08



「俺も行こう。柳生に用があるからな」

柳は弁当の包みを仕舞い、机の片付けを友人に頼む。柳の様子に、まだ何も知らない友人たちは何かやらかしたのかと興味津々。

朝の相談を実行するために風子は、ポケットに仕舞った携帯を確認する。

「いざっ!」

「走るな、弦一郎に怒鳴られるぞ」

そう言ったにも関わらず、へらりと笑う風子にどうしたと尋ねた柳。

「怒鳴られてみたい、あの声で」

ニヤニヤする友人に、そういう思考もあったなと自分の迂闊さを呪った。

騒がしい廊下を通り、風子と柳はA組に向かう。

途中、留学生のジャッカルが目をひんむいていたが柳は無視した。

風子に至っては、真田に会えるからとスキップをしていた。

しかし風子はA組の前に立った途端、借りてきた猫のように大人しくなった。

「真田くん嫌じゃないかな、呼ばれるの?」

ぐいぐいとブレザーを引っ張る風子の手を剥がし、待っていろと柳生を出入口から呼んだ。

「おや、どうしましたか」

(あ、この前廊下にいた…テニス部か)

自分を柳の後ろから覗く風子に、柳生は真田くんですかと聞いた。

(あ、や…や、なぎくんっ!)

再度ブレザーを引っ張る風子に、分かったから待てと抑えた。

「こういう訳だ。弦一郎を呼んでくれないか」

「分かりました、真田くん!」

見た目に反して大きな声で友人を呼ぶ柳生に柳は、珍しいなとニヤリと笑った。

「所詮、中学生ですから」

くつりと笑い様は仁王に似ているなと柳は思った。

一方の真田は、珍しい柳生の声の大きさに何事かと出入口を見た。

(蓮二か)

「そんな声を出すな、分かる」

「真田くんに言われたくありませんね」

「同感だ」

仲が良いんだなぁと風子は緊張を忘れ、柳の後ろで暢気にしていた。が、ちらちらと自分たちを見ようとする真田のクラスメイトから隠れた。

「出てこい」

「おや、良稚さんではありませんか」

「あはっ…さ、真田くん、アドレス教えて?」

柳生はくすりと笑うと、真田を前に押し出した。

風子は真田を見上げ、駄目かなと付け足した。

(やっぱり無理かな)

「構わん。蓮二に聞くと良い」

真田は腕組みをしたまま、顔を背けた。

(無理してるのかな)

ちょいちょいと肩を叩く柳に風子は訴えた。
柳の思惑は別にあり、真田の耳が赤いことを風子に伝えたかったのだが、風子は困っていた。

(仕方あるまい)

「弦一郎が良いと言うのは、珍しい。後で送ってやろう。風子のアドレスをな」

え、と目をぱちぱちさせる風子とは反対に、真田はぐわりと目を見開いていた。

「蓮二!」

「何だ、構わないだろう」

スッと柳が開眼しかけ、
初めて見るやり取りに風子は置いてきぼりだ。

柳生は柳生で楽しそうにしている。

「分かった。部活が終わってから送ろう」

恥ずかしさとないまぜになっている自分の好奇心に、真田はどうしたものかと心の中で大きく息を吐いた。

真田の心中を知らない風子は、意味のなかった携帯の存在を忘れ、今日は絶対に真田からメールが来るという事実で頭がいっぱいになっていた。

(やったぁ!真田くんのアドレス!)

嬉しそうに笑う風子に柳生は幸村ではないが、何故に真田なのかと首を捻った。

「風子、行くぞ」

「ありがとう」

柳に連れられていく風子の後ろ姿を真田は見送らなかった。

(恥ずかしくて仕方がないっ!)

「たるんどるっ!」

その夜、風子は真田から送られた宜しくという旨のメールを見てにやけていた。

それを見た弟に気持ち悪がられるが、なんのその。

『真田くん』というメールフォルダを新しく作った。


(姉ちゃん、変)(いいのっ)(男が寄ってこないぞ)(ふんっ)(やっぱり変だ)


メールアドレス戦線


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