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全国大会が終わり、真田たちテニス部は静岡から神奈川へと戻ってきた。風子は風子で、福井から土産を両手に家族で帰ってきた。
夏休みも残り一週間、風子は自分のやり終えていない課題に手をつけていた。
「数学とか…やだ!」
バチンと閉じた問題集をほったらかし、読書感想文の為に選んだ本を手にした。と、携帯が震えた。
「さっちゃんだ…、来るの?」
祥子からのメールの内容は、いたってシンプルで、課題やるから家に居て、だった。
「嘘ー!お母さーん、さっちゃんが乃里ちゃんと来るって」
派手な音をたてる風子を一喝すると、母親はお昼考えないとねと戸棚と冷蔵庫をうろうろし出した。
「え、課題違うの?」
「Dと数学が一緒なのは、AとCじゃない?」
「乃里ちゃん、来る前に言ってあげれば良かったのに」
風子は、祥子が項垂れる横でせっせと英語の空欄を埋める。
(分かりきった答え程、面倒いのに)
類似問題ばかりの問題集に飽きていた。
「幸村が、真田たちと集まるらしいよ」
祥子はいつの間に交換していたのか、幸村からのメールを二人に見せた。
テニス部組か、と乃里子は考える様子を見せる。
乃里子は、よしっと指を鳴らした。風子は指が鳴らないから、いいなぁと乃里子が鳴らす度に思う。
「テニス部組とやれば、きっとすぐに終わるわよ」
にやりと笑う乃里子は、合流しようと言い出した。
「丸井とか役に立たないからね」
祥子の辛辣な言葉に、乃里子は柳とか柳生とか、と名前を挙げた。
「真田とか幸村は?」
祥子は風子を見てニヤニヤする。
「さっちゃん!もう…!だけど、二人には終わってないことを言われそうだよ」
容易に想像がついたらしく、二人は頷いた。
「お、幸村はオッケーだとさ」
(結局、一緒にやるのか…
早いぞ、さっちゃん)
風子は、祥子の行動の早さに感心した。同時に、真田くんも来るのかなと浮足立った。
「うち、来れるかな?」
風子は、祥子に尋ねた。多分ね、とメールを打つと直ぐさま、返信がきた。
(幸村くん、早いな)
乃里子は、乃里子で風子の部屋の縫いぐるみを鑑賞し、勝手にあだ名までつけている。
「そしたら、30分ぐらいだって。ていうか、何で家が分かるの?」
「え、真田くんが知ってるからじゃないかな」
「あの、真田くんに送らせるとは…風子やるわね」
乃里子に今しがた名付けられた白熊は、乃里子に抱きしめられている。
挙げ句、ねぇ太郎と言い出した。
そこに風子の母親が麦茶を手にやってきた。
「お昼はお素麺がやたらとあったから、良いかしら?」
時刻は11時。
「あのさ、男子が来るんだけど良い?」
風子は、恐る恐る母親の顔色を窺った。
「構わないわよ。颯太が言ってたテニス部の子たち?」
思わぬ返事に、まぁと答えると用意しなくちゃと鼻歌混じりに部屋を出ていった。
祥子は、ふと疑問が浮かんだ。親は知っているのだろうかと。
「ね、お母さんたちは知ってるの?」
乃里子も同じだったらしく、風子に尋ねた。
「言ってないよ、恥ずかしいもん」
ごまかすように麦茶を口にする風子を見た二人は、時間の問題かもねと声を合わせた。
「風子のじゃない?」
振動した携帯の表示には、真田弦一郎の名前。風子は、何事かとメールを開いた。
「あ、そっか…」
風子は、真田がマンションの場所しか知らないことに気付いた。風子の住むマンションは、オートロックの為インターホンを二回使わなくてはならなかったりと面倒なのだ。
「下、行ってくるね」
チリンと鈴を付けた鍵を手に、部屋を出た。
「おもしろそー」
ククッと笑う祥子に乃里子は、そうねと。
ふわりふわりと揺れたカーテン同時に、金魚の風鈴が音をたてた。
来るの?
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