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「向坂くん、竹井を見てない?」

「さっき、女に呼ばれてた」


時間外れの昼食をとる向坂。蕎麦を啜っている。

因みに、金柑はまだ食べていない。


年度末が近付くにつれて、書類業務がやたらと増える。

その反動で虚の昇華任務にあたったものは、皆から羨望と恨みの視線を頂戴することになる。


向坂は、金柑の向かいに机を構えている。
向坂の左隣では、柴岬が一心不乱に筆を動かしていた。

「人気あるの?」

「話しやすいからですよ」


柴岬は顔をあげて、筆を置いた。


「副隊長は?」

向坂が、七味唐辛子をかけている。尋常じゃない量に、柴岬は目を逸らした。赤い粉で麺が見えない。


「後輩モテ?」

金柑は、阿散井の性格を考えた。

その阿散井は、副官室に缶詰状態だ。
出てくるのは、厠ぐらいだ。


「かもな。てか、俺は阿散井って朽木と付き合ってると思ってた」

淡々と爆弾を投げ込んだ向坂に、執務室が静かになった。


「向坂くん、付き合ってないのが事実だから。それに、朽木隊長はルキアを可愛がってるんだよ」

「なるほどね」


金柑は朽木がいないことをこれ程喜んだことはなかった。

書類の山越しに向坂を見ると、完食したらしい器をのけていた。



「俺さ、ふられちゃった」


ガチャン。器を引き取りにきた隊員が、向坂の言葉にそれを取り落としたのだ。


「え、なんで?」

「あまなんちゃらの方が好きだとさ」


金柑は、一人の眼鏡をかけた男を思い浮かべた。

確かにここ最近、色々あったけど

おかしなもので、金柑がその男を思い出すことが微塵もなかったのだ。

「多分、雨辺っていう人じゃないかな?」

金柑は居心地が悪かった。柴岬の視線が痛い。


「九番隊か?」

向坂は、拾い集めた破片を片付けている。

そのせいか、声がくぐもっている。


「そ。前にお付き合いさせてもらってた人。世間は狭いね」

器を引き取りにきた隊員も居心地が悪かったのか、そそくさと離れていった。


「未練はないんだよな。今度、見に行くか」

柴岬が、胡散臭いと眉をしかめた。
金柑は、元気にしてるのかなと頬杖を着いた。



「てめぇら、俺が缶詰だって知ってんだよな」

ゴゴゴと音を立てるかのように霊圧を上げたのは、窶れた阿散井だった。

目の下の隈も幾重にも広がっている。

「あー、すんませんした」

ケロリと開き直る向坂に阿散井は、一番面倒な会計監査書類を指差した。

手には、十露盤。
勿論、計算機は使わせねぇからと凄む阿散井。

流石の向坂も、呻いた。





金柑と柴岬は、向坂から目を逸らした。



そして向坂の別れ話が、小さな火種となるのだ。



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