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ないしょないしょ


!17歳高校生アラジンと24歳リーマンアリババ



「アリババくん、折り入ってお願いがあるんだ」

週末、いつもの様にうちに転がり込んできたアラジンが、急に正座をして真剣にそう切り出すものだから、思わず俺もその向かいに正座で座りなおした。

「何だよ、急に」
「こんなことお願いするのはとっても心苦しいんだけど…」
「俺とお前の仲だろ?遠慮しないで言ってみろって」
「うん……実はね」

まだ幼さは残るものの、出会った当初から比べれば当然だがだいぶ大人びた顔つきで声を潜めて話すアラジンの様子にごくりと息を飲んだ。可愛いばかりだった容貌は、年を重ねるにつれて同世代の女の子たちからは「かっこいい」と称されているようだ。実際、アラジンに憧れている女の子たちからのものであろう着信やメール受信で、一緒にいる時のアラジンの携帯は非常に忙しそうに働いている。

「恋人になって欲しいんだ」
「は?」



俺とアラジンが出会ったのは今から7年前のことだ。
当時17歳、今のアラジンと同い年だった俺は徒歩圏内にある高校に、実家から通っていた。ごく普通のマンションで、隣に越してきたのが当時10歳、小学生だったアラジンとその両親だった。
俺もアラジンも一人っ子だったこともあって、アラジンはすぐに懐いて俺のことを兄の様に慕ってくれた。暇さえあれば俺のあとをついて回る彼に、思春期真っ只中だった俺は鬱陶しさを感じることもあったが、それ以上に彼のまっすぐな好意が嬉しかった。弟がいたらこんな感じかなー、なんて接しているうちに、隣人以上の情が湧いて、何かと彼の世話をやいた。
世話をやく、と言っても、アラジンはそれはそれは賢い子供だったから、手を煩わされることは殆どなかった。我儘も滅多に言わない。それはそれでちょっと寂しいものである。
だからこそ、彼の望みはなるべく叶えてやろうと思っていたし、今までそうしてきた。勿論、これからだってそのつもりだ。
クラスで一人だけDSを持っていないのを知った時だって、学校をさぼって整理券をもらいに近所のスーパーに並んだ。不在がちなアラジンの両親が誕生日には家にいれるように、今思えばはた迷惑な話だが、ご両親の会社に出向いて頭を下げたこともある。大抵のことなら、よしきた!お兄さんに任せろ!と言える。もっとも、アラジン本人の口から、お願い事が出たことは殆どないのだが。
重ねて言うが、俺はアラジンの願い事なら、大抵のことは叶えてやりたいと思っている。
思っているのだが。



「ごめんよ、アリババくん。ちょっと言葉が足りなかったね」

固まっている俺を見て、アリババは苦笑いしながら話を続けた。
要約するとこうだ。
元々周りの女子からの人気は凄かったが、修学旅行直前の今、ちょっと面倒なことになっているらしい。呼び出されて告白、だけならまだ良いのだが、それが連日で、中には断っても断っても粘着してくる強者や、女子同士で取っ組み合いのケンカまで始まる始末らしい。最近の肉食系女子すげぇ……女子高生のキャットファイトって言ったら、中々に魅力的な響きだが、当事者であるアラジンにとっては頭を抱えるネタにしかなり得ないらしい。
断っても断っても現れる新たな女の子に悩んだ挙句、ならば彼女たちに諦めてもらう為に、ゲイのふりをしようと言う結論に至った、と。

「でもそれって、彼女がいるってことにすれば良いんじゃないのか?」
「うーん、それじゃだめだったんだよ。最近の女の子たちの情報網ってすごいよ。しかも、彼女くらいなら奪うって言う発想にしかならないみたい」

そう言って苦笑いするアラジンは、相当疲れている様だった。
非モテだった俺からしてみれば贅沢すぎる悩みだが、当人からしてみれば深刻な問題なのだろう。
しばし考えたが、高校生相手にちょっと演技するだけだ。今は実家も出て、通勤に便利な駅近のマンションで一人暮らし。高校生であるアラジンと、社会人である俺のコミュニティも被っていないし、まぁどうにかなるか、と深く考えずに首を縦に振ってしまった。



アラジンの作戦はこうだ。
事前に告白してきた女の子たちに「僕、男の子じゃないとだめなんだ」と言って、アラジンホモ説を広めておく。これだけでは信用しない女の子も多くいる為、アラジンを学校まで迎えに行って手を繋いで一緒に帰宅する。

「一度だけでも実際に見てもらえば、納得してくれると思うんだ」

一度だけ、しかも校門にいる俺たちを遠目で見るだけだから、アリババくんの顔もそれほど見られないと思うよ、と言うアラジンの言葉を信じ、授業終了直後を狙って校門前で彼を待つ。
終業のチャイムが鳴り、一気に騒がしくなった校内を懐かしい気持ちで眺めていたら、ぱらぱらとではあるが、生徒たちが玄関から出てきた。

「アリババくーん!」

大きく手を振りながら走ってくるアラジンに、反射的に手を振り返す。
と、同時にまだ数少ない帰宅途中の生徒たちの視線と一緒に、学校中の窓から女子たちの鋭い視線を感じて背中が凍った。これが噂の肉食系女子……!

「ごめんね、待った?」
「いや、今来たとこ」
「なるべく見てもらえないと意味ないから、ちょっと大きく声出しちゃった」
「お、おお、そうか……じゃ、早く帰ろうぜ」

アラジンと手を繋ぐのは何年ぶりだろうか。しかもこんなにギャラリーのいる前で、となると嫌に緊張する。じっとりと湿ってくる掌をスーツのスラックスで拭いて、アラジンに差し出した。
アラジンはそれを見てにっこりと笑ってその手を掴み、そして俺を引きよせた。

「え、」
「ごめんね?」

嫌に近い距離でそう聞えたと思った次の瞬間、校内中からの割れんばかりの悲鳴が、俺の耳をつんざいた。



「信っじられねぇ!お前何するんだよ!」
「ごめんよ、アリババくん。でもあのくらいしないと皆信じてくれないと思って」

きゃーきゃーといつまでも鳴りやまない悲鳴は確かに俺の鼓膜を直撃していた筈なのに、しかし自分の身に降りかかった有り得ない状況に、俺の脳はその悲鳴を聞き入れられなかった。
手を掴まれて、引き寄せられて、まだ幼さの残る、でも間違いなく一般的価値観から言うとイケメンとか美少年と称されるであろう見慣れたアラジンの顔が近付いてきて、ごめんね、と言うアラジンの声が脳に直接響くくらいの距離で聞えて、次の瞬間俺の唇は生ぬるい何かに覆われていた。

「あほか!もう俺外歩けねぇよ!!」
「校内からは距離があったから、アリババくんの顔はごく一部の生徒にしか見られてない筈だよ」
「ッそう言う問題じゃねぇだろ!」

悲鳴をBGMに放心状態の俺を連れて校門前につけてあったタクシーに乗り込み、俺のマンションまで帰ってきた手際はさすがアラジンと言った感じだが、キスの仕方までさすがだ、なんてとてもじゃないけど褒められたものじゃない。

「しかも何で舌まで入れてきてんだよ!あほ!ばか!」

思い出すだけで全身の血液が逆流して頭が沸騰しそうになる。
突然のことで半開きだった俺の唇を割って入ってきたのは、恐らく……いや、認めたくはないけど確実にこの弟みたいな男子高校生の舌で、呆然とする俺の咥内をぐずぐずにていきやがった。

「気持ち良くなかったかい……?」
「心配するところはそこじゃないだろ!?」

もうやだ、何こいつ。
まるで宇宙人と話しているみたいだ。てんで話が通じない。昔はあんなに可愛くて純真だったのに。
痛む頭に熱くなる目頭を押さえていると、アラジンがずずいっと距離を詰めてくる。近い近い近い近いっ!!
あんなことがあった後だし、当然それから逃げようと尻をついたまま後退するが、それと同じスピードでアラジンも距離を詰める。じりじりと追い詰められ、背中に冷たい窓ガラスの感触を感じたところで俺は逃げ場を失った。
何も言わずに丸い目で俺を見詰めるアラジンの視線からなんとか逃げたくて、目を逸らせば今度は顎を掴まれる。本当に高校生か、本当にあのアラジンなのか、こいつは。

「ねぇ、気持ち良くなかった?」
「い、や、それは……」
「じゃあ、嫌だった?」

ぶっちゃけ、絶対に認めたくはないが、アラジンは相当うまかった。俺だって24年間生きてきた、多くはない、どころか少ないくらいだが経験だってないわけではない。その少ない経験を踏まえて言うと、アラジンのキスは断トツだった。多分、かなりの手練。
まだ幼さの残る丸い目がじぃっと俺を見詰める。10歳の、可愛くて純真で素直で、いつでも俺の後をついて回っていたアラジンが脳裏をよぎる。

「ねぇ、アリババくん、」
「…やじゃ、」
「……うん」
「いやじゃ、ない」
「……もう一回、しても良い?」

彼の望みはなるべく叶えてやろうと思っていたし、今までそうしてきた。勿論、これからだってそのつもりだ。
クラスで一人だけDSを持っていないのを知った時だって、学校をさぼって整理券をもらいに近所のスーパーに並んだ。不在がちなアラジンの両親が誕生日には家にいれるように、今思えばはた迷惑な話だが、ご両親の会社に出向いて頭を下げたこともある。大抵のことなら、よしきた!お兄さんに任せろ!と言える。もっとも、アラジン本人の口から、お願い事が出たことは殆どないのだが。
何回でも言うが、俺はアラジンの願い事なら、大抵のことは叶えてやりたいと思っている。
思っているのだが。

「っ……、お前ずるい」
「うん、ごめんね」

俺がアラジンの願い事を断れないのを知ってか知らずか――多分、知っているのだろう、直接脳に響く距離でそう聞えた瞬間、俺の唇は再度生ぬるい何かに塞がれた。



20120205


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