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ピピピッ…ピピピッ…ピピピピーッ
アラーム音が大きくなるに連れて近付く足音。風子は、もぞもぞと上掛けを外した。
「風子、起きなさいよ!準備したら、行くから」
「あーい」
静かに首を回す扇風機を止め、風子は時計を見た。時刻、7時30分。
(真田くん、起きてるよね)
今日はテニス部が全国大会で、試合をする日。凡、五日間で行われる。今年は静岡県らしく、テニス部は既に会場近くに宿泊している。
行きたかったなと風子は思ったが、やはり中学生が遠出をするには難しいものがある。加えて、風子の祖父母宅に行くことが決まっており、今日から福井だ。
「姉ちゃん、テニス部凄いんだな!」
もそもそとトーストを頬張る風子の横で弟の颯太が、校内新聞を読んでいた。
「凄いよねぇ。この人たち、知り合いなんだよ」
一面を飾るテニス部の集合写真に写るのは、三強と呼ばれる三人と三年生レギュラーだ。
練習風景を写したものには、柳生や仁王たちも写っていた。
「ほら、お父さんも起きて!お義父に怒られるわよ」
せき立てられて出て来た父親は、開ききらない目を擦り、颯太に新聞を要求する。
「お前もこういうのを読むようになったか」
ははっと笑う父に颯太は、凄いだろうと腰に手を当てた。
「ほう、風子の知り合いか。母さん、コーヒー」
既に飲みきったマグカップを置き、新聞の代わりに校内新聞を広げた。
何故か颯太が嬉しそうに話す様子を見て、風子は汚さないで欲しいと呟いた。
「どうぞ」
受け取ったコーヒーを口にし、父親はジッと読む。
「風子、まさかとは言わんが…。彼氏がいるとは言わんだろうな」
目を凝らすのが疲れたらしく、眼鏡をかけ、顔をあげた。
(な…!言えない、言えないよ!)
慌てる風子を尻目に、風子に限ってそれは無いと言いきった。
(複雑だ…)
風子の気持ちなど知らない父親は、何処の馬の骨とも知れん奴にはやらんとも母親に力説した。
「風子に限ってとか言ってる割に、心配して…。早く、支度して下さい」
風子は、多少トーストの粉が付いた新聞を持ち、着替えようと部屋に戻った。
「行くわよー」
「はーい」
(試合、頑張ってね
応援してるから!
皆によろしく!
真田くんも、怪我には気をつけてね、と…)
送信画面が消えると、風子はパチリと携帯を閉じた。
空は青く、雲一つ無い。使い慣れた携帯をしまい、カーテンを閉める。
「颯太ー」
未だ持っていくお菓子を悩む弟を呼んだ。
時刻、8時30分。マナーモードにしている携帯が震えた。家族か、と開けば見慣れた女子の名前。
「真田、仁王たち知らないかな?俺が言われるんだよな」
(全く!あいつらは!)
「メール、良かったの?」
幸村は開かれたままの携帯を指差した。
「あぁ、風子からだ。皆によろしくと」
(む、気合いを入れねば!)
携帯をテニスバッグにしまい、真田は帽子を被る。陽射しが強く、目深にしようと鍔を下げた。
「いましたよ」
柳生が仁王と丸井を引きずる。
「時間だね」
「弦一郎、行くぞ」
「快晴、雲一つ無い空だな」
真田は表情を引き締め、相変わらず微笑んでいる幸村と丸井を捕まえた柳の隣に並んだ。
(これで良いだろうか)(弦一郎らしくて良いと思うな)(真田、仁王がいないんだけどさぁ…)(今、行く)
(凄い!三人とも勝ってるんだ)(姉ちゃん、誰が誰?)(綺麗な顔でヘアバンドをしてるのが幸村くんね)(じゃ、細い目の人は?)(柳くんで。この人が真田くん)(へぇー)
(柳くん、写メありがとう)(偶にはな)
快晴、
雲一つ無い空
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