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海原祭当日、空き教室でのショートムービーの上映担当を終えると風子はすぐさま鞄を取りに教室に戻った。

「え?古本市だけど」

風子がほくほくと貯めたお小遣を手に、教室を出ようとしていたところを捕まえた乃里子はそう、とだけ答えた。

「私も途中まで行くわ」

吹奏楽部の発表の為に、サックスを抱えている乃里子。

部活がメインとなる一日目は、てんやわんやだ。走り回る生徒も多く、そこかしこに色彩豊かなポスターが貼られている。

吹奏楽部の演奏のために体育館に向かう乃里子と別れ、風子は古本市の開かれている場所に急いだ。

「あっ!やぎゅーくん!」

風子は、図書委員会のイベント古本市に向かう柳生を見つけた。

「びっくりしましたよ」

口ではそう言っても風子の行動には、慣れたらしい。

「私もね、買いにきちゃった」

「私もですよ、風子さん」

図書委員会の開いた古本市は、リサイクルを目的としたもの。増刷されたものや、余剰している分など入れ換えされた本を売り出している。売上の取り分は、委員会にある。

「テニス部の模擬店にもいらして下さい。有志で縁日を兼ねているので、皆さん浴衣姿ですよ」

風子は言われてから、そういえば真田くんも言ってたっけと思い出した。

「勿論、行くよ!柳生くんも?」

「えぇ」

後で顔を出すね、と約束をした風子は柳生と別れた。

そして、本好きの生徒による、本好きの生徒の為の、本好きの戦に飛び込んだ。

(よっこいしょっと…
去年の倍だなぁ)

やっとこさ抜け出した風子の両手には、大きな紙袋が二つ。口からも本が見えている。

「まさか、あのシリーズが出てるとは」

好きで堪らないファンタジー小説のシリーズが、ハードカバーで全巻出ていたのだ。

人気あるのにと不思議に思い、顔見知りの図書委員に聞けば、数を増やすからと。要は、入れ換えだ。

「綺麗だからって…つい」

風子は、紙袋を何とか自分の教室に運び込むと、紙袋に大きく風子!と書いた。

教室には、帰宅部に属する生徒や様子を見計らって模擬店に行こうとするものがそれなりにいる。

若しくは、部に貢献するための作戦会議を開いていたりと。廊下だけでなく、教室も騒がしい。

風子は教室を出て、先に大崎のいるサッカー部に顔を出した。そこには、遥がいた。手には戦利品が溢れ、大崎がむくれていた。

「やぁ、風子ちゃん!プーレゼント」

差し出されたお菓子を受け取る風子は大崎にどうしたの、と尋ねた。

「ストラックアウト、やられた」

うぅ、と呻き、見てと言われて見れば、綺麗に抜かれた枠が三つ。

あまりの不憫さに風子は、お疲れとしか言えなかった。

「へぇ、風子ちゃん、テニス部んとこに行くの?着いてく!」

良いよね、と自分より背の高い遥に首を傾げられた風子は、良いよと頷いた。

後ろで大崎が、知らねーぞと恐怖に怯えていたことは、知らない。

(柳くんの権力かな?)

海林館の中でも、人の集めやすいエントランス横のホールというの立地条件が最高の場所で、テニス部はクレープ屋と簡単な縁日を開いていた。

(甘い匂いだ…
食べようかなぁ)

風子がよくよく見ると、本体のクレープ屋に限らずヨーヨー釣りや輪投げは長蛇の列。ほぼ、女子だった。

「来てくれたんかい」

ひょこっと顔を見せてきたのは、仁王だった。濃紺に薄灰色の帯を巻いた仁王は、疲れたと手をひらひらさせた。

「盛況で何よりだねぇ」

「風子ちゃんは何にするんじゃ」

列では既に食べたい種類を選ばせているらしく、赤也や栗田も一生懸命に注文をチェックしていた。

「それじゃぁ…チョコバナナクリーム!これ食べたら、チョコバナナ買わなくて済むんだよね」

うへへと笑う風子に、ちゃっかりもんじゃと仁王は、チョコバナナクリームとチェックした。

「俺も一緒ね」

(ほぉ、こいつが転校生の佐古木遥じゃの
厄介になるんかの?)

色素の薄い髪色が、柳生を思い出させた。けれど振る舞いは正反対で、真田と揉めるなよと願った。

「ほい、これが券じゃ」

お金と引き換えに渡された券には、達筆な字でチョコバナナクリームと書かれていた。

「風子さん、いらっしゃい」

少し前に聞いた声の主に風子は、来たよと手を振った。

濃紫に深緑という大人びた色合いの浴衣を着た柳生が、チラシを手渡してきた。

「佐古木くんも宜しければ。午後の部の最後にテニス部の三年生と一部一年生による演劇があるんです。で、幸村くんが総指揮を執りまして」

クスクス笑う柳生に、仁王は恐ろしいと呟いた。

「恐ろしいって?」

よくぞ聞いたとばかりに仁王が風子の肩を掴み、揺らした。仁王の目には、涙が浮かんでいる、ように見えた。

「男女逆転劇で童話のパロディなんじゃ…!恐ろしくて練習も見ていられんかったきに」

あうあう泣き出した仁王に風子は、驚いた。
(あの仁王くんも泣き出す代物、絶対に見なくちゃ!)

普段の仁王ならば、してやったりと客寄せの為に誇大広告塔を買って出るが、今回ばかりは本音。仁王の本音を知る柳生は、笑いが止まらなかった。

「君は、チラシ配りだけ?」

わしゃわしゃと自分の髪を弄る遥。柳生は、もう少ししたら縁日に移りますよと答えた。

風子が握っていた券は、少し皺くちゃになった。

「字は真田くんが書いたんですよ」

チラシ片手に列と同じように移動すら柳生。風子は、まじまじとそれを見つめた。

(欲しいなぁ
真田くんの字か…
渡すのもったいないかも)

券を睨み、唸る風子。柳生は、クスクス笑い出した。風子は、柳生くんにしては珍しいと思った。

「お!風子ちゃん!来てくれたんだなっ」

丸井は、鈍い赤の浴衣に割烹着と三角巾を着けている。そして、くるくるとトンボを器用に回して、クレープを焼く。

丸井くんの噂は本当なんだね、と風子は言った。

「お菓子作るのは上手ですよ」

既に職務放棄と言いたくなる柳生が、丸井を褒めた。

「柳くんは?」

「第一声がそれかよぃ?柳は、今奥で休んでるぜぃ」

忙しいもんねと風子は丸井の手元を見ていた。

「暫くしたらよ、メンバー総入れ換えだから真田、呼ぶか?」

丸井は風子の返事を待たずに、後ろで作業をする真田を呼んだ。

「む、風子か」

久しぶりに聞いた真田の声。ぎゅぅと胸がつまった。みるみるうちに自分の体温が上がるのも、分かった。

「券を。チョコバナナクリームだな。少し、待っていろ」

尊大な物言いも風子にかかれば、男らしいの一言。

丸井は、真田を見つめる風子に目を覚ませ、あの真田だぞと言ってやりたい。

が、お祭り騒ぎで鉄拳制裁は遠慮したいので、ひたすらクレープ生地を焼いた。

「俺もチョコバナナクリームね」

幸村より少し低いくらいの声の主。遥は、風子の肩から券を出した。

「真田、こいつもだぜぃ」

「あぁ」

真田がトッピングし終えたクレープを風子に渡すと、丸井が誰だと尋ねた。

「佐古木遥くんだよ」

真田は聞き覚えのある名前に、目を剥いた。

柔らかな印象を与える遥は、幸村と同じ雰囲気を持つ。丸井や柳生は、真田の反応を楽しんでいた。

「よろしくねー」

風子は、サッカー部での出来事を真田に話しているが、耳に入っていない。聞いているのは、丸井だ。

つっかえてはならないと横に外れた遥と風子。遥は瞬時に女子に囲まれた。転校生で整った顔で、人懐っこい性格は注目の的だ。

「モテモテだ」

風子と赤也の声が重なった。

「ね、風子先輩!あの人が風子せんぷぁっ」

赤也が言い切る前に、柳が赤也の口をクレープで塞いだ。

「交代だ、俺もまともな休憩が欲しい」

柳は、遥に別行動をすると告げた。輪から抜けられない遥は、クリームを頬に付けたまま手を振る。人の流れの激しい場所から、特別にと風子が入ったのは休憩室。そこには真田がいた。

改めて真田を見ると、濃紺に黒の幾何学があしらわれた浴衣に黒と灰の混じった帯を身につけている。

(かっこいい!
凄く、似合うっ!)

ぽかんと口を開けた風子に、真田は似合わないのだろうかと不安になった。

(佐古木だとかいう…
不安ばかりではないかっ)

真田は、似合わんかと聞いた。

「似合うよ!自前?」

「あぁ、柳と柳生と仁王もな」

「食べないとクリームが垂れるぞ」

風子の手に握られたクレープは、緩み始めていた。

「食べるの勿体ないなぁ…真田くんがくれたから」

多少の語弊はあるが、そう言われた真田は、馬鹿者と呟いた。

んぐんぐと頬張る風子の頬には、チョコが着いている。

「あの券、真田くんが書いたんだって?」

「あぁ、チョコが付いている」

「余ってたら、記念に欲しいなっ!とれた?」

風子の申し出に驚いた真田。風子にはティッシュを手渡したが、なかなか取れない風子に代わり、拭き取る。

風子のふっくらとした頬に触れた真田は、益々自分でも分からない感情に支配された。

真田くん、と自分を見る風子に取れたと言い、視線を逸らした。

「確か余分がある。やろう」

やったぁと目の前で喜ぶ風子。風子が、自分が書いたというだけで券が欲しいと言った。真田は、可愛らしいなと柄にもなく思った自分が恥ずかしかった。

このあと、二人は他のテニス部の面々と体育館に向かった。

乃里子は吹奏楽部として参加し、丸井が驚いていた。

サッカー部の演劇の後、テニス部も演劇をした。出ている部員も人気があるが、如何せん内容が衝撃的だった。

それも手伝い、観客のテンションも最高潮で幕を閉じた。直後に行われた演劇部が霞む程に。

隅では、テニス部の錦が演劇部の根古谷を慰めていた、赤ずきんの姿で。

「幸村くんは凄いね」

「あ、あぁ…。しかし、トラウマにならんだろうか」

真田は二年生で唯一、演劇に借り出された白雪姫のジャッカルを思った。

風子が満足ならば、ジャッカルも、報われるだろうと真田は、丸井と仁王にからかわれているジャッカルを見た。

「風子さんなら恐らく、本を取りに」

一端、教室に戻る自分に着いてきたはずの風子がいない。廊下を見渡す真田に、柳生が知らせた。

「む、なんだあれは!」

廊下で待っていると、よたよたと歩く風子。両手には、紙袋だ。時々、ずしゃっと廊下に摺る音がした。

「計画を立てぬか。たるんどるっ!」

風子は怒られているのに、笑顔で真田は張り合いをなくした。

「今日はラケットを持っておらんから、持っていこう。貸せ」

真田は、風子に両手を差し出した。流石に戸惑う風子から紙袋を掻っ攫い、行くぞと促す。

「怒ってる?」

「怒ってはおらん。風子は、甘えれば良いのだ」

風子は、前を歩く大きな背中に抱き着いた。そして、制裁にも満たないげんこつを頭に貰った。


(姉ちゃん、よく持ってこれたね)(あー、手伝ってくれた人が)(ふーん)


海原祭


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