」
廊下がガヤガヤと騒がしくなる。どちらともなく時計を見れば、相応の時間。
「良い返事待ってるから」
そう言って出ていく檜佐木を見送り、入れ代わるように戻ってきた阿散井に金柑は尋ねた。
「知ってます?大会?」
主語が無い文の羅列に、さっぱりという顔をしていたが、金柑の手元にある紙を取り上げる。
「あぁ、隊長が言ってたな。これもらったのか?」
檜佐木が顔を出しにきたことを伝える。
「広報ってか?」
「出ますか?」
「出てェけどこれ隊長、副隊長駄目じゃねぇか?あと上位席官もだとよ」
本当に出たかったんだ
「あー…この書類に更木隊長の印もらってきてくれるか?」
厚めの紙挟みを渡される。
「分かりました。行ってきますね」
出りゃ良いのにと要項を睨み付けながら阿散井は思った。
十一番隊を覗けば、各々励んでいた。新聞を読んだり。惰眠を貪り、将棋だのをしたり、喧嘩をしていないだけマシだろう。
「弓親さん」
お茶を飲みながら寛ぐ弓親に声を掛ける。
「名前で呼んでくれたね。今日はどうしたんだい」
持っていた紙挟みを差し出すと一瞬、沈黙が流れた。
「印を捺してもらえると」
「隊長の?ちょっと待っててね」
そう言うと立ち上がり、奥に声を掛けた。
「一角いるんだろ。隊長は?」
物音がして出てきた斑目は、欠伸をしながら答える。
「くぁあぁあぁ、隊長なら隊首室だろうが…ウミノ?」
「お久し振りです」
「そう言えば謝りに来て以来かな」
「弓親さんっ」
恥ずかしいなぁ…本当にあの日の自分が憎い
わたわたする金柑を斑目が落ち着けと諭す。
「とにかく一角は呼んできて」
面倒くせぇなぁ…と足音荒く呼びに向かった。確認を始めた弓親を横目に金柑は窓の外を眺めていた。
重い霊圧、更木隊長かな?
「弓親どの書類だ?」
確認を終えた何枚かを受けとり、更木に渡す。首をこきこきと鳴らしながら、身体を投げ出して座る。
やちる副隊長は一緒じゃないんだ…
「誰だ?」
ギロリと目線を金柑に向ける。
「はい!六番隊ウミノ金柑です」
少し間を置き口を開く。
「一角と現世行ったやつか…」
「副隊長だ」
斑目の言葉で我にかえる。弓親から斑目、更木隊長と書類はくるくる回る。
あれ?やちる副隊長の印は斑目さんが捺してるのか、納得
「まだあるのか」
枚数をこなしていくうちに、飽きたのか投げ出すように捺印。
「最後です」
斑目の差し出した書類に捺印をして長椅子に移動した。
「隊長ありがとうございます!弓親あるか?」
あるよ、と枚数を確認をして金柑に紙挟みに戻して渡す。おい!という更木隊長の声に振り返る。
「やちるが会いたがってたから暇だったら来い」
長椅子からはみ出す巨躯を見ながら、金柑答える。
「ありがとうございます」
受け入れてもらえたんだよね…素直に嬉しいな
「酒持ってきても構わねぇぞ」
ニヤリと笑う。
斑目がウミノの財布が寂しくなるとか呟いていた。
その日の執務終わりに、金柑は阿散井に先の大会に出ることを伝えた。窓の外はもう五時を大きく回っているのにまだ明るい。薄暗いとは言え、夕日がまだ残っていた。
「あぁ!どうせ檜佐木さんに出すんだよな?ついでに行くか!」
強引に連れて行かれ、檜佐木にやっぱりなと言われる始末。
「阿散井、残念だが提出先はここじゃない。十三番隊だ。浮竹隊長が、いの一番に賛成したらしいから」
要項をチェックしながら、檜佐木は伸びをする。周りには隊員達が提出したであろう書類の山。更には瀞霊廷通信の原稿や、校正中の原稿が溜まっている。
同じ書類が溜まっているにしても、十一番隊と異なるのは仕分けがきちんとされていることだろう。
「えっ!ウミノが檜佐木さんに貰ったって言うから」
目を見開き金柑に視線をやる。
「だから阿散井くんに出せば良いのかなって。隊でまとめて出すと思ったから」
早く言えよとブツブツ呟く阿散井をほおっておき、金柑は檜佐木に謝った。
「すみません…」
「良いって、本当に出るんだな」
「はい!力試しにしようかと…ただ白打が得意じゃないので…」
恥ずかしそうに下を向く金柑のそんな背中を叩いたのは阿散井だった。
「オレなんか鬼道ダメだぜ」
威張るなと笑いながら、頭をはたく檜佐木。
開いている窓から風が吹き込み、ぱたぱたと書類を旗めかさせる。
金柑は二人が話し込んでいるのをぼんやりと眺めていた。急に名前を呼ばれた金柑は、背中をビクリと震わせ返事をする。
「ウミノ別れたのか?」
脈絡のない言葉に着いて行けずにいると、檜佐木が割って入る。
「てっきり知ってるもんだと」
申し訳なさそうに繋げる檜佐木に、金柑は大丈夫ですよと笑う。別れに至った理由をつらつらと話す。
話し終えたあとの沈黙を破ったのは、阿散井の予想だに出来ない言葉だった。
「斑目さんじゃねぇんだな?」
確認する様な面持ちで言った。
「だから違うよ…」
檜佐木副隊長の前でなんてことを…
黙って二人のやり取りを見つめる檜佐木に、金柑はホッとした。しかし檜佐木もまた、とんでもないことを口にした。
「なに?ウミノって一角さんが好きなんだ意外だな」
話聞いてました?とキッと目を剥く金柑に、笑いながら冗談だよと頭をくしゃくしゃにする。
大してお洒落をしている訳でもない髪でも身嗜み程度にはしている訳で、副隊長!と呻きながら手櫛で戻す。
「なぁ、阿散井がくんづけなんだからさ、俺も副隊長付けなくていいよ」
窓の外も流石に暗くなってきた。
「うえっ!」
変な声を出すと、そんなにイヤなら尚更だなとニヤリと笑って、決定事項にされる。阿散井はと言うと、以前の書類の間違いを座らされ、書き直しをしている。
それならば檜佐木さんで、ともごもご言う金柑によしっと笑う。外には星がちらついていた。
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