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「試合を申し込みます!」
は?
金柑は、雨辺に対して筆を突き付け、立ち上がったのだ。
向坂は耳を疑った。
ある程度の私闘は認められているが、理由によりけりだ。
恐らく、却下だな
向坂は、馬鹿だなと金柑の肩を抑え、座らせた。
「よく考えろ。大体、理由が無いだろ?あ、いっそのこと腕試しを理由に試合するか」
嘘も方便とばかりに、向坂は雨辺を見た。
断ってくれよ
向坂の願い虚しく、雨辺はいいよと簡単に応じた。
馬鹿だろ?
金柑は、してやったり顔で向坂にニヤリと笑った。
大体、あの雨辺先輩が試合を断る訳ない
自尊心の固まりだから
金柑は雨辺の性格をよく分かっていた。
けれど、雨辺の性格を理解していることは、理不尽と言われようとも金柑にとっては、不愉快だった。
「どうせだ。今日の業務後にしないか?」
「望むところ」
雨辺にすれば、ノリやすいところがある金柑に対して声音を変えるだけで、十分に効果があることも分かっていた。
それに気付いた向坂は、どっちもどっちだなと呆れた。
殺伐とした雰囲気に、寒椿は阿呆らしと思ったが、待てよと一人の男を思う。
一部では男らしさ、頼りがいのあるところを見せる檜佐木。
元来こどもっぽいところもあり、こういったことに興味を示すのだ。
教えてあげますか
寒椿は向坂に憐れみの視線を投げかけた。
寒椿が檜佐木の机に向かうと、一角が一人の隊員を連れて、出ていくところだった。
「頑張れや」
ひらりと手を挙げた一角の目つきは鋭く、寒椿は自分の勘を頼りにすることにした。
修羅場にはならないよな
斑目三席だし
寒椿は一角に、金柑と雨辺の簡単ないきさつを話した。
「で、試合するらしいんですよ。今から、檜佐木副隊長にも知らせようかなぁと」
「けどよ、金柑も短気だな」
「短気ですみませんね」
「金柑さん」
一角が呆れていると、金柑が書類の山を手に剥れていた。
妙な心配しなくて良かったが…
危なかっしいやつだな
丸めた書類で肩を叩く一角に、十一番隊へ向かう隊員は一角が不機嫌なのかと怯えている。
「ま、来てやるからよ。勝ったら、飯奢ってやるさ」
「頑張りますっ!」
「いや、向坂はどうすんのさ」
寒椿は一角をチラリと見た。
一角は、纏めて面倒見てやるからよとニヤリ。
金柑は、寒椿に雨辺との関係がばれたことは不愉快だったが、対応の変わらない彼に感謝した。
「斑目、綾瀬川に言われるぞー」
書類の積まれた机から覗く短髪が顔を上げ、筆で時計を示す。
「あ、やべっ!また、来るわ。じゃ」
「待って下さい!」
乱暴に飛び出た斑目に、隊員は慌てふためき顔を壁にぶつけていた。
廊下を駆ける騒々しい音に、雨音は掻き消された。
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