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朝、普段より早く制服を着た風子は家を出た。土曜日だからか、年配者が歩く姿が多い。因みに風子の父は、未だ布団の中だ。
スポーツをする者には程よい季節の秋、風はあるが、空は晴れている。
青春学園とのテニス部の試合を見に行く風子は、三強と呼ばれる三人と待ち合わせ。
そこには、既に三人がいた。
「おはよう、待った?」
「おはよう、全然だよ」
幸村はテニスバックを背負い直した。芥子色のジャージに振り返る人は多い。けれど三人は気にすることなく、話していた。
「行こう」
柳が時間だ、と言うと真田はどこかに電話をかけた。
風子は、珍しい光景に思わず、感嘆の声をあげた。
「風子ちゃん、真田だって電話ぐらいするよ」
「そっかぁ。真田くんと電話したことがないから想像がつかなくて」
へらっと笑う風子。時刻表を確認をしつつ、幸村と風子の会話に苦笑したのは、柳だった。
弦一郎と風子らしい付き合い方だなと。
ガタガタと電車に揺られ、四人は青春台駅へと向かった。
町並みが変わり、神奈川とは違うビルや家の並びに幸村がもうすぐだね、と言った。
「そういえば、さっきは誰に電話してたの?」
効かせ始めた電車内の暖房に頬を赤くした風子に真田は、以前の帰り道を思い出した。
「真田くん?」
「あ、あぁ。赤也だ。一応、電話には出たが…どうだかな」
苛立つ真田に幸村は、ジャッカルもいるからと窘める。
「次だぞ」
柳が言うと、車内にアナウンスが流れた。風子は改めて駅名を聞き、珍しいなと思った。
閑静な住宅街の中に青春学園はある。土曜日だというのに、賑やかな青春学園の前には、柳生と栗田がいた。
四人が合流すると部員達も集まり始め、大所帯となった。
「赤也はどうした?」
「いるっス!」
幸村が大野に尋ねると、ジャッカルの後ろから飛び跳ねるように現れた。
風子としては、真田が初っ端からいらいらしなかったので、安心した。
それに、赤也が楽しそうなのも部外者ながらに嬉しかった。
風子は、流石に真田や柳の隣を歩く訳にも行かず、後ろをコソコソと着いていった。
赤也や大野が頻りに話し掛けるので、邪魔になっていないか幸村たちの目が気になった。
「幸村、今日はすまないな」
遠くに聞こえる言葉で、青学の部長かと風子はキョロキョロした。
「いや、竜崎先生は」
「あとで構わないと。今日は、よろしく」
「あぁ。たまには手塚とやりたいな」
クスリと笑う幸村に柳が、呆れたように首を振った。その隣で真田は、俺もやりたいのだがと呟いた。
「それで悪いんだけど、見学が一人いるんだ。良いかな?風子ちゃん、こっち」
赤也と話していた風子は、部員たちの奇異の眼差しから逃れるように急いで、走った。
「良稚風子ちゃん、二年だから」
「お邪魔はしないようにしますので…よろしくお願いします」
そろそろと頭を下げる。いつの間に着いたのか、ローファーには傷が着いていた。
「良稚…御祖父様は猫太郎というお名前だろうか」
風子は目の前の眼鏡の部長を見上げた。
(何故、知っているのだろうか)
「はい。でも」
「手塚国光だ。祖父がよく良稚という友人の話をしていたので」
「あぁ。あ、福井から戻ってきているんであとで連絡先お聞きしても」
喜びますと手塚は、少しだけ口の端をあげた。
風子は自由に見ても構わないと言われ、喜んだ。
男子コートに上級生、女子コートに下級生と二つに別れ、練習試合は行われることになった。
「良稚風子さんだね。はい、試合表。良かったら参考にするといいよ」
赤也に試合を見るよう頼まれていた風子が、どうしようか迷っていると大きな手に肩を叩かれた。
そこには、真田や柳と変わらないくらいに背の高い男子がいた。
「乾貞治だ。よろしく」
(目が見えない)
風子は不透過の眼鏡に驚いた。
「赤ペンで書いた時間の方が確実かな」
乾に言われて見ると、印刷された黒色の時間の隣に赤色で違う時間がかかれていた。
それは少し早かったり、遅かったりでどことなく現実味があった。
「ありがとう」
「どう致しまして」
乾が去ると、今度は柳が現れた。柳もまた、試合表を差し出してきた。
「さっき、乾くんがくれたんだけど」
柳は、懐かしい字体に気付いた。
「そうか。ならば、要らないだろう」
風子が柳の持つ試合表を見ると、乾と全く同じ時間が書かれていた。
「同じだねぇ、凄い」
「色々と面白いから、あれこれと見るといい」
柳はそう言って、幸村に呼ばれた。
風子はジャッカルに借りた呼びの時計を手に、どこから見ようかと悩んだ。
真田は幸村や柳と共に、手塚たちと集まった。そこには、青学テニス部副部長の大石とレギュラーの乾。六人は試合進行を確認した。
手塚、と柳が先程風子に渡そうとした試合表を差し出した。
後ろでは丸井がジャッカルと騒いでいる。
「蓮二のデータは確実だ」
真田は、丸井を睨んだ。気付いたジャッカルが、丸井の頭を掴んだ。
「そうだろうな」
部長の幸村は疎外感と呟いて、大石に同意を求めた。
「幸村、始めよう」
手塚の呼びかけに、下級生コートの責任者である桃城と大野がそれぞれを引き連れてきた。
「始めよう」
幸村の柔らかなアルトながらに、強い眼差しが皆を捉えた。
風子は、普段とはまた違う真田や幸村たちに高揚した。
この日、風子は正式な大会に行けば良かったなと悔やむことになる。
練習試合
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