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封じ込めた気持ちを更に身体の奥底に押し込めて眠りについた金柑。起床を知らせる音でムクリと体を起こす。(寝た気がしない)ひんやりと冷たい部屋の空気に、布団から出るのが躊躇われた。

異様に重い体をどうにか引きずって、朝食もままならずに出勤した。頭の中を巡るのはウメの言っていたこと。(一角さんお見合いするんだ)押し込められないことに自分の意志の弱さを見た。



ぼんやりと宙を見つめてはハッとしたように仕事にとりかかる金柑。金柑の姿を見て阿散井は、今度は檜佐木さんにでも聞いてみようかと煙が出そうな頭で考えた。五席に頼まれた金柑が出てしばらく、一角がやってきた。

「よ。ほらよ」
「うわ…。ありがとうございます」

期限間近の書類に目を通す阿散井。一角が帰る様子がないことに気付き、金柑ならいないスよと言っていた。怪訝な顔つきの一角にしまった!と怯えるも、阿散井の思うところとは違うらしい。

「いや…なんかよ見合いしろって」
「は?誰が」
「俺が」
「あんたが?」
「はぁ?」
「あ…一角さんが?どんな物好きなんスか」

遠慮しろよと睨まれた阿散井は、まぁまぁと椅子を勧める。(話、聞いて欲しいんかい)居座るのかと目を見張る部下に笑顔で休憩とるわと声をかけ、間仕切りを引いた。途端にざわめきが閉ざされ、阿散井は一角の話を聞ける自信がなくなった。

「でよ」
「あ。誰の紹介なんスか」
「前に四番隊で世話かけた時の女が親に言ったらしい」
「自分で交際してくれ!って言わずに?」
「まあな…」

気恥ずかしい様子は全くない。むしろ、面倒なんだよと足を組んで、両手を投げ出した。応接用の長椅子に載せた左手で革の縫い目をほじる一角。やめて下さい、と阿散井が言うと断れねんだよと凄まれた。(そっちじゃない)

「でも、会って断り入れるとか」
「まぁな…。死魄装で良いよな」
「多分」

面倒くせ。その言葉ばかりを連呼する一角だが、阿散井にはそれだけじゃないように思えた。事実、少し前に会った時に金柑の心配をしていた。理由の大半は金柑だと阿散井は感じた。

一角が六番隊で阿散井に愚痴を吐いている頃、金柑は九番隊にいた。たまたま原稿を提出しに来た吉良と三人、檜佐木宛ての差し入れを突いていた。差し入れは手頃な値段で量のある餡蜜。何故、四つ入っていたのかは受け取った檜佐木も分からなかった。謎の四つ目は既に檜佐木の胃の中だ。

「ご馳走様です。で、金柑くんは油を売っていていいのかな」
「もやもやもやもやしてるんです」
「休憩中だから気にするな」

空になった空き容器を匙でカツカツと叩く檜佐木。行儀悪いですよと吉良に見咎められ、匙を置いた。

「一角さんにお見合いって知ってます?」
「俺は初耳だが」
「僕も。あ、ただどこかの誰かがするって女の子が噂してたかも」

どこの誰だよ。檜佐木が追及しても吉良の記憶には無い。うんうん唸る吉良に金柑は一人の名前を挙げた。

「きちのりえ」
「きちの?貴地之か!俺より上だな」
「誰ですか?」

名前に覚えのない吉良は膝を叩く檜佐木に尋ねた。金柑は金柑で、聞きたいような聞きたくないようなあやふやなまま、しまい込みきれなかった気持ちに、自分自身に腹が立っていた。

「貴地之リエ。確か十番隊だ。俺より三つ上」
「そうなんですか。ていうか、よく覚えてましたね」

美人だからなぁ。檜佐木が笑うと吉良は檜佐木を睨みつけた。金柑は吉良の隣で、ぼうっと宙を見つめていた。

「金柑?」
「金柑くん?」
「あ、すみません」

あのさ、と吉良が口を開いた。檜佐木はただならぬ空気に、そっと息を吐いた。

「押し込めた気持ちなら気にする必要ないよね。なのに、どうして?」
「吉良」
「少しでも気にかかるならきちんと捕まえないと意味ないよね」
「金柑。憶測だが、一角さんへの気持ちをほっぽりだしたのか?」

金柑は吉良の追及に答えられるものを持っていない。檜佐木に対しても同じだ。けれど、それを許すつもりはないという二人の視線に金柑は、ぽろりと涙を零した。

「どうしても、一角さんに気持ちを伝えるなら…強くならなくちゃいけないでしょ…」

「馬鹿だね。この前の討伐で怪我をしたから?僕は雛森くんに気持ちを伝える為に副隊長になった訳じゃない。君だってそうだろう。ただ、強くなりたくて。ただ、今の生活をしたくて。ただ、あの術師たちのことを静かに祈って。ただただ、今の斬魄刀とこれからを過ごすために。ただ、向坂くんたちを待つ。何の為になんて一つじゃなくていい」

「もしも、一角さんの為にと思うなら今の自分を見てもらわないと意味がない。返事を、金柑の思いに答えるのは金柑じゃなくて、一角さんだろ」

吉良と檜佐木は金柑に口を挟む隙は与えず、それでも少しずつ合間を空けて言葉を選んだ。

(格好つけすぎたか)(言い過ぎたかな)檜佐木と吉良は反応をせず、涙を拭いもしない金柑の膝に置かれた手を見た。

金柑がゆらりと立ち上がった拍子に、机に足が当たる。ひらりと床に落ちた餡蜜の包み紙。金柑は包み紙を拾った。

「すっきりすることにします。向坂くんに顔向け出来ないし。それに、言わないで持ってかれるのはイヤです」

先程までのぼんやりとしていた金柑はいない。頬に残る涙の跡を擦り、にっこりと二人に笑いかけた。

「ぐずぐずするのはやめます」
「金柑」
「手始めに、体の痣を消してもらいます。痣がなくても蓮華丸のことは忘れようがないから」
「僕、痣を消すならやろうか」

檜佐木は目を丸くした。吉良の積極的な態度はなかなか見られるものでもない上に、金柑の痣を消すという大仕事だ。(吉良も成長したな)檜佐木は自分の顔がにんまりと綻ぶのが分かった。

「お願いします」

ご馳走様でした。また連絡するとだけ言い捨てた金柑は憑き物が落ちたかのように明るい表情だ。軽やかに部屋を出た金柑を見送った二人は、安堵の溜め息をつく。

「一皮剥けたかと思えば、アレだもんな」
「本当に」

安心したよ。ま、駄目なら慰めてやるか。立ち上がった檜佐木の表情はまるで金柑の兄のように吉良の目には映った。(阿散井くん、うまくいくかもしれないよ)

曇っていた空から太陽が姿を現したようで、部屋に陽光が差し込む。


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