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金柑が雨辺との手合わせに勝利し、残業の檜佐木と寒椿を尻目に祝杯を交わした翌々日のこと。

金柑は、目の前の男の言葉に耳を疑った。

「雨辺先輩?今、なんと?」

雨辺は配布物である書類を丸めようとして、やめた。

「いや、だから…。金柑、今度さ二人で会わないか?」

「いやいや、彼女さんに悪いじゃないですか」

金柑は、やんわりと断った。

雨辺に彼女がいなければ、先輩としての誘いを断る訳にはいかない。

けど、彼女いるじゃない…

金柑は理解不能な申し出に内心、呆れた。

「いや、彼女とは別れる」

は?
何を、言ってるんですか?

「俺さ、金柑が良い。よりを戻さないか?」

金柑は、馬鹿じゃないのと心中、声高に叫んだ。

無理な話だよ
うん、無理

金柑は揺らぐことのない思いを告げようと、雨辺の名を呼ぶ。

「私は、雨辺先輩と付き合うことは出来ません」

表情を変えない雨辺とは対照的に、金柑の表情は歪んでいる。

「今の場所、離したくないんです。それは先輩が一番、分かりますよね」

「金柑」

分かっている
金柑自身が気付かないうちに、あの人に憧れていたこと、俺に気持ちが無くなっていたこと、今の金柑に必要なのは、一人の男ではないということか、と雨辺は問い掛けた。

雨辺の解釈は間違ってはいなかったが、金柑は最後の言葉に首を横に振った。

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。ただ、今の私には譲れない場所と人がいるんです」

金柑は、言いきった。

自分でも支離滅裂だと分かっていた。

それでも、雨辺に対して言わなくてはならないことを言葉にしたのだ。

それに、別れたじゃなくて、別れるでしょ
私だって女の子ですよ

自分に向けられた想いの雨辺しか知り得ないそれに、薄っぺらさを感じてしまった。

「そうか。これ、よろしく」

金柑は悔しさをぶつける場所を、探した。



それは思いの外早く見つかり、対象である竹井と柴岬は気まずいものを見たかのように金柑から離れようとした。

「聞いてっ!」

はいと返事をしたのは竹井で、柴岬はゲッと呻いた。


「大体、分かりました」

頭を抱える竹井を放置し、金柑は柴岬にそれにねと話を続けた。

「あんなにフラフラした人じゃなかったの」

私のせい?
おこがましい?

「金柑さんのせいじゃない。もし、弱くなったのなら、それは金柑さんが強くなったからです」

「柴…」

まるで金柑の気持ちを見透かすかのように柴岬は、金柑を見下ろした。

「だから、金柑さんは悪くない。俺はそう思います」

真摯に見つめる後輩に、胸をくすぐられるような気恥ずかしくも、何かが満たされていくように感じた。

「竹も柴もありがと」

大型犬よろしくの如く膝を着いたままの竹井の柔らかな髪をぽふぽふと撫で付ける金柑。

羨ましいなと柴岬は思ったが、へへっと笑う金柑の顔が竹井には見ることが出来ていないと分かると、小さく微笑んだ。



年度末に向けて各隊が書類に塗れ、迎えた年の瀬。

大晦日、金柑は檜佐木の自室にいた。

金柑は、毎年ルキアが朽木家のしきたりにより大晦日、元旦と屋敷で過ごすため、阿散井らと過ごしている。

例え、誰かが欠けても集まっており、今年は雛森が流魂街に戻るため欠席。

その阿散井と吉良の三人で大晦日から元旦の算段を建てていたところ、檜佐木が現れたのだ。

「今年は免れそうですか」

「何がですか?」

吉良は理由を知っているようで、労るように席を空けた。

「今年はお前らと飲み明かそうかってな」

疲弊しきった体を投げ出し、ハハッと乾いた笑い。

三人は、檜佐木の仕事に対する姿勢に感心した。

それに、檜佐木の自室に決まった理由は、阿散井の部屋は汚いからと金柑が却下。

吉良が阿散井くんに汚されたくないからと拒否。

一応、女だからと金柑が言えば、仕方ないなと檜佐木が許可した。


こうして各々が持ち寄った食料や酒瓶を嗜み、終始笑いっぱなし。

ヒイヒィと横っ腹を抑える阿散井を蹴飛ばし、吉良は座った目で檜佐木から酒を奪う。

金柑は、一足先にすよすよと寝ていた。

初日の出を拝むという四人の目的は果たされず、押しかけてきた乱菊に叩き起こされることになった。


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