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学パロ1

授業が終わる5分前からシャーペンをペンケースに入れて教科書、ノートも閉じて、時計の針を追う作業に専念した。
隣の席で珍しく起きていたカシムが呆れたような目で俺を見てきたけど、カシムが俺に対してこの視線を投げ掛けてくるのはいつものことなので無視して、時計を凝視し続ける。

(あと3分…さっき時計見た時から1分も経ってないじゃねぇか、ああソワソワする)

左を見て、時計を見て、右を見た所でカシムとばっちり視線があってしまい、口の形だけで「便所か?」と聞かれた。ちげーよ、ばか! と授業中に言うわけにも行かず、小さく首を振って否定する。カシムがいよいよわからない、と首を傾げた所で遂に授業終了のチャイムがなった。

「カシム、俺帰る!」
「何そんなに慌ててんだよ、まだホームルームがあるだろ」
「うまく言っといて!じゃあまた明日な」

財布と携帯とチャリの鍵しか入っていない軽いカバンを持って、俺は走って教室を出た。



正直、ここまで急ぐ必要はなかったのだ。
今日はバイト初日。学校が終わってからバイトの始業までは時間がある。
ただ、俺は運が悪い。尋常じゃなく運が悪い。
雨が降ればトラックに盛大に水をはねられるし、偶然飛んできた野球のボールに見事に直撃する。大切なバイト初日、不慮の事故で遅刻することだけは避けたい。何事も第一印象が大切なのだ。早めに入って、店長や先輩に挨拶もするべきだろう。今回のバイトは、絶対に首になるわけにはいかないのだ。
決意を胸に空を見上げれば、秋晴れの高い空が目に飛び込んできて無性に幸せな気持ちになった。
ペダルを漕ぐ足に力を込めればぐんぐんスピードが増す。床屋に行くのが面倒で少し伸びてきた前髪が、風を受けてなびく。額に当たる秋風が心地好くて少しだけ目を閉じた。

「…いじょうぶだから」
「…めです、……じゃないですか」

ふと、風に乗って声が聞こえてきた。
近付くにつれはっきりと聞き取れる様になってきたその会話はどうやら切羽詰まったものらしく、ゆっくりブレーキをかけて三叉路の先を覗く。

「私は大丈夫だから、いつものことなの。大人しくしていればおさまるから」
「でも、苦しそうだ。家まで送りますから」
「大丈夫、大丈夫」

声の主は、小柄なおばあさんと、俺より1つ2つ年下だろうか、黒髪の男だった。どう見ても顔色の冴えないおばあさんを、男が家まで送ろうとしているらしい。
おばあさんは気になるけど、俺が出ていってどうこうなることではない。彼に任せて、バイト先へと急ぐことにしよう。
地面を蹴ってペダルに足をかける。

「いいのよ、本当に。あなた、急いでるんでしょう?」
「え、ええ、まぁ…」
「こうして黙っていれば、あと10分もせずに落ち着くから」
「でも、」
「ほら、急いで。遅れてしまうわ」

俺は運が悪い。尋常じゃなく運が悪い。けど、カシム曰、俺の運の悪さは俺の「お人好し」に起因するものらしい。
ほっときゃいーんだよ、脳内でカシムにそう言われた気がした。けど、

(ああ、もう!)



「本当にありがとうございました」
「いえ、いいんです」

気にしないで下さい、と言ったのにそれじゃ気がすまないから、と渡された袋一杯のりんごとミカンをかごに入れて、思い切りペダルを漕ぐ。

(あと15分、全力で走ればぎりぎり間に合うはず!)

結局、黒髪の男に代わっておばあさんを家まで送り届けた俺を見たら、カシムはきっとまたいつもの呆れた視線を寄越すことだろう。でも、だって、ほっとけないだろう。
その場にチャリを置いておばあさんを背負って片道30分、歩いている内に言っていた通り、確かにおばあさんは調子を取り戻した。家に着く頃にはすっかり顔色も良くなったおばあさんとお嫁さんに見送られて、行きは30分かかった道を全力疾走で20分で戻り、チャリに乗った。
息が切れる、苦しい。それでもペダルを漕ぎ続ける。
運が悪いんじゃない。お人好しなんかじゃない。後悔したくないだけだ。



「す、すいません、遅くなりました…!」

始業時間の3分前、店内入り口から汗だくで現れた俺を見て、店長は目を丸くした。

「アリババくん、どうしたんだい、汗だくじゃないか」
「すみません、初日なのにぎりぎりになっちゃって…」
「うーん、今度からはもし遅れそうなら連絡をくれるかな。とりあえず着替えてきて」
「は、はい。すみませんでした。以後気を付けます」
「あ、」
「え?」

酸欠で回転が鈍かった脳が、少しずつ働きを取り戻していく中で視界も広がる。視界の端にいた黒髪の影が、小さな驚嘆の声をあげたのを聞いて、影の方を見ると、そこには先ほどの彼がいた。

「あ、さっきの…」
「先ほどはありがとうございました。おばあさんは…」
「ああ、もう大丈夫!すっかり元気そうだったから!お前にも感謝してたぜ」
「そんな…俺は何もしてないのに…」

よく見れば彼はこのコンビニの制服を着ていた。バイトの先輩ってとこだろう。こんな偶然もあるものなんだろうか。

「白龍くん、アリババくんと知り合いなの?」
「知り合いと言うわけでは…先ほど彼は具合の悪いおばあさんを助けたところに遭遇しただけなので。恐らく、そのまま急いでここに来たのだと思います」
「え、そうなの?」

助けた、と言うほどのものではない。何だか面映ゆくて、口の中でもごもごと言葉を噛んでいると、店長にそれなら早く言ってよ! と背中を叩かれて盛大に噎せた。

「ただやっぱり遅れそうなら連絡はいれてね」

けたけたと上機嫌に笑っているところを見ると、店長は怒っているわけではなさそうだ。素直に謝り、店裏に向かう前に「先輩」に改めて向き合った。

「アリババ・サルージャです。今日からよろしくお願いします」
「練白龍です。こちらこそ、よろしくお願いします」

こうして慌ただしくも俺のバイトは始まったのだった。


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