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刃を光りに翳し、刃に映る自分の目を見ては金柑は去来する蟠りを振り払うようにただただ、刀を振る。

金柑が向坂と組んだ討伐で受けた傷は吉良に治され、問題はない。向坂や柴岬が遠征に行ったのが寂しいんじゃないかと心配をする同僚に、まさかと笑っている。ならば?と首を傾げる者は多い。

道場で抜き身の刀を振る金柑の姿はたちまち六番隊に広がった。今まで、木刀ばかり振っていた金柑の様子はおかしいし、と噂のネタになっている。

(大丈夫なのに)

一方の金柑は金柑で、心配を鬱陶しいと思うことはない。それでも、いい加減にすれば良いのになぁと思わずにはいられない。



めっきり姿を見せなくなった金柑。一角は執務室で顔を見せない金柑のことを考えていた。とそこに阿散井が休憩がてらに、と紙袋を抱えてやってきた。(するめ食いてぇんだけど)そこらを歩いてた部下に茶酌みを頼んで隣の和室へと二人は移動した。

「向坂と柴岬が遠征に行ったんスよ」
「ほぉ。ま、どうせ雑魚ばっかりだろ」
「まぁ柴岬がいるんで、流石に…」
「甘ェ…」

既に二つ目の鯛焼きを頬張る阿散井を尻目に一角は濃く煎れてもらった茶を啜った。恋次は鯛焼きを飲み込むと居心地悪そうに、もぞもぞと居住まいを正す。一角が崩せよと言えば、ハァと気のない返事。(何しにきたんだよ)

「金柑に会いました?」

何を言うかと思えば。一角はタイミングの良さに気分が良くない。まるで考えていることを見透かされているようで、恋次にかよとイラッとした。

「会ってねぇよ。お前んとこに行ってアイツらが討伐に出て向こう、何もありゃしねェ」
「何もって…何スか」
「あ?あ、いや…」

一角は頭をポリポリと掻いて、胡座に頬杖をついた。(珍しく聡いじゃねェか)訝しがる阿散井に報告することなど一角にはない。その事実が、金柑との関係が希薄だと言われているようで腹立たしくもある。

しかし一角は、阿散井から聞いた金柑の様子に目を剥いた。特に、吉良に何かに固執することをやめたと金柑が言った時は拳を卓に叩きつけていた。ガランとひっくり返った鯛焼きの入っていた皿。残りかすが飛んだ。

「どういうことだ!」
「え…」

阿散井は一角の変わりように腰が引けた。鋭い目を更に鋭く、体を前に押し出す一角。(話す訳にはいかねぇよな)何をしにきたのかさっぱり分からなくなった阿散井。一呼吸おいて、何かをと思うと一角が口を開いた。

「アイツは強くなることをやめるのか」
「金柑が?」
「あぁ。強くなることに固執しねぇんだろ」
「あ…。それは無いです」

今度は一角が理解不能だと首を傾げた。口はへの字に曲げたまま、続けろと顎をしゃくる。いくら自分より階級が下とは言え、阿散井は一角に世話になり、尊敬している。逆らえない上に、出来れば力になりたいのだ。

阿散井は金柑の近況を事細かに説明し、一角の反応を待つことにした。無論、吉良が話していたことは伏せた。カチカチと秒針の音が部屋に響き、ゴクリと一角が茶を飲む。沈黙を破ったのは一角だ。

「泣いてはいないのか」

泣いていないのか。阿散井にとってその問い掛けの真意は理解出来ない。何故今、金柑が泣くのか。そんな理由があるのかと目まぐるしく答えのでない問いが頭の中を駆け巡る。

「泣いてはいねぇんだな」

念押し、若しくは泣いていて欲しくない。そんな思いが垣間見えたような気がした阿散井。はい、と肯定した。

「そうか」
「一角さん」
「あ?」
「金柑、頼ることは出来るんスよ」

阿散井は両手を合わせ、握った。

「だから何だ」
「だけど、今は頼ろうとしない。何が寂しいのか辛いのか分かんねェんス。吉良も心配してたし」
「吉良なぁ」

(俺はアイツ見たいに諭すことなんか出来ねェしな)いつだったか、金柑から吉良の話を聞いた時、敵わないと何故か思った。それが今になって分かる。向坂なんかじゃなくて吉良の方が金柑には近いじゃねぇか、とついぞ漏らした。

「一角さん?」
「いや…」

結論は出なかった。一角が阿散井の話を聞いて理解したことは、今金柑から一番離れた場所にいるのは俺だろうということ。心配そうに顔色を窺う阿散井を見て、焼きが回ったかと苦笑いを浮かべた。



「リエ?」
「知らないの?」

ウメが金柑を食堂に誘い、凄い話よと挙げた名前は貴地之リエ。どこかで聞いた名前だった。どこでかが思い出せない金柑は先を話したがるウメの話に耳を傾けることに専念した。

「お見合いするんだってさ」
「そう?」

死神で見合いをすることは珍しくはない。貴族で死神、上官の紹介等理由は様々だが、今になって凄いと言えることではない。金柑の反応が薄いことに不満なウメ。聞きなさいと金柑の箸を持つ手を掴んだ。

「相手がね、斑目三席」
「え…?」
「十番隊の子よ」
「ふぅん」

一瞬、目を見開いた金柑。ウメは様子がおかしいと思っていた金柑が反応したことで、話を続けようとした。しかし金柑は、ウメの手をやんわりとどかして、凄いねと丼に視線を落とした。

「金柑」
「先、戻るね」
「金柑!」

食堂で人目も憚らずに声を荒げるウメ。彼女一人残し、金柑は早々に席を立った。盆を抱える手が震えるのが許せない。折角、決めたのにとカタカタと揺れる盆を返却した。手の震えは止まらず、目頭が熱くなった。

金柑が決意して、二週間。揺らぐ思いを押し込める方法を探すことしか金柑には出来ない。(最悪…)


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