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素晴らしき世界


学校が終わると級友たちへの挨拶もそこそこに、俺は急いでバイト先へと向かう。

「高校生なのにそんなに働いて楽しいのかよ」

と、幼なじみに言われたが、これが実に楽しい。勿論、友達とわいわいばかなことしたり、家で漫画読んだりするのだって楽しいのだが、暇な時間を現金に換算出来るアルバイトと言う行為が俺は好きだった。
自分で言うのもなんだが、俺は結構要領が良い。愛想も悪くないし、学生のアルバイトでよくある接客業なんて言うのは、俺にとって天職なんじゃないかとさえ思うのだ。
友人たちは俺が何か欲しいものがあってバイトに精を出していると思っている様だったが、なんてことない、俺はアルバイト自体を楽しんでいた。みんなが部活に励むのとなんら変わらない。
俺のバイト先は駅前の全国的に店舗を展開しているファミレスだ。立地柄、他の店舗に比べると繁盛しており、昼夜問わずお客さんが絶えることはないが、オフィス街が近い為土日よりも平日の方が忙しかった。
昼時になるとスーツ姿のサラリーマンで席は埋め尽くされ、夜は夜で疲れ切った顔のおじさんたちが二三人で連れだってやってくる。居酒屋に行けばいいのに、とも思うがこんなご時世だ、経済的な理由もあるのだろう。もしかしたら、軽く晩御飯を済ませて残っている仕事を終わらせるために社に戻るのかもしれない。

「おはよーございまーす!」

なんでバイト先って昼でも夜でも挨拶が「おはようございます」なんだろう、とか考えながら学校の制服からフロアの制服に着替える。
学校の制服がブレザーだから、フロアの制服である黒いズボンを履くとなんだか身が引き締まる感じがする。鏡の前でにかーっと笑ってからフロアに出るのが、日課であった。

(あ、あの人また来てる)

いっらしゃいませ! と言いながらフロアに出て、まず店内をぐるりと見回すとその人がすぐに目に入った。
窓際の喫煙席に一人で座り、ノートパソコンの液晶画面を眉間に皺を寄せながら見詰めている。見れば、机上の灰皿は吸殻でいっぱいだった。
すぐに替えの灰皿を用意して、その人の席へと近づいた。

「失礼します。灰皿お取り替えします」
「ああ、ありがとうございます」

そう言ってきちんと俺の目を見て笑いながらお礼を言ってくれる。さっきまでのしかめっ面とはえらい違いだ。
20代半ばくらいだろうか。顔立ちは幼く、最初は新入社員かとも思ったが、表情やら会話の雰囲気から見るともう少し上なのかもしれない。線は細めで、目も合わせてくれないお客さんが多い中できちんと対応してくれるなど、人当たりの良さしか見当たらないのだが、一度店の入り口で電話しているのをたまたま聞いてしまった時は案外口が悪かった。あんた、とか、いい加減仕事しろよ、とか言ってた気がする。会話の内容から察するに、恐らくは相手は後輩で、するとやはり彼は新入社員ではないのだろう。
まぁ、童顔についてはあまり人のことは言えないのだが。
いつもコーヒーを注文する彼は、夕方くらいにこの店にくることが多かった。帰り際の学生やちらほらと会社員の姿も見えるが、比較的客入りが穏やかな時間帯だ。平均して30分から一時間ほど、長い時で二時間くらいしかめっ面でPCと向き合っている時もある。あの吸い殻の堪り具合からいって、恐らく今日は一時間以上は睨みあいを続けているのだろう。
見るとコーヒーもだいぶ減っている。きっともう冷めきってしまっている。

「今コーヒーもお持ちします」
「いえ、もうそろそろ社に戻るので」
「あ、ではお会計します」

腕時計を見ながら彼は机上を片付けて立ち上がる。
咄嗟に伝票を持っていこうと手を伸ばしたら、同じく伝票に手を伸ばした彼に手を掴まれてしまった。反射的に彼の顔を見上げると彼もこちらを見ていて、自然と見つめ合うかたちになる。ほんの三秒ほどだが、その事実がやたら恥ずかしくて俺は慌てて手を除けた。

「す、すみません」
「あ、いえ、私こ……あ、」

お互い慌てて手をどかした拍子に、カップに三分の一ほど残っていたコーヒーを倒してしまう。白い長そでのシャツに染みを作っていくコーヒーを慌てて謝りながら慌てて拭いた。恥ずかしい、何してるんだ俺は。

「わ、す、すみません、ほんと!お客様、かかりませんでしたか?」
「私は大丈夫です、それよりあなたの制服が汚れてしまった」
「俺……じゃなくて私の不注意なので!すみません、お時間ないのに……会計は他の者にさせますので」
「いえ、こうなったのは私にも原因がありますので」

どこまで良い人なんだ、この人は。
クリーニング代を……を財布を出そうとする彼に、それは頂くわけにはいかないと必死で止める。

「貰って頂けないと私の気が済みません」
「いえ、でも本当にお客様からお金を頂く訳には」

押し問答を続けていた所為で、他のお客さんも何事かとことらを見ている。これはちょっとまずい。
厨房の奥から店長が顔を出して来たのに気付いて、財布を持つ彼の手をぎゅっと握って目を見て「頂けません」と言うと、ようやく彼も納得したのか財布を引っ込めてくれた。
ほっとしたのも束の間、彼はびっくりするようなことを言い出したのだ。

「……では、代わりと言っては何ですが、今度何か奢らせてくれませんか?」
「へ?」
「これ、私の名刺です。この番号に電話入れておいて下さい」
「え、ちょ、え」
「ああ、いけない、もう戻らないと……では、連絡お待ちしていますね」

客と従業員で、しかも男同士で何だこの展開は。
にっこりと笑うと、幼い顔が余計に幼く見える。白い肌にそばかすがある所為で、余計に人が良く見えた。人好きする笑顔で物腰は柔らかいし、物言いも穏やかで丁寧だけれど、存外に彼は頑固らしい。
握らされた名刺を手に、小さく会釈をして会計を済ませる彼の後姿を見送った。




「ううーん……」

帰宅後、俺はベッドに寝転んで件の名刺を凝視していた。

「シンドリア貿易……一流企業じゃねぇか。なんかそんな感じだよな、エリートっぽい」

ぶつぶつと独り言を言いながら名刺の文字を追いかける。
シンドリア貿易、新規事業部。なんかよくわからないが、凄そうだ。エリートの匂いがする。

「ジャーファルさんって言うんだ」

彼はうちの店の常連ではあったが、週に二、三度来るだけであくまでお客様と従業員だった。一人で来ていて、会計で領収書を書くこともなかったし、当然名前も知らなかった。
ただ、良い人そうだな、とか、笑顔が優しいな、とかそのくらいの認識しかない。
時計を見ると金曜の夜22時を回ったところ。今電話するべきか、でもあの後会社に戻ったならまだ仕事中かもしれないし、そもそもあれはこちらの落ち度なんだから電話する理由すらないんじゃないか、とか色々考えてたら頭がこんがらがってきて、意味がわからなくなってた。
もう良い、掛けろって言われたんだから掛ける! 後のことはその時考えれば良い。
勢い良く起き上がって、意を決して恐る恐る通話ボタンを押した。
2コール目で電話口から「はい、ジャーファルです」と声が聞こえてきた時は一瞬息が止まった。

「ああああのっ!お……じゃない、私、駅前のファミレスの従業員のアリババと申します!」
「ああ、こんばんは。電話、待ってました」
「こんな時間にご迷惑じゃないですか?」
「いえ、ちょうど今仕事が一段落したところなんです」

やっぱりまだ仕事してたんだ、とか、盛大に噛み倒して恥ずかしいとか考えながらも、バイト以外で滅多に会話する機会のない年上の男性との会話に緊張して、お疲れ様です、とかそんな当たり障りのない言葉しか出てこなかった。

「アリババくん、明日はバイトですか?」
「明日は、休みです」
「じゃあ、良ければ明日のお昼、お食事でもどうですか?」
「や、でも、」
「これは私の我儘なんです。ねぇアリババくん、私の昼食に付き合って下さい」
「……はい」
「良かった」

その声だけで、あの人好きのする笑顔が思い浮かんだ。
じゃあ明日の12時に駅前で、おやすみなさい、と電話は切れた。
客と従業員で、しかも男同士で何なんだこの展開は。

(てか、男相手になんでこんなに照れてるんだよ……)

意味わかんねー、と再度ベッドに寝転がって枕に顔を埋めるが、やけにうるさい心臓はなかなか静まってはくれなかった。



20111227


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