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前を歩く柳を風子は、ねぇと捕まえた。

「弦一郎のメール内容は分からないが。弦一郎の元へ行け」

風子は柳に後押しされ、緊張のまま真田の元へ走った。

「真田くんっ!あのっ…」

テニスバッグにしがみつく様に手を伸ばしたが、風子の手が触れる前に、真田は振り返った。

隣にいた柳生は、近付いてきた丸井を遮る。

(柳生くん、ありがと!)

緊張し過ぎて不自然に固まった顔を解すように、もう一度真田くんと言った。

「あぁ、女子一人で帰宅するのは危ないからな。それに、付き合うということは一緒に帰るということだろう」

幸村が言っていたと、真面目な顔で言うので風子も拍子抜けした。

お礼を言わなくちゃと風子が、口をぱくぱくさせている間にジャッカルと丸井の二人は別れていた。

寄るところがあるから、と残りの四人も途中で別れ、残された真田と風子は、ぽつりぽつりと話し出した。

「本当は文芸部だと知っていた」

風子は、昼休みの会話を思い出した。

(もしかして柳くん?)

「知ってもらえてたんだねー」

思わず、手を合わせた。

「む、それとだな」

何かを言い澱む真田に、風子は何、と聞いた。

「俺も、名前で呼んで良いだろうか」

風子は、息が止まるかと思った。

それは嬉しさもあったが、何より言葉とは裏腹に有無を言わせない表情の真田が目の前にいるからだ。

(何だか、よく分かんない…)

ただ、言わねばならないこと、聞かねばならないことがあるのは確かで。

「誰かに、そう言われたの?」

(誰かにそう言われてなんてイヤ
真田くんが、そう思ってくれたなら嬉しい
だけど、そうじゃないなら)

呼ばれて嬉しいのは事実でも、真田に意思がないのなら、と考えると複雑になる。

風子は、歩みを止めた真田を恐る恐る見上げた。

すると、真田は風子が見たことのない表情をしていた。

「お、こって、る?」

「怒ってはいない。だが、分からん。確かに、あながち間違ってはおらん。だが、他の女子を名で呼びたいとは思わない。嫌だったか?」

(分かっているのかな、真田くん)

真田の一言が風子の息の根を、止めかけたことを。

風子は、真田が自分の言っている言葉が女子を揺さぶるのに十分だと知ったら、と考えると恐ろしいなぁと思った。

けれど、眼前の真田はそんな様子をこれっぽっちも見せない。

素なら素で、心臓に悪いよと手提げを握り直した。

「嬉しい、凄く嬉しいよ」

風子は、えへへと笑った。

(なっ…!落ち着け、落ち着くんだ)

真田は風子が普段見せる顔を見せたことが、こんなにも嬉しいことで、優越感がほろりと出て来たことに驚いた。

もっと、知りたい、と。

二度目の公園前、風子は真田のブレザーを引っ張った。

「どうした?」

「実は、私も左なの」

風子が示したのは、真田の帰路。

以前は、と真田は風子に聞いた。

「恥ずかしかったし、真田くん早く帰りたいみたいだったから」

風子の言葉に、あの日の自分を思い出した。

(確かに)

「だが、早く帰りたいとは」

(そんなに表情に出ていただろうか)

風子は、足早だったからと答えた。

今日は話しながら歩いていたためか、真田は風子の一歩先を歩いていただけで。あの日は、もっとだった。

真田は、気付いた。自分の歩幅では、風子が早歩きにならざるを得ないことに。

風子が遠回しに伝えているとは思えず、実際風子の本題は右か左かだ。

「送ろう」

考えるより先に、言葉が出た。

「ありがとう」


(風子、の家は何処だ?)(うひゃぁ!っとあのマンション)(そうか)(ん)(また、明日)(うん…えっ)(どうした?)(ううん!)


呼ぶ、呼びたい
呼ばれたい、呼んだ



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