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久しぶり、か
「雨辺です」

雨辺は、目の前の金柑を見た。

以前とは異なる金柑に罪悪感を感じると思っていたが、そうでもなく安堵した。

そもそも俺が罪悪感もつ必要ないよな

雨辺は自嘲した。

向坂はよろしくとだけ言い、椅子に深く座り直した。

金柑はそんな向坂に倣い、お願いしますと言った。

「雨辺さん、この二人を酷使しても構いませんから」

「寒ちゃん、非道だよ」

「金柑さんは、終わったらこっちね」

寒椿は金柑が雨辺と付き合っていたとは知らない。

だから金柑は、寒椿を恨めしく思うのをやめた。

「最近、どう?」

金柑は驚いた。まさか雨辺が話し掛けてくるとは思わなかった。

その反面、自尊心が高い雨辺が金柑を気にするというのも有り得ないと気付いた。

「ぼちぼち…で。もう一度、這い上がらなくちゃですから」

「変わんないね、その話し方。結局、最後まで先輩呼びの敬語だったからな」

金柑は呆気にとられた。

どういうつもりなの…

金柑の気持ちに気付いたのか、仕事の手を止めて眼鏡を押し上げた。

勿体振る仕種はそのまんまだ

「金柑に振られたけど、良い経験だと思ってるよ」

「え、は…」

「それに今は、将来を考える彼女がいるからね」

ふふっと笑うと仕事を再開した。

金柑には雨辺を想う未練など、微塵もなかった。

確かにひどい別れ方だったけど…
その言い方は無いよ

金柑が臍を噛むと、向坂があのさ、と顔を上げた。

「あのさ、雨辺さんよ。金柑とどういう関係だったか知らないけどさ、金柑はしっかりしてるから心配ないんじゃないの」

向坂の言葉に空気が固まった。

金柑はその時になって、外が雨で近くに一角がいることに気付いた。

「っ、そうだね」

面識の無い向坂に静かにまくし立てられた雨辺は、それ以上に言葉を発することはなかった。

ただでさえ居心地が悪いのに
金柑は何故か九番隊にいる一角にも、頭を抱えた。

修羅場、じゃない
だけど、あんまり見られたくはなかった

金柑の一角への想いは、ひどく不安定なものとなっていた。

俗に云われる「術師事件」の前と後では、違うものへと変化していた。

以前は憧れが強く、雨辺と別れたからと言って一角に積極的にアプローチをすることはなかった。

それに今では、ある種の友人関係を築いてしまった為、金柑自身の奥底にある想いは眠ったままだ。

因みに、「術師事件」と命名したのは山本だったらしく、センスに不満を露にした京楽は暫く姿を見かけなかった。

金柑はいたたまれなかった。


さて、一角はその様子を遠目に見聞きしていた。

弓親に美しくないと言われるだろうが、気にしなかった。

「あいつ」

一角はムカムカするのを抑えるように、目を瞑り外界を遮断することにした。

結局、派遣されることになった隊員に起こされるまで、苛立ちは収まらなかった。

そのせいで隊員は泣きそうな表情をしていたが。



執務中、金柑は雨辺が木になったが、向坂が無言で書類を捌く様に迂闊に口を開くことが出来なかった。

どうしよ…
気まずい

金柑は、あぁあと指に跳ねた墨を拭った。

その時、向坂があのさぁと金柑の名を呼んだ。

「今日、飯に行こう」

「良いけど、安いところにしてねぇ」

手持ちが余りないから、と言えば今日だけは奢るしと言われた。

あの、ケチな向坂くんが!

「失礼なことを考えるな」

筆の持ち手で何故か手の甲を掻く向坂。

金柑は、心にもない謝罪をした。

「金柑と君は仲が良いんだね」

「まぁ、最近ですけど」

向坂に口を挟まれないように、金柑が答えた。

向坂の日頃から挑戦的な言い方は、相手によっては大きな火種になる。

身を持って経験した金柑は、揉めないでよと祈った。

「関係ないだろ」

案の定、向坂が言い放った。

馬鹿っ!
何でかなぁあ

私の言いたいことが分かっているくせにっ

金柑は、吉良に告げ口してやろうと誓った。

「そうだね。だけど、俺は金柑が好きな人って斑目三席だと思ってたんだけど」

クスリと笑い、なめ回すように金柑を見る雨辺。

向坂は、馬鹿だなと思った。

斑目三席だと思ってたんだけど、か
そんなもの人に計れることじゃないだろうが
別れて、正解だな

向坂は眼鏡を押し上げる雨辺から不快だと言わんばかりに視線を外した。

金柑は放っておくだろう、と思っていた向坂は、金柑の起こした行動に驚くことになる。


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