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これは真田が吹田エリカに恋愛指南をし、風子が幸村に励まされた日より後の話。終業式を終え、風子は列の前後に並ぶ芳井太一と乃里子と一緒に体育館から一号館に戻る。

「よっちゃんは?」
「バスケ部も合宿だ。若竹もだろ?」

「そ。芳井んとこと同じ場所」
「大変だね」

クリスマスが、と嘆く芳井にはつい最近、彼女が出来たらしい。風子は相手を知らないが、大崎がぶつぶつと文句を言っていた。

「風子はどうするの?」
「え?颯太とケーキを買いに行くよ」

乃里子は、真田はどうするのって意味だよと付け加えた。

「バレー部と合宿だってさ」

風子は柳に聞かされた時より、胸のつかえが取れたことを実感した。

「中学生だけどさ、少しくらい一緒に遊びてぇよな」

年相応にと付け加えた芳井は、真田ほどではないが大人びた容貌なだけに、切実に訴える。

「残念でしたっ」

風子の隣にいた芳井の大きな身体が沈んだ。

「まっしー」

「俺だってね、嘉乃ちゃんと遊ぶ予定だったんだから!」

芳井より少し小さな身体をブラブラと揺らす度に、芳井の首が絞まる。

「そう、だ、なぁ…ぐっ」

まっしーこと真下栄太は、芳井の背中から離れて、嘉乃ちゃんと手で顔を覆う。

(そうか。クリスマスだからかどうなんだろう?)

風子は、教室に戻る同学年の集団の中から真田を探してみた。そう簡単に見つからず、代わりに仁王を見つけた。

「風子、真田に聞いてみたら?案外、気にしているかもしれないし」

(案外って乃里子ちゃんたら)

ムスッと膨れて見せたら、クスクスと笑われた風子。部活が珍しく休みとなったのは、合宿を控えてのことだと風子に知らせたのは柳。

「弦一郎は、まだ教室だろう」

「ありがとう。行ってみるね」

鞄を持ち、マフラーをはためかせて風子は教室を飛び出した。

(一段落だな。さて、俺も帰ろう)

「やーなぎ!一緒に帰るナリ」

柳生の格好でやって来た仁王に、頷く。早足で仁王を追いかけてきた柳生を宥めすかすのは、柳だった。

風子がA組に行く途中、真田と遭遇した。滅多にないことで、風子は息が上がりそうになる。

「帰るのか?」

「うん!一緒に帰ろ!」

自分でも分かるくらいに弾んだ声に、恥ずかしい気もしたが、真田がそのつもりだ、とモゴモゴ言うので気にならない。

真田は、疑問に思っていたことが二つあった。

(風子の様子は元に戻ったようだが、一体何だったのか。それに、クリスマスとやらは気にならんのか)

柄にもないなと自分自身を叱咤しようと思うも、風子との繋がりがそれらで断ち切れるというのも嫌だとはっきり自分で分かっている。真田は、意を決した。

「風子、聞きたいことがある」

「なに?」

「なにか思うことはないか?最近、様子がおかしかったようだが」

真剣な表情の真田は、いつもよりゆっくりと風子の隣を歩く。風子は気付いてたんだね、とマフラーで口元を覆った。

「真田くんは頑張り屋でしょ。だから、私と付き合ってていいのかなぁと」

部活も文芸部だし、と付け加える。

「文芸部の何がいかんのだ。教養が身につくだろう。それに、自分の好きなことに熱中するための部活ではないのか」

ちらほらと下校する学生を遮るように足を止めたのは、真田。風子は、そうだねとしか言えなかった。

(いつもなら、そんなに気にしないけど。誰かの隣に立つと私でもネガティブになっちゃうな)

真田は風子の浮かない様子に、更に付け加えた。

「俺は、風子が何部だろうが構わん。お前が本を読んでいる姿を見ると嬉しくなるぞ」

「え」

「あ、いや…」

(こんなことを言うつもりではなかったのだが)

真田は自分をジッと見る風子から恥ずかしそうに視線を外した。耳は赤い。

「よかった」

本心からだった。風子は心の底から嬉しくなり、マフラーでくぐもった声のまま、ありがとうと伝えた。

「そうか、うむ。あと、だな…」

「もう一個?」

「あぁ、クリスマスだが合宿があるんだ。だから、皆のようには出来ないのだが」

一息に言い切ると、普段の真田らしからぬ落ち着きのない様子。

「気にしてないよ」

風子はそう言ってから、乃里子の言葉を思い出した。

「気にしてないっていうか、合宿だし。頑張ってね」

赤い手袋でぐうを作り、胸の前で構える風子に真田は、胸のつかえが取れたような気がした。

(伝えなければ分からないということだな)

風子は何も反応を示さない真田に、どうかしたのかと顔を覗き込む。

(久しぶりにまともに顔を合わせたな)

「それならば、会えた時に何か渡そう」

「クリスマスの?」

「あぁ、風子が良ければな」

「もちろんだよ!」

乃里子に言われるまで真田とのクリスマスを全く気にしていなかった自分を現金だなぁと戒める。

(でも、嬉しいものは嬉しい)

「楽しみにしててねっ」

帰ろうと促す風子が、真田の腕を引っ張ると真田もフッと笑いを零した。

「風子、そう引っ張るな」

「合宿の話も聞かせてね」

「あぁ」

風花が舞い始め、空も灰色。真田は紺色の自分のコートに映える赤い手袋が、鮮やかだなと目を細めた。


風花とコートと手袋



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