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スクールデイズ3

湯船に口元までつかってため息を吐けば、ぶくぶくと泡が浮いた。
ため息を吐くことに慣れてしまったことに気が付いて、アリババは余計に気を滅入らせる。
然して長くない入浴を終え、雑に体を拭ってから洗面所の鏡を見る。首元には、あの日ジュダルにつけられた噛み跡が未だくっきりと残っていた。それを指でゆっくりとなぞると、じんわりとした痛みが走る。
多感な年ごろだ、これを級友たちに見つかればどこの誰につけられたのだと揶揄されるのは間違いない。いつもは第二ボタンまで開けていた制服のシャツを一番上までかっちりしめてきっちりネクタイを結ぶ。どうしたんだよ真面目ぶって、なんてからかわれもしたが、然程気にされることもなかった。後はこのまま傷が薄れて行くのを待つばかりだ。

(……もうあいつには関わりたくない)

必要以上に口角のつり上がった歪んだ、けれど何処か恍惚とした笑顔を思い出して、アリババはぞっとした。



「アリババくん!お昼ご飯どうする?」
「わり、今日は約束があるんだ」

昼休み、ここ数日で習慣と化してきたかっちりと閉めたネクタイに息苦しさを感じて、今日だけで何度目かわからないため息をついているとアラジンが隣のクラスからやってきた。
クラスの友人もいるのだが、高校に入ってから知り合ったアラジンとは妙にうまがあった為、進級してクラスが離れても何かとつるんでいることが多かった。ジュダルが因縁をつけて絡んでくるまでは、毎日の様に昼食を共にしていたのだが、教室にいてあいつに見つかるのが嫌だったので休み時間はなるべく身を隠す様にしていた。……もっとも、身を隠した所で見つかって、その結果がこのネクタイなのだが。

「そっかぁ。最近アリババくんあんまり教室にいないよね。何かあったのかい?」

少し幼さの残る丸い目でまっすぐと見つめられると、全てを見透かされた様な気分になる。
アラジンは優しかった。誰に対しても優しくて、裏表がなくて屈託ない。彼の周りには自然と人が集まった。アラジンといるとほっとするのだ。
でも、そのアラジンの前でジュダルに絡まれるのだけは避けたかった。
ジュダルに目をつけられたきっかけはアラジンだ。正義感が強くて友達思いのアラジンのことだ、事態が知れれば心を痛めるだろうし、何かしらの行動にでることも容易に想像できる。
出来れば心配は掛けたくないし、男としてのプライドだってある。ただ静かに目を瞑って息を飲んで、ジュダルが自分に飽きてくれるのを待とうと決めた。あいつは、そうそう執着するタイプにも見えない。

「何もないって!あるわけないだろ、いっつも通りだよ」
「……なら良いんだけど、」

不意に目を逸らして、少し何事かを考えた後、にっこりと人好きのする笑みを浮かべた。

「じゃあ、今日一緒に帰らないかい?駅前のラーメン屋さんが今日だけ半額なんだって」
「おお、いいなそれ!ああ、行こうぜ」
「うん!じゃあ、放課後ね」

ひらひらと手を振っている様は高校生男子にしては可愛すぎるが、それが様になるのもまたアラジンだった。無邪気な笑顔で去っていく後姿を見送って、アリババは今日はどこで時間を遣り過ごそうか思案を始めた。



「ねぇ、君さ、アリババくんに何をしたんだい?」

丸い目で真っ直ぐに相手を見据えて小首を傾げる様は男子高校生としては可愛すぎたが、それでもその目は数分前にアリババに向けられたそれとは全く異なる色を浮かべていた。
にっこりと言う擬音がぴったりな深い笑みを浮かべたまま、しかしその声色は静かだった普段温厚な人物の静かな怒りは大抵の人間の肝を冷やすが、視線を向けられた相手――ジュダルは、詰まらなさそうに鼻を鳴らした後、すぐにその視線を携帯に落とした。忙しなく指先を動かしながら、軽く受け答える。

「ちょっとからかってやっただけだよ」
「だから、何をしたんだい?」
「あいつ見てるとイライラすんだよ。ああ、でも」

思いついた様に顔を上げると、お気に入りのおもちゃのことを話す子供の様な無邪気さでもって、彼はこう続けた。

「あいつ、泣かせるとおもしれーよな」
「……へぇ」

瞬間、周囲の温度が下がる。
最早、表面だけの笑顔で取り繕うことすらもすなくなったアラジンの表情は冷たい。滅多に見せないその表情に、ジュダルはさも愉快そうに対照的に笑みを深くした。

「何そんな怒ってるんだよ、だっせぇ」
「……君にはわからないと思うけど、アリババくんは僕の大事な友達だからね。これ以上彼に手を出すのは許さないよ」
「そんな怒るなって。ちょっとしたお遊びだろ」
「ふーん、お遊び」

窓の外からは短い昼休みにグラウンドでサッカーに興じる生徒たちの声が聞こえてきた。リノリウムの床が、外野の声も空気も全て冷やしていくようだった。

「君って本当に子供だよね」
「…ああ?何だお前、けんか売ってんのかよ」
「うーん、そうなるのかなぁ」
「いいよ、買ってやるよ、面白い」

獰猛な表情を浮かべるジュダルに、アラジンは全く動じずふっと目を細める。そうしてやはり、丸い目で相手を真っ直ぐに見て小首を小さく傾げながら言う。

「僕ね、殺したいくらい嫌いだよ。君のこと」

そう言ってアラジンは人好きのする笑みを浮かべた。


120606

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