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「向坂辰之進です。よろしくお願いします」
金柑は、開いた口が塞がらない。
なぜなら目の前にいる男が、八番隊から六番隊に移隊してきたのだ。
此処最近、激化してきた竹井と向坂のやり取りが日常になるのかと思うと頭が痛くなった。
それは、柴岬も同じだ。
「あ、よろしく」
向坂が片手を挙げると周りの女性隊員が、カッコイイと叫んだ。
「あ、金柑が指導しろよ」
六番隊ならではのやり方を教えろと…
金柑は意気揚々と鼻歌を歌う阿散井に、面倒なことをと軽く睨んだ。
「あんまり変わらないな」
ふむ、と顎に手をやる仕種だけでも様になる向坂。
金柑は、遠巻きに聞こえる黄色い声に頭が痛くなった。
「これでわざわざ、電子文する必要がなくなったな」
「まさか、その為だけに此処に来たの?」
「あぁ、京楽隊長は恋だねって簡単に」
「朽木隊長は?」
「スルーかよ。人手が増えるから助かるってさ」
喋りながら手を動かす二人を、柴岬は感心した。
隣のうっとうしいオーラは気にしない。
「向坂さん!自分の金柑さんっス!」
柴岬は、はぁあと大きな溜め息を吐いた。
金柑は、驚いた。
向坂は、成る程と頷いている。
「悪かったな。だが、金柑と竹井は付き合っている訳じゃないだろ?」
腕組みをしたまま、向坂は竹井に向き直る。
周りは様子を見ている。
阿散井に至っては、副官室から出歯亀だ。
「そうっス!けど、自分は金柑さんを目指してるんで」
改めて竹井に言われた金柑は、背中が痒くなった。
嬉しさと同じ分だけ、恥ずかしさが込み上げてきたのだ。
竹井、と向坂は蒼い髪を梳いた。
「憧れは憧れだ。憧れと理想は違うんだ」
金柑は、ふと思い出した。
以前に憧れと理解は、ほど遠いと日番谷が苦々しく呟いたのを。
それが雛森をさしていたのは、明らかだった。
立ち上がった拍子で倒れた椅子を直し、竹井は向坂に言った。
「自分は、自分の理想をちゃんと持ってます!ただ、憧れなんでス」
「なら、いいか。竹井、飲みに行くぞ」
納得したのか、向坂は満足だと笑った。
呆気に取られている竹井を見て、柴岬がくすりと笑った。
「強烈ね」
「そんなもんだよ」
向坂は、出歯亀をしている阿散井に書類の山を提出した。
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