15
よし、行くかと真田は母親の手作り弁当を抱え、拳を握った。
(何をしているのやら)
柳生は真田の隣で、ハァと小さく息を吐いた。
そして見つかると面倒だからと、柳の言い付け通りに丸井がいないか辺りに気を配った。
F組の中を見れば、授業終わりの昼休みだからか、忙しなく動く者が多く、風子は、柳の傍でおろおろとしていた。
「どうしたものか」
風子に勝るとも劣らずとも、真田も挙動不審だった。
過程を真田から聞いていた柳生は、呼びましょうと柳を呼んだ。
「あぁ、来ると良い」
蓮二は隠れようとする風子の首根っこを掴み、前に引き出した。
「大崎、机を借りるぞ」
柳は机を四つ向かい合わせにし、風子の隣に座った。
風子は向かいに座った真田を緊張のあまり見られず、下を向く。
(やばい、やばい!
すごい緊張、してる…)
(おやおや…)
柳生はそんな風子の為に、話を振った。
「宜しければ、お名前を。人づてに聞いているだけですからね」
ふんわりと笑った柳生に風子は落ち着き、名乗った。
「風子、よそ見をするな」
柳は、風子の水筒代わりのタンブラーを奥に押しやった。
「柳くんは、名前で?」
「あぁ。精市も下の名で呼ぶそうだ」
「それならば、私も風子さんとお呼びしても?」
風子は、柳と同じ若しくはそれ以上に丁寧な申し出に驚いた。
「好きに呼んで!」
摘んだ卵焼きが、箸から弁当箱にとんぼ返りをした。
柳と柳生が話し始めると、風子がそわそわし出した。
何を聞こうかとチラチラと柳を見るが、一切スルーをした。
(柳くんのばかァ)
すると、真田が顔を上げた。
「誕生日はいつだ?」
真田は、摘みかけた唐揚げをやめて、卵焼きを取った。
(ほぅ)
(柳くんが楽しそうですね)
「4月9日なの。だから、もう14歳なんだ」
真田から話しかけてもらえたことが嬉しく、頬が熱いのも、手が震えるのもどうでも良かった。
「そうか。部活は何をしている?」
「文芸部だよ。最近は木曜以外、図書室にいるよ」
「そうか」
ぶつ切れではあるが、風子は真田からの問い掛けが嬉しいのか終始、頬が緩んでいた。
風子が風子なりに、至福に浸っているとドンと肩に人の重み。
「おいー、真田と風子はいつ知り合ったんだよー?」
真田は、風子の肩にのしかかる男を見た。
(朝のは大崎だったか)
「大崎、ネクタイが緩み過ぎだ。たるんどるっ!」
「今日は俺に用があったんだ」
思わず大崎を注意した真田を、柳がフォローした。
「そっか」
大崎はそれで満足だったのか、踵を返した。
「大崎も名前で呼んでいるのだな」
「ん、うん」
そうかと言うと、黙った真田に風子は何故か声をかけられなかった。
「風子、次は移動だ」
柳は未だ、もごもごと口を動かす風子を促した。
「ん、待って」
「いつも遅いのか?」
真田は綺麗に包み直した弁当箱を巾着に入れ、口を縛った。
「そんなことないんだけどね」
(真田くんに緊張してるからなんて、絶対に言えない!)
最後のプチトマトを食べ、手を合わせた。
机を直し、柳生が柳を連れ立って先に廊下に出た。
「真田くん?」
風子は真田が、風子の後ろにいることを不思議に思った。
柳や柳生と共に、廊下に出たと思っていたからだ。
騒がしい教室の中、真田くんの周りだけが静かだな、と風子は机の中から教科書を取り出した。
「俺は、メールが苦手だ。今日のように話す方が良い」
真田は、自分の知らない風子を目の当たりにして、もっと風子を知りたいと思った。
「あ、ありがとう…?」
「何故、首を傾げる。また、来ても良いか?」
真っ直ぐに自分を見る真田、周りの音が全く耳に入ってこなかった。
「よ、喜んで!」
胸に抱いた教科書をぎゅうっと抱きしめ、風子は真田を見上げた。
「そんなに意気込むでない」
風子の勢いに驚き、真田は苦笑した。
真田と一年で同じクラスだった者は、目を見開いた。
(あの真田が、笑ってる)(勝者の意味じゃなくて…)(女子相手に!)
笑みが例え苦笑だろうと、崩して笑わない真田を知る者は驚いた。
「今日はありがとうっ」
風子は、廊下で柳生と真田に礼を言うと、先に歩き始めた柳を追いかけた。
「真田くん、廊下を走ってますよ」
「む、たるんどるっ!良稚風子、廊下を走るなっ」
風子は、肩を震わせて振り向いた。
後ろには、笑う柳生と少し顔を顰めた真田がまだいた。
いひひっと笑うと早足で柳を追った。
「真田くんに怒られちゃったと風子は言う」
教科書を右手で抱え、左手で頬を抑え、妙な笑い声を出す風子に柳は、データが取れたなとほくそ笑んだ。
そして、友人の進歩に尚良いと呟いた。
(なぁ、真田ってあんな風に笑うのか?)(私、始めて見たよ)(風子、大崎、声が大きい)((はーい))(柳くん、ありがとう)(良かったな)(うん)
彼女を知る
彼を知る
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