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「え?また?」

金柑は言葉を失った。遠征に行く小隊を組むことになったと阿散井が言ったのは朝の始業前。

「今回は新しく入ってきた奴らにも行ってもらうからな」

阿散井の指示にざわめく執務室。遠征の帰還はいつになるか分からない。それこそ向坂やウメは早く帰還出来た方で五年。家族を持つものには辛い任務だ。

金柑は阿散井が淡々と内容説明をする中、やはり帰還予定日未定の事実に不安が煽られた。

「メンバーを発表するからな」

金柑の隣に立つ向坂が髪を梳いて、見下ろした。呼ばれるかなぁと呟くものだから、シッと口を噤ませる。阿散井は部下を見渡して、紙を見た。

「向坂辰之進」
「はい」
「笹部ユキネ」
「は、はい」
「知戸倉団次郎」
「ウス」
「柴岬斉二」

計十二名。阿散井は名を呼んでは、呼ばれた者の目を見た。(遠征に送り出すのはこっちも辛ェよ)呼んだ者を前に並ばせ、辞令を配り隊員たちと向かい合わせる。

「礼!」

金柑たち遠征に行かない者たちは敬意を表し、いつも以上に頭を下げた。金柑は目に浮かぶ涙を振り払い、唇を噛み締めて顔を上げた。成長のきっかけとなった向坂、指導をしてきた柴岬。それだけでなく、何くれと金柑の面倒を見てきた笹部。入隊当時の指導者だった知戸倉。金柑には今回のメンバーが感慨深いものばかりで、零すまいと決めた涙が頬を伝うのを隠しきれなかった。


向坂はその日の昼下がり、書類を金柑に押し付けて配達を頼まれそうになっている柴岬を連れて副官室へと押し入った。配達を頼めなかった隊員はうなだれて、十一番隊へと向かうこととなる。

阿散井は有無を言わせない向坂の様子に怯みつつも、書類の山から体を覗かせた。

「向坂、柴岬。どうした?」
「俺はまぁね。なんでコレも」

コレと親指で投げやりに示された柴岬は不快な表情を隠しはしなかった。阿散井は二人を座らせて、温い茶を出した。

「向坂は経験者だからな。やっぱり、そうなっちまうな。本当はよ昇進させるつもりだったんだが、朽木隊長が推薦したんだよ」
「有り難いなぁ」

朽木に任務を割り当てられるということは実力が認められているというのが六番隊の暗黙の了解だ。他の隊がどうかはあまり詳しくない阿散井にとって、隊長が言うならと当然のように受け止めた。

柴岬は不満そうに自分をねめつける新人の生意気ぶりに先が心配になる阿散井。(あまり美味くねェ)出がらしで温い茶に眉をひそめて、体を起こした。

「柴岬には温いだろ。今の任務」
「え」

図星だった。いくら向坂や金柑より虚の昇華任務や討伐に手こずるとは言え、同期やある程度の隊員よりも実力はある。それを阿散井は認めていた。

「でもさ、早いでしょ」
「向坂、てめェも着任早々出てんだろ。来歴をごまかすな」
「京楽隊長って冷たいよね」
「バカ。一年だけだろ」

向坂と阿散井の話が見えない柴岬は、尋ねた。ただ者じゃないのかという確信をもった。

「向坂は入隊して半年もしないうちに一年の遠征に出されたんだよ。席官になるのを断ったからってのが表向きだが、本当は実力で席官とるって隊長に直訴しやがった」
「それ誰に聞いた?」
「あ?京楽隊長」
「口軽いな…」

お前に言われたくはないだろと鼻息が荒い阿散井。向坂は柴岬の様子を見た。膝に乗る拳は震え、唇は青い。(無理ないよなぁ)

「やっぱり外せってば」
「副隊長、俺!」
「けど」
「向坂さん!」

食い下がる向坂の肩を止めたのは柴岬だった。その顔は変色した唇のわりに、高揚している。向坂は悟った。(こいつ…)

「行きます!行かせて下さい」
「つか、行かなきゃいけねェんだけど」
「お願いします!」

立ち上がり、机に頭が着くんじゃないかというぐらいに腰を曲げる柴岬。向坂と阿散井は顔を見合わせた。

「生きて帰るってのも任務だからな」
「そうそう」
「ハイ」

結局、柴岬が煎れ直した茶と阿散井が隠しもっていた茶菓子を見つけた向坂に居座られた阿散井は書類の山を見ない振りした。ずうずうと湯呑みにかじりつく向坂はふと思い出したように、最短ってさと湯呑みから口を外した。

「は?」
「入隊してから遠征行った最短記録ってウメ?」
「おう」

柴岬は学んだ。人は見かけによらないなと。普段、見かけるウメの奔放、煩雑さに頭を悩ませる阿散井が誇らしげなのだから。


向坂たちが遠征に出る朝、金柑は笑っていた。泣くなよーと阿散井に頭をわしゃわしゃと掻き混ぜられた金柑は、向坂くんに馬鹿にされるもんねと。

「健闘を祈る」

朽木の激励を胸に向坂を筆頭とした小隊は最初の目的地である現世へと向かうため、背を向けた。


向坂たちが遠征に出てからというもの、金柑はめっきり静かになった。今までは向坂におちょくられて騒々しさを作り出す一人だった。が、今では黙々と仕事をして、木刀を振るだけ。阿散井は金柑の様子に不安になった。

(相談相手…)

阿散井は相談相手を模索したが、ルキアは現世で死神代行との任務でいない。ウメはウメで流魂街の虚討伐で野営続きでいない。寒椿や檜佐木は編集作業で嵐の九番隊に出入りする勇気はない。

(となると、吉良か? )

阿散井が一杯やるか?と吉良に連絡を取ると死にそうな声で了承の返事。静かな店、探すか。阿散井はどんよりと晴れない空を忌ま忌ましく思う。


影楼(かげろう)は瀞霊廷内の大通りを抜けた裏道にあった。モダンな照明は店主が死神時代に現世で買い集めたものだと阿散井は聞いていた。店を紹介したのは檜佐木で、一人で飲む時の行きつけらしい。

「金柑くんが」
「おう。そう考えるとよ向坂が金柑の支えだったのか?」
「支えかどうかは分からないけど、向坂くんに気はないよ」
「は?」

吉良は阿散井の呆けた口に余っていたししゃもを突っ込む。そして温くなった熱燗を一口運び、少し前のことを思い出した。

「実はさ、金柑くんに聞かれたんだよ」

何をと問いたい阿散井の口にはししゃも。元より、話す気はあるのだからと阿散井を黙らせる。

「金柑くんが怪我したよね。向坂くんと出た日」
「あぁ…。遠征発表の前日か」
「そうなるかな。たまたま四番隊で見かけて、気が向いたから処置したんだ」

過去に四番隊に在籍していた吉良の腕前は生粋の四番隊隊員に劣る部分はあるものの、性格故か丁寧で迅速な処置に定評がある。

「その時にね斑目三席の話ばっかりするんだ」
「一角さんの」
「うん。それも嬉しそうに。だけど、最後に言ったんだ」
「なんて」
「蓋をしたくないのに蓋をしたから、次に蓋が開いたらダメだって」

意味が分からんと空の徳利を翳す友人を一瞥して、目の前にある浅漬けを頬張った。

「怪我をしたから相応しくない。だから、斑目三席のことを思うのはやめるって、うん」
「バカか」
「彼女は真剣だよ」
「だからだよ。真剣ならバカになれってんだ」
「…。君らしいよ」

ポーンポーンと時計が日を跨いだことを知らせた。もう一杯だけ付き合うよと店員に手を挙げる珍しい吉良の姿。阿散井はその言葉に甘えた。


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