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真田弦一郎の場合−
始業式では、校長先生が夏休みは終わったのだから、気を引き締めるようにと耳が痛くなる程説いた。
赤也と丸井に注意せねばならんなと、気付いた。
サッカー部は、関東大会ベスト4か。感心だと思っていると後ろに並ぶ蓮二に背中を叩かれた。
「蓮二、なんだ?」
体育館の隅とは言え、一年の見本にならねばならないというのに。
「風子が楽しみだとさ」
ニヤリと笑う蓮二は、優しいのだろうかと甚だ疑問だ。
「硬式テニス部、壇上へ」
呼ばれた俺は、ぼんやりしていた幸村を小突いて壇上に上がった。
全国連覇とは、と試合を思い出している間に校長の手から改めて賞状やトロフィーを受け取る。
後ろで、ひそひそと声が聞こえた。静かにせねばならんというのに。注目されていたテニス部が、更に注目されるとはこういうことなのだろうか。
ふと、蓮二の風子が楽しみにしていると言ったことを思い出した。風子は見えているだろうか。珍しく考えてばかりの壇上だった。たるんどるっ!
それ以外は滞りなく、終えた。ただ、西島先輩が転んだのは頂けないが。幸村曰く、西島先輩は所謂、天然らしい、仕方がないのだろうか。
教室に戻る途中、風子に会うだろうかと思っていたが、会わなかった。
どうにも、最近風子のことを考ええることが多い気がする。
夏休みの友ではなく『夏休み最強の敵』だ、と言っていた大崎の言う宿題を提出して、終わりか。
すると、海原祭について話し合いをせねばならんらしい。
二年生は、忙しいと去年、西島先輩が言っていたな。風子のクラスは何をやるのだろうか。
そう思っている間に、俺は柳生の独断でお化け屋敷の受付になっていた。
「何故、受付なのだ?」
「真田くんと柳生くんがお客さんを呼ぶのよっ!」
気合いを入れた女子というのは、他人の言葉が耳に入らないらしい。柳生は満足なのか、ふっと笑っている。なかなか、食えないやつだと思う。
この時期になるとテニス部も例外ではなく、朝練の時間を部活企画に割くようになる。放課後の練習を少しでも確保出来るのならば、構わんと俺は思う。赤也の遅刻は変わらんが。
これはこれで楽しい、そう思うのは風子が楽しみにしていると言ったからかもしれん。
「柳の転校生、賑やかだね」
「幸村、日本語がおかしいぞ。蓮二のクラスの転校生だ」
訂正してやれば、幸村は蓮二の計画書を覗きこんだ。全く、変わらんな。
蓮二が、思い出したかのように口を開いた。
「どうやら、風子に御執心のようだぞ」
何を言い出すかと思えば!赤也には、ひとまず作業を与えてやろう。何だそれはと聞いた。
転校生は女子ではなかったか、風子から聞いたのは、遥と弥生という双子がきたということだ。御執心とは、まるで、男子…、男子なのか!
蓮二は、遥は男だと言った。男子だったとは…。風子は言っていなかった気がするのだが。
「弥生が目敏く気付いたが、風子は気付いていない。眼中には、ないな」
カチリと万年筆の蓋を閉めた。幸村が遊ばぬように筆箱にしまった。以前、出しっ放しにしていた万年筆を幸村が遊んでいたな
しかし、思うのは風子のクラスの転校生だ。
「弦一郎、安心しろ。風子は、弦一郎しか見ていないよ。この前の表彰式で、西島先輩が派手に転んだが気付いていなかった。聞けば、弦一郎の背中は大きいね、と」
蓮二がまくし立てると、仁王と丸井がニヤニヤしていたた。柳生に至ってはは、可愛らしですねだと。
「そ、うか」
俺が返した言葉はそれだけだった。だが、単純に嬉しいと思えた。それが分かったらしい幸村と蓮二はニヤニヤしていたが。
風子に対する気持ちが大きくなっていると思う。海原祭の準備で、昼もまだ新学期に入ってからは一緒に食べられていない。
その上、帰りも先に帰ってもらっている。だからこそ、最近の風子を知らないことが歯痒い。
「メール、すれば?」
幸村は、三年生がやるための演劇のシナリオを書いては、読んで、消している。おざなりに言ってはいるが、幸村なりの後押しだろうな。
「あぁ、してみよう」
暫くメールが出来ていなかったことも、悔やまれた。もっと早くにメールをすれば、良かったなと。
このあと、仁王と丸井のちょっかいに制裁をと思ったが、仁王は逃亡した。だが、仁王は絵文字のアドバイスをくれたので見逃してやるか。
その夜、俺はメールを送った。
絵文字を使うのは慣れないと言えば、無理しなくて良いと言われた。
気が楽だ。クラスの女子とは違う気がする。あまり喋らない俺が、そう思うのはおかしいだろうか。
だが、風子からの出し物には行くねというメールは素直に嬉しいと言おう。
受付係の男子の場合
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