12
出立の朝、金柑はある男の自室へと向かった。二学年上の先輩であり、彼女が付き合っている雨辺契助だ。
始業前に向かうと伝えており、今は部屋の前にいる。廊下に吹き込む朝のひんやりとした風が、金柑の髪を揺らす。コンコンと叩くと、足音が近付き顔が覗く。
「ん、おはよう、勝手に入れば良かったのに」
「おはようございます…いえ」
いくら付き合ってるったって出来ないよ
上がってと手招きで促され、中に入る。何度か来たことはあるが、相変わらず物が雑然と置かれている。
「実は現世に行くことに」
「へぇ、いつ?」
欠伸混じりの雨辺から、今日だと言って視線を外した。
「今日!何でもっと早く言わないんだ?」
何で怒るの
「急に決まったんで」
すっかり忘れていただけ…
へらっと答える金柑に苛立ちを感じる雨辺。
どれくらい心配しているのかまるで分かっていない
「いつ帰るんだ?」
「言われなかったです、多分長くて一週間とかじゃないかなぁと」
長くて一週間か
「金柑一人か?」
まぁ、六番隊なら…阿散井副隊長か
「阿散井副隊長?」
「違いますってば」
苛立ちを隠せない雨辺は、頬杖をつきながら胡座をかきなおす。
「そういや今は七番隊だったっけ」
金柑は金柑でしつこく尋ねる雨辺の意図が、理解できないでいる。
「で十一番隊と合同で」
有り得ない
何で金柑と組ませる必要があるんだ
有名な人ですよと楽しそうに話す金柑に、雨辺は更に苛立った。
「斑目三席とか綾瀬川五席か?」
綾瀬川さんでありますようにとささやかに祈る雨辺。それは脆くも崩れ去った。
「で斑目三席とです」
「問題は無いか」
雨辺はかけていた眼鏡を外して、レンズを拭く。口ではそう言っても心中穏やかではない。どうやらこいつ危機感がないらしいなと。金柑の女としての危機感の欠如が、如実に晒されたのだ。
「あのさ、女だからな?気をつけろよ」
「ん?大丈夫だよ、私なんか」
そんなこと言われたらオレの立場無いし
雨辺は眉間の皺を解すように指で撫でる。
「気をつけて行っておいで」
「分かってます。!先輩こそ」
金柑が出て行った後も、雨辺は動けなかった。
造られた甘い香ではない、彼女の香を感じていたからではなく、嫌な予感がそれさえも消すように襲いかかってきたからだ。
想い悩む金柑に追い討ちをかけるように、時計の針は出なくてはならない時間に近付いていた。
あいつは斑目さんに憧れてんだ
雨辺は金柑の言葉を思い出していた。
「それじゃウミノさん頼んだよ」
七番隊からは椿が見送りに出た。
「一角、楽しめる相手が来ると良いね」
物騒な言葉を贈るのは、言わずと知れた綾瀬川弓親その人である。
「いいお天気で良かったですね」
「そうだな」
空は真っ青で、雲はゆったりと広がり風が漂わせる。そんな中二人は穿界門を潜った。一度だけ振り返り、笑みを残して。
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