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「結局、面倒になったんでしょ」
「あ、うん…」
「別にさ、気にせずに言えば良いのに。ウチは話が聞きたいだけで金柑が正しいか、正しくないかには興味ないんだから」

バッサリと切り捨てたウメの口から出ている串を抜いて、金柑は自分の皿のつくねを手渡した。

「うん。今度からそうする」
「そうしなさい」

ウンウンと満足そうに首を振ったウメは、今はと続けた。

「前にさ、阿散井が斑目三席の話した時、食いついてたじゃない。あれって十年近く前?」

(よく覚えてるなぁ)

金柑は本来ストッパーのルキアが朽木に呼び出されたことを、失敗したなと思った。

「そりゃそうよ。あんたの趣味変わったのかと思って。遠征に出たらあんな噂が来るし」
「まぁ、ねぇ」

歯切れの悪い金柑に痺れを切らしたウメは、結論を言えと卓を叩いた。

「一角さんが、すき」

金柑は騒々しい酒場にいて良かったと心底、安心した。

(なんか、こう、紛れる?)

ウメはフーンと一口熱燗を煽り、友人関係って辛くないのとポツリ。金柑は、そんなことないよと言いたかったが言えなかった。

「今の関係は居心地良いものねー」

(向坂ぁ…)

金柑は雨辺に対して言ったことを耳にしていたと思われる友人を憎らしく思った。

「気をつけないと、掻っ攫われるからね」

くつりと笑ったウメに金柑は、あまり定かではない一角への想いに悩んだ。

しこたま飲んだウメと解散した金柑は、部屋に戻り風呂の中で大きく息を吐いた。

(一角さんと友達、一角さんに彼女…)

「イヤだなぁ」

小さな浴室に反響した独り言に頭を抱え、もう一度息を吐く。

(好き、近くにいたい、尊敬?)

「尊敬してる」

(どきどきする?)

「前よりしない?」

(話しかけられると?)

「嬉しい…」

傍に一角がいて話しかけられた訳でもない金柑だったが、一角に話しかけられることを想像すると緩む口元に気付いた。

「手、繋ぎたいな…」

一角のことを考えていたとは言え、脈絡なく零れた言葉に金柑は自分の想いの丈を見た気がした。

(どうしよ)

結論の出ないまま金柑は、首筋にへばり付いた髪をかきあげて浴槽の詮を抜いた。

吸い込まれていく湯の様をぼんやりと眺め、私の気持ちも誰か吸い取ってよと自分で嘲笑する金柑の身体を窓から吹き込んだ冬の冷たい風が撫でた。



「いっくし!」

ズビズビと鼻を啜り、再度訪れるくしゃみの気配に目をつぶったのは金柑。

出そこなったくしゃみの代わりに、チーンと鼻をかみもう一度鼻を啜った。

「金柑、風邪?」

向かいで手持ち無沙汰な様子の向坂は、移すなよとシッシッと手で払う真似。

(うわ…)

「風邪ですね」

向坂にうるさいなぁとくしゃくしゃになった吸い取り紙を躱された金柑に、柴岬が湯呑みを差し出した。

「ありがとう、斉ちゃん」

「それ、やめて下さいって」

ふうふうと冷まし、一口含むと喉がぽかりと温まった気がした。

「ねぇ、好きってどんな感じ?」

金柑は引き出しから取り出したかりんとうをお茶請けに、二人に尋ねた。

「またそれか?」

「またじゃないよ」

「俺は戻りますね」

険呑な空気にそそくさと柴岬は逃げ、向坂と金柑は睨み合った。

「俺は金柑が思うようにすればいいと思うけど」

「それは分かってるつうの」

ウメの口調が移りはじめたことを向坂に注意された金柑は、かりんとうを二つかみ砕いた。

「きっかけが欲しいんか」
「まあ」

分かってるんだねぇ。向坂は背もたれに体を投げ出し、愛用の筆をしまった。

「捕まえろ。一つ噂がある。貴地之エリが三席に気があるとかないとか」
「え」
「いやか?」
「うん」

(なら、簡単だろ)

向坂はぐずる金柑の腕を取るべく立ち上がり、ちょっと出ますねと声をかけた。

(うー)

「ほら、行くって…何してるんス?」

妙な口調の向坂に金柑は床から視線を上げ、向坂の後ろから顔を出した。書類とだけ言い放ったのは渦中の人物で、一角だった。少しながら言ってもいいかと思っていた金柑は、ぼっと熱くなった頬を隠した。

(何で、掴んでんだ?)

一角は目の前の状況が腑に落ちず、先日の雨辺の件もあったせいか苛立っていた。

(いちいち…)

金柑の動向が気になる理由にも最近は、気が付いていた。

それを認めても認めなくても、金柑との関係性は変わらないだろうと思っていたが、そうもいかねぇかとその理由を口にしなくちゃならねぇなと考えていた。

そんなところに金柑と向坂の親密な様を見させられれば、気分は良くない。

(何なんだよ!)

一角は向坂を睨みつけ、向坂の背後から覗く金柑から視線を逸らした。

柴岬は面倒ごとばっかりだなと金柑たちの様子を火の粉が降り懸からない場所から見守ることにした。


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