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(どうしてだろう。ぎゅうぎゅうに押し潰されるみたい)
風子は、携帯を握りしめた。
「風子ちゃん?」
普段はメールでやり取りをする幸村と風子。今日は珍しく、風子が幸村に連絡を取ったのだ。
受話器の向こう、小さく吐いた息はくぐもって幸村の耳に届いた。
「会う?」
幸村は風子の返事を待つことなく、問い掛けた。
時刻は、朝十一時。幸村の示し合わせた時間、ぴったりだ。
「でも」
(今日は、午後から部活だったかな?)
幸村は、持ち歩いている部活予定表を辿った。
(風子ちゃんは知らないのか)
幸村は少々不満を感じたが、それを捨て去り、本来の目的を引き寄せる。
「お昼、売店だけど一緒に食べようか。テニス部は夕方にしか来ないから」
「ありがと」
ぽつんと呟かれた感謝の言葉に返事をし、受話器を戻す。
ビィーと鳴った電話機からは、悲しいかな使い慣れてしまったテレフォンカードが吐き出された。
そのあと、律儀に風子からは何時に着くというメール。幸村は、パソコンを閉じた。
(おかしいの
人の心配なんてしてる余裕ないのにな)
幸村は、時折感じる手の違和感を掻き消すかのように乱暴にコンセントを引き抜いた。そのせいで弾けた火花は、見なかったことにした。
「幸村くん」
「風子ちゃん。何か買っておいで。あそこにいるからさ」
通学用のダッフルコートに埋もれた風子の表情は、不安に満ちあふれていた。
(規定のマフラーって…仕方ないか)
幸村は、程なくして風子がビニール袋をぶら下げてきたのを見ると、手招きをした。
「真田から聞いたの?」
「うん」
もさもさと卵サンドを口に運ぶ風子に、単刀直入に尋ねた。
(風子ちゃん、ヤキモチだよね)
「何言って良いか、分かんなくて…」
一切れをどうにか食べ終えた風子は、顔を俯かせたまま、温かい紙コップを引き寄せた。
甘いココアの香が、幸村の鼻を擽る。
「風子ちゃん、言いたいことがあるなら言ってあげて。真田もさ、鈍感なところがあるし。
それに、真田って赤也とか怒鳴りつけてるけど、世話焼きなんだ。
ていうか、構いたがりだよ。多分、風子ちゃんに色々話して欲しいと思う。あいつ、口下手だから」
「そうかな…。もやもや、何なんだろ…」
(え?それは)
幸村は風子が吹田エリカに対し、恋敵という対象としての嫉妬をしていることに気付いていると思っていたのだ。
現に、羨ましいというメールのやり取りもしたのだから。
「羨ましいのかな…?」
(え、あー、)
幸村は、思わず笑った。
「っくくく、ふっふっ!ごめんね。風子ちゃんてさ、妙なところで抜けてるね」
違うよと言い張る風子に、分かってると宥めて、口を開いた。
「ヤキモチだよ」
(ヤキモチ?)
「それって、あの」
言葉の意味は知っているらしい風子は、まさか自分のその気持ちがそれに当たるとは思っていたなかったようで。
恥ずかしそうに顔を赤らめて、顔を両手で隠した。
「大丈夫だよ、風子ちゃん」
「ありがとう」
一通り胸のうちを吐露した友人に、柳生からの貰い物である菓子をおすそ分けした。
「幸村くん、私、いつでも呼んでね!」
来た時の表情が嘘のように晴れやかに笑う風子。
幸村は、他愛もない彼女の言葉に、救われた。
(ありがとう、と言いたいのは俺の方だよ)
暫くして迎えた冬休み中、風子は病院に通い詰めた。
合宿中の真田からの理解不能なメールを見せられることになるが、それは、また別の話。
嫉妬という言葉と感情
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