25
「風子」
聞き慣れたソプラノに振り返ると、祥子と乃里子が、やほぅと手を振る。
「他の文芸部は?」
祥子は小声でキョロリと室内を見渡した。
「部員は、三年生と私だけだよ」
風子は、大変みたいと苦笑した。
風子は、乃里子と祥子にカウンターの奥にある司書室を案内した。
司書教諭の笹川から御自由にと渡された鍵で、司書室に入る。
教諭机が二組向かい合わせに置かれ、奥には長机が一つとパイプ椅子が五脚並ぶ。
キィイと高い音をたてたパイプ椅子に座り直した祥子は、さて、と風子と乃里子を見た。
「私、謝らなくちゃいけないの。実は、真田くんと付き合ってて」
風子は下を向いたまま、小さな声で告白。
祥子は、良かったんじゃないのと笑った。
乃里子は、そんなので怒らないわよと切れ長の目を垂れさせた。
「だ、けど…自信がないんだ。真田くんがお互いを知りながら付き合うことになるって」
「だから、それは…私も真田くんのことを全然知らないからで」
「うん」
祥子は長机のカッター傷に指を滑らせ、俯いたままの風子を見つめた。
「真田くんはね、テニスが好きで強くてね。厳しいけど、話も聞いてくれるんだ。質問もしてくれる」
少しばかり声に張りが出て、祥子は真田がねぇ、と苦笑した。
「頭も良くて。皆に、信頼され、てる」
確かにと乃里子は、足を組み直して両手を合わせた。
「そしたら、吹田さんに釣り合わないって言われて。だから…」
風子はそこまで話すと、鞄から取り出したタンブラーの中身を含んだ。
パタンとたまに聞こえる扉の音とカウンターの女子の声がする図書室。その奥の司書室で三人は、ただ座っていた。
口を開いたのは乃里子で、祥子はやられたと口を尖らせた。
「でもさ、真田は吹田さんと同じクラスで出来る子って知ってるけどさ。真田が吹田さんのことを好きとかはない訳よ」
祥子が、それにと続けた。
「真田はさ、好きな子がいたら断るようなやつだよ」
「うん…。ありがと」
風子はお気に入りのタンブラーを手の平でしっかりと包んだ。
結局三人は部活動終了時刻まで司書室で話しこんだ。
その頃真田は部活を終え、三年生と入れ代わりに更衣をしていた。
隣で幸村が栗田とちょっかいを出し合っているのを、やめさせ先に着替えるように促した。
普段と変わらない様子でラケットを握っていた真田だが、幸村は何かに気付いたようで、敢えて柳生に耳打ちした。
確かに、と柳生も不思議に思っていたことをどうしたのかと真田に声をかけた。
「風子さんの様子?どうでしょうか、確かに元気はないようですが」
質問を返されたのは、柳生だった。真田は柳生に、風子の様子を尋ねてきたのだ。
(俺の勘違い、ではないということか)
うむ、と考え込む真田に柳生は変わりましたねと思った。
(風子さんとは、良い関係を築けているようですね)
そして、今日教室から出る時のことを思い出した。
柳生が荷物を持ち、真田のそばで待っていると吹田がやってきた。
別段、珍しいことではなく柳生は、ただ待っていた。
「真田くん、あのさ…」
吹田は聞きたいことがある、と言った。
「何だ?」
「真田くんて、良稚さんと付き合ってる?」
柳生は耳を疑い、真田は固まった。このままでは、と柳生は真田の肩を叩いた。聞こえていたクラスメートは、耳をそばだてている。
それに気付いた柳生は真田の様子を窺ったが、真田は周りを気にすることなく、そうだと答えた。
「どうして?」
「どうしてと言われてもだな…」
「吹田さん、真田くんにこういった手合いの話は」
この時、真相を知りたいクラスメートは柳生のバカと心の中で口を揃えた。
「すまんな、柳生」
構いませんよ、と眼鏡を押し上げる柳生に真田は、なぁと疑問をぶつけた。
「何故と聞かれて、答えられなかった。駄目なのだろうか」
「分かりません」
そうか、と厳しい目付きになる真田に、ただと続けた。
「真田くんは楽しそうにお見受けしますよ」
これには面食らったようで、珍しく顔を赤くして小さく、たるんどると呟いた。
柳生は嫌な予感がした。その時、柳が振り向き小さく、そうかと呟いた。
真田は部室を走り回る丸井と栗田を捕まえ、説教に勤しみ始めた。
「柳くん?」
「いや、風子の様子がおかしいのだよ」
「元気がないと」
「概要は掴めた。暫くは様子を見るよ」
柳生は髪を簡単に調え、後ろで怒声を放つ友人を心配した。
「柳、明日は俺もお昼良いかな?」
「幸村、ずるいぞ!俺もっ」
「栗田っ!逃げるなっ!一年が更衣をするのが遅くなるだろうっ」
ヒィッと肩を竦めた栗田に分かったと投げやりに返事をした柳は、異性の友人を案じた。
告白する
prev//next