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「一皮向けたって感じだな」
檜佐木は箸を動かしながら、原稿を読んでいる。
出前では、有名所の猫福助の天丼だ。
流石、檜佐木さん!
「また、金欠にならないで下さいよ」
寒椿が、金柑の隣で顔をしかめた。
「たまの贅沢じゃねぇか」
海老天が消えた。
金柑が檜佐木の元を訪れたのは、向坂が頼まれた原稿を届けにきたからだ。
その向坂は、阿散井に泣きつかれて書類を手伝っている。
「向坂もすぐに昇進するんだろうな」
驚いたことに寒椿は、院生時代から向坂を知っていた。
逆に向坂を知らなかった金柑が、驚かれた。
「だよね。そういう自分だってさ」
「よく言うよ。すぐに上がるよ」
うふふ、あははと笑い合う二人に、疎外感を感じた檜佐木だった。
「確かに、金柑さんは一皮剥けましたね」
寒椿は、檜佐木の方に体を向けた。
「わりと、サバサバするようになったよな。ま、たまに吃るのが良い」
グッと箸を持ったまま親指を立てる檜佐木。
金柑は、そうなのかなと首を傾げた。
自分では、分からない。
確かに、前より何かに対して心配し過ぎることはなくなった。
自信がなくても、やり切るようにはなった。
物怖じしなくなったと、阿散井にも言われた。
金柑は、ふと思い出した。
「檜佐木副隊長、妹っぽくないですか?」
「んあ、んな訳ないだろ。いつでも、甘えろっ!」
ニィッと笑う檜佐木の頬には、米粒が着いている。
「金柑さん、気をつけて下さいね」
「おいっ!」
二人のやり取りに苦笑して金柑は、お茶請けの羊羹に手を伸ばした。
寒椿が自分の仕事に戻ると、金柑は檜佐木に問い掛けた。
「檜佐木副隊長の理想と憧れ、理解って何ですか?」
綺麗に平らげた丼を置き、手を合わせた檜佐木。
首を傾げたが、少し遠い目をした。
「俺の憧れは、随分と昔に俺を虚から助けてくれた元九番隊の隊長だ。男らしくてさ、泣きそうな俺に助かって嬉しいだろ、笑えって」
寧ろ、泣いたよと檜佐木は懐かしそうに微笑んだ。
「それじゃ、理想はってなるだろ。元九番隊の隊長は、男らしかった。だけど、俺が此処に来た時にはもう居なかったんだ。俺は、東仙隊長の元で仕事をすることになった。知ってるか、俺の怪我?」
「はい、確か阿散井くんたちを助けて」
「そ。けど、刀を握るのが怖くなったんだ。青鹿や蟹沢が目の前で死んだから。そんな俺に東仙隊長は、言ったんだよ。自分の剣に恐怖を持たないやつは、剣を握る資格がないってさ」
「それが、俺の理想なんだ。有り体に言えば、恐怖を持って、挑むことが出来ることだと思う。ま、勝手な解釈だけどな」
「理解ってのは、難しいぜ。分かりやすく言えば、更木隊が四番隊の存在を認めれば、理解してるってことだ。更木隊が俺らを馬鹿にしなけりゃ、理解してるってことだ。金柑も知ってると思うが、揉めてんのは平隊員ばっかり。流石に、一角さんや…斑目や綾瀬川も頭を痛めてるらしい」
「上官は認めてる、理解してんだよな」
檜佐木は、柔らかく微笑んだ。頬の三本傷が、やんわりと、歪んだ。
「金柑はさ、金柑の憧れはやっぱりいっ、斑目か?」
ついつい間違えると苦笑する檜佐木は、副隊長の顔をしていた。
「はい。でも、理解が分からない、ですね…」
「まぁ、少しずつで良いんじゃないか。多分、斑目も俺も阿散井も…吉良もだな、仕事に関しての理解だろうから」
今度は言えた、と笑う檜佐木は金柑の言うところの檜佐木さんだった。
「長々とすみません」
部屋のそこら中に詰まれた箱からは、瀞霊廷通信の便りが溢れている。
金柑の目の前の応接机は、原稿が散らばっていた。
金柑は膝に載せた盆を手に、檜佐木から湯呑みを受け取った。
「悪いな。ついでに代わりの茶頼んでくれるか」
済まないと片手を挙げる檜佐木に、いいえと了承する。
「向坂には問題ないからって」
肩を叩く檜佐木に、はいと答えた金柑は、副官室を出た。
執務室も戦場で、残り四日と書かれた行事予定板が目に入った。
やつれ気味の寒椿に声をかけ、金柑は自隊へ急いだ。
向坂くんに文句言われちゃうや
檜佐木の言葉を胸に、一角の言葉もまた、思い返しながら。
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