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メランコリニスタ

「なぁ、お前俺にチョコよこせよ」

授業中は大抵教室にいなくて、何をしているのかと聞いたら空き教室か保健室で寝てる、と軽く答えられたことがあった。学校に来てるなら教室に来ればいいだろ、と言うと、彼なりに「声」にはこだわりがあり、聞いていて心地よい声の教師の時だけは教室に来ているのだと言う。そう言えば、古文の時は出席率が高い。まぁ、出席していても寝ているのだから、さぼっているのと然して変わらないか。
そんな学校に寝に来ているジュダルだったから、まだ寝惚けているのかと思い、件の発言を受けてははは、と軽く笑っていなしたら、後頭部を思いっきり殴られた。グーで。

「いっでぇ!何すんだよいきなり」
「お前、それがオトモダチの話を聞く態度かよ」
「オトモダチはいきなり後頭部にゲンコツをおとしたりしねぇよ!」

じんじんと痛む頭を擦りながら、じんわりと涙が滲む目で睨み付けると、ジュダルはにやーっと、あの性悪さがありありとあらわれているジュダルにしか出来ない笑い方をした。この年でこんな性質の悪い笑い方を出来るのはジュダルくらいじゃなかろうか。
笑顔と言うのは、周りを和ませたり明るくしたりするものだと思っていたのだが、殊ジュダルに関して言えば違うらしい。彼のそれは、見ているだけで相手に不快感と得体の知れない焦燥感を抱かせるのだ。
実際、彼は気紛れであり、素晴らしく底意地が悪かった。
彼なりの美学や価値観に忠実であり、それにのっとって動くと、必ずと言っていい程周囲が被害を被るのだ。学祭の出店の焼きそばがおいしくないと言って暴れてみたり、他校の生徒に絡んでいっては生徒会長の名前を出してみたり、明らかにかぶっている先生のヅラをひんむいてキャベツを被せていたこともあった。あれは本当にひどい事件だったな…
気紛れで乱暴で自己中心的なジュダルには、当然友達がいなかった。
ジュダル自身もそれを望んでいなかったようで、いつも1人でいた。
いつも1人でいたのだ、俺と「オトモダチ」になるまでは。

「お前、オトモダチの意味わかってないだろ…」
「はぁ?お前ほどバカじゃないっつーの。それくらいわかってる」

と言いながら更に頭部をげしげしと殴り続ける。
反応すると面白がるから無視するのが一番なのだが、如何せん手加減なしなので本気で痛い。
やめろ! と本気で怒ると、どうやらやっと気が収まったらしい。にやにやしながら「そう怒るなよ」と肩を組んできた。心底ウゼェ……

「とにかく、明日チョコ持ってこいよ」
「とにかくってなんだ、何が悲しくてお前にチョコを渡さなきゃいけないんだ…」
「お前バッカだなー。明日バレンタインだろ」
「いや、だから何で、」
「お前、俺のこと好きじゃん」
「……は?」

突拍子もないことを言い出す奴ではあるが、俺も伊達にジュダルの相手をしていた訳ではない。宥めたりすかしたり、笑って流したり、流したり、奴の傍若無人を右から左に受け流す術をある程度は身に付けている、と自負している。
だけど、さすがに、咄嗟に反応が出来なくて、だってこいつ、性悪だけど欲望に忠実な分ガキっぽいって言うか、だって、いつもそんな素振り全く見せなかったのに、まさか、そんな、バカな!

「な、おま、ばばばばバカじゃないか、す、好きってなんだよ、好きってアホカ!」
「あー?なんだよ、お前、ずーっと俺のこと見てただろ」

と言われてしまえば返す言葉がなく、俺はぐっと唾を飲み込んで黙るしかなかった。
確かに、俺はコイツと「オトモダチ」になる前からコイツのことを見ていた。俺の常識じゃ計り知れない行動をとるジュダルに単純に興味が湧いたのが最初だった。やっていることは滅茶苦茶だし、本気でむかついたり人間として間違ってると思うことも少なくない。
なのに、自分でもまっったく理解出来ないのだが、いつからか無意識のうちに奴を視線で追いかけるようになっていたのだ。このことに気が付いた時の敗北感は、多分今後の人生でも味わうことのないレベルのものだと思う。

「俺はお前みたいな弱い奴なんて、これっぽちも興味ないけど、仕方ないからチョコだけはもらってやるよ」
「ふ、ふっざけ」
「ああ、お前以外の奴からのは受け取らないからさ、安心しろよ。俺はお前のことなんか好きじゃないけどな!」
「…っ」

張り切って用意して来いよー、とまたあの底意地の悪い笑みを浮かべて俺の頭をぐしゃくしゃと乱して、ジュダルはあっと言う間にいなくなった。逃げ足が早い、気が付いたら現れて、気が付いたらいなくなってる。気紛れで性悪で底意地の悪い猫みたいだ。

「誰がお前にチョコなんか渡すかよ…」

と呟きながらも、近所じゃ良いのが買えないから、帰りに隣町まで行こうと考え始めている自分に人生で2番目の敗北感を味わったのであった。



120215

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