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金柑は向坂と共に寒椿の指示を受けて、九番隊の荒波に揉まれに揉まれた。

「寒ちゃん、私、手が痺れてきたよ」

「寒ちゃん、俺もー」

「却下。特に、向坂に至っては書く仕事じゃないだろう」

寒椿は膨大な量の書類を仕分けている向坂に、言い放った。

金柑は、手をひらひらさせて固まった指を解す。

これなら、九番隊の届け物をやらなきゃ良かったかなぁ

向坂の元彼女見たさ、という好奇心に負けた自分に後悔した。

後悔先に立たず、だねぇ
金柑は一人で笑った。

「それよか、誰か呼べよ」

踏ん反り返って書類を捌く向坂。寒椿は、ハァと溜息を吐いた。

「俺、向坂ってもっと口数が少ないと思ってた。こんな奴とは…」

院生時代、向坂も阿散井と同じように目立つほうだった。

特に、女子だけではなく男子にも好かれる男だった。

寒椿もその一人で、向坂に少なからず憧れを抱いていた。

が、四十余年を経て打ち砕かれた『向坂』という男像。

悲しいかな
凝れはこれで親しみやすい

寒椿は、目の前で憚ることなく欠伸をする向坂から目を反らした。

「今、呼んでくるから」

寒椿は二人をそのままに、離れた。

「金柑、変わってやろうか」

「変わって」

蒼い髪を梳いて、座り直した向坂。金柑は、書類の山と筆類を隙間から押しやった。

やいのやいのと騒ぎつつ手を動かす二人のもとに、寒椿が戻ってきた。

「あ、助っ人は?」

「すぐに来るから」

「私、女の子が良いなぁ」

この時金柑は、九番隊に来たことを何より、後悔した。そして、自分の影響されやすさが嫌になった。

「雨辺さん、お願いします」

寒椿の隣へと前に一歩出たのは、雨辺吉一だった。

眼鏡は金柑の知るフレームではない。遠目に見た時、気付いてはいた。

けれど、間近で認識すると妙な苛立ちが渦巻いた。

最悪だ…
向坂くん、余分なこと言わないでね

勢いよく向坂を見たせいで、首が鈍い音を立てた。

金柑は机の下で拳を握り、更に苛立ちとは別に自己嫌悪がのさばり始めた心中を抑えようとすることにした。

ま、修羅場になる訳でもなしに
向坂は毛羽立った筆を新しいものに変え、大きな欠伸をした。



所変わり、十一番隊。
相変わらず忙殺され、皆の気が立っていた。

「なぁ、助けはねぇのか」

「ある訳ないだろ。自業自得だよ」

「一角、弓親、まだか」

疲弊しながらも手を動かすのは、隊長である更木。

珍しい光景だが、この時期なら当たり前の光景である。

「隊長、手が足りません」

弓親が頬杖をつき、筆を置いた。

「これ持って、近くの隊に行け」

更木が投げたのは一枚の紙。それは力無く、更木の机の下に落ちた。

「一角、行ってきなよ。僕、面倒だから」

しれっと書類を床から取り上げ、後はどうぞと一角の書類の山に乗せた。

淡く鋸草が描かれた紙には、至急に要員を求める旨。末尾には山本の押印。

十一番隊のみに認められたものである。無論、誇るべきものではないが。

「手近で済ませて早くね」

一角の背中に弓親は催促した。

面倒だ…
気分転換にはなるか、と諦め十番隊に向かう。

日番谷隊長なら話が早ぇだろ
一角が十番隊の門を見上げた瞬間、怒声と冷気が爆発した。

「松本ォォォォ!」

「やめるか」
巻き添えは勘弁だな

一角は乱菊の安否が気になった。とは言え、いつもケロリとしている彼女だからと考えるのをやめた。


九番隊は殺伐としていたが、もちつもたれつの精神は理解している。

だから、三席は一角を招き入れて待つように言い含めた。

「今、呼んできますから」

一角はその時、寒椿が雨辺を連れていくのを目で追った。

その先には見慣れた蒼い髪の男と金柑がいた。

「なんでだ…」

一角は持っていた書類を握り潰した。

窓には雨が降り始めたのか、叩きつけるように滴が弾いかれていた。



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