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もしも、一角さんの為にと思うなら今の自分を見てもらわないと意味がない。返事を、金柑の思いに答えるのは金柑じゃなくて、一角さんだろ。どうしてそんな簡単なことに気付かなかったんだろう。

金柑が檜佐木や吉良の言葉を反芻し、六番隊の自分の机につくと阿散井が苦い顔で自分を見ていた。何だっていうんだ。

斬魄刀を始解出来るようになってからは、剣術が苦手な隊員への指導をするよう指示を受けている。加えて、向坂も今は隊を離れている為、負担が増えている。増した負担が心地好いものの、意図が分からない金柑は首を捻った。阿散井はただ、今夜は飲みに行くぞとだけ告げた。

ところが、定時を迎えても仕事が終わらなかった阿散井。必死に取り組む阿散井を金柑は出来る範囲で手伝うことにした。終わらないと奢りにもしてもらえないじゃないの。すまねぇと頭を抱える上司に金柑はやはり奢りで、と終えた書類を所定の位置に突っ込んだ。



阿散井が最近行き着けている店は、檜佐木に紹介してもらった影楼(かげろう)だ。金柑の話で吉良と利用して以来、どんちゃん騒ぎをしない時は檜佐木や吉良と通うようになっていた。

金柑は店内の照明やインテリアに感嘆の声を漏らし、目をキラキラと輝かせている。

阿散井は久しぶりに見た金柑の様にほっと胸を撫で下ろした。そんなこととは知らない金柑。何が良いかなぁと酒よりもつまみを選ぼうとメニューを手にしていた。

「一角さんよ、見合いするってさ」
「貴地之リエっていう人らしいですよ」

知ってたのかよと箸をとめた阿散井。金柑はパリパリとキュウリを噛む。

「日取りは来週。お前が非番の日だ」
「そっか。うん、大丈夫」
「何が?」
「私ね、一角さんに伝えようと思って」

あまり進まない阿散井の箸に反して、無駄なくつまみを口にする金柑。ほんのりと赤い頬が頻りに上下運動。色気より食い気じゃねぇか。

金柑の宣言に真実味がねぇなぁとキュウリの浅漬け、最後の一切れを取る。しんなりとしながらも小気味よい音を立てる。うめぇなぁ。散々食べていたはずの金柑は恨めしげに阿散井を見た。

「あとね、吉良くんに痣を消してもらうの」
「吉良に?」
「うん。荻堂さんに悪いかな?」
「さぁ…」

金柑の変わり様に着いていけない阿散井は、ただただポカンと口を開けたまま。金柑の目にははそんな阿散井がおかしく映る。

「大丈夫。もう、大丈夫だから」

金柑の一言は絶大だった。理由は分からない。根拠もない。それなのに何故か「大丈夫」の一言は阿散井の金柑を心配する心をストンとあるべき場所に落ち着かせた。

「そうか」
「うん」

見納めになるよと死魄装の袷に手をかける金柑。阿散井は誰が見るかよと鼻で笑った。



阿散井と飲みに行ってから二日後、四番隊まで来たのには理由があった。自室で吉良だけで痣を消すことは可能だが、如何せん浄気結界を張れる者がいなかった。吉良はこのことに気付かなかったことを恥じたものの、金柑は結界のことすら頭になかった。

「それなら荻堂さんに頼もう」
「そうしましょ、そうしましょ」

金柑は仕事を終えると挨拶も早々に、四番隊へと急いだ。吉良と待ち合わせ場所である四番隊隊舎前に着くと、荻堂もいた。いやですねぇなんて笑う荻堂。金柑は遅くなってすみませんと駆け寄った。

「大丈夫だよ。部屋は第一を取ったから先に行っててくれますか。吉良副隊長、札をかけ忘れないようにお願いします」
「あぁ」

金柑は準備があるからと二人から離れた荻堂を見送り、吉良の後を追いかけた。不意に胸元に熱を感じ、手を宛てがった。ぽかぽかとそれでいて、チリチリと焦げ付くような熱。見慣れた痣を消す決意が一瞬、揺らいだ。


荻堂に渡された薬を飲み、霊圧を意図的に下げた。真っ白な診察台に仰向けになり、袷を開く。肌をなぞったところで感じるのはほのかな熱。それでも、金柑は正確に肌に浮かぶ蓮の花を辿る。

「始めます」

吉良の言葉を最後に金柑は意識を絶った。


目覚めると時間はそれほど経っておらず、吉良と荻堂を探した。金柑がいるのは第一救護室で、処置をしてもらった部屋のまま。二人の姿が見えず、どうしたものかと体を起こす。少しだるいかな…。

薬で故意に下げた霊圧が戻り、体への負担がかかった。けれど金柑はそれよりも、姿見を探した。

用意されている白の室内履きをぺたらぺたらと鳴らし、部屋の中をさまよう。姿見は処置用の間仕切りの後ろに隠れていた。

姿見にかかる白い布を捲り上げ、フゥと大きな深呼吸。見るぞ…。金柑は死魄装と襦袢を思い切り、脱いだ。

腰周りに固まった死魄装などはそのままに、金柑は姿見に映る自分の体に足の爪先からゆっくり、ゆっくりと目を凝らした。


「ない」

当たり前のように存在していた痣は金柑の体から無くなっていた。蓮はなくなっていた。

不思議と悲しみはなく、寧ろ充足感が金柑を支配していた。これで蓮華丸に顔向けが出来る)金柑は痣のあった場所を辿り、自らが体験した戦いや稀有な斬魄刀のことを思い出した。鮮明に。忘れることが出来ないのだ。

金柑が目覚めたことに気付いた吉良と荻堂には不安があった。金柑の斬魄刀との関わりにおいて、あの痣は金柑たちにとっての全てではないか。消したことで金柑の支えが無くなるのではないかと。

「入りますよー」

しかし、荻堂と彼に続いて入室した吉良は心配する必要がなかったと一目で理解した。金柑の表情が明るく、心底愛おしそうに痣のあった場所を着付けた上から撫でるその様に未練や悲しみ、不安は感じられない。

「安心かな」
「そうですね」

金柑はピースサインをはにかむように二人に向けた。準備は調った。


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