黒バス | ナノ






締め切った部屋に充満する匂いに頭がくらくらした。
 衣擦れの音、彼の小さな悲鳴、高い体温、全てが涼太の五感を刺激して、余裕がなくなるのに比例して意識は鮮明になっていく。這わせた掌に、彼はのけぞって白い喉を見せる。感情を映しにくい快晴を映した色をした大きな目が、今は情欲の色をはっきりと浮かべていた。水みたいに掴みどころのない彼が、今は涼太の手の中に確かに存在する。その喉仏を舌でゆっくりとなぞれば、彼は小さく頭を振りながら拒絶の言葉らしきものを口にする。

「ん……っ、や、」
「嫌じゃないでしょ?」
「だって……ひぁ」
「かわいい、大好きっス義兄さん、」

 嫌だんなんて、思ってもいない癖に反射的に出る拒絶の言葉はだがしかし、涼太を煽る一因にしかならなかった。思い切り身体をずらして、もう一度、自分よりも一回り小さな身体を力いっぱいに穿つ。

瞬間、右半身に強烈な痛みを感じて目を開ければ、室内はまだ暗い。未だ覚醒し切らない意識では、今が夢か現かを瞬時に判断できずに、無意識で顔を動かす。中途半端に引かれた遮光カーテンの隙間から薄く見えた外は、完全に夜に呑みこまれていた。手探りで枕もとの携帯を引きよせて光らせれば、時刻は夜中の4時であった。
 腹の底から生ぬるいため息を吐いて、億劫ながらも起き上がる。寝返りをうってベッドから落ちていたらしい。強かに打ちつけた右わき腹をさすりながら下半身を見遣ると、予想通りに主張する己に出会ってしまい、涼太は二度目のため息を吐いた。

 最悪だ。

 そう思いながらも涼太は慣れた動作でティッシュを引きよせて、前を寛げ始める。既に反応しきっていたそこは、僅かな動きで限界に達する。小さく息を吐いて、涼太は己の手を見つめた。
 この手の目覚めは、初めてのことではなかった。あの日から二週間、毎日とまではいかないが2日置きほどの頻度でこの手の夢を見るようになったのである。最初こそ、義兄の薄い唇を塞ぐ程度だったのだが、回を重ねるごとにエスカレートしていき、ついに前回、挿入にまで到達した。死にたい、と涼太は頭を抱えたくなったが、精子に塗れた手でそうすることは叶わず、ただただため息を吐くのであった。





 ほんの弾み、と言ってしまえば聞こえは悪いが、気が付いたらそうなっていたのだから仕方がない。
 黒子涼太が義兄であり同居人である黒子テツヤを強姦しかけてから、2週間が経過した。
 直後に詫びを入れたものの、真っ当に請け合ってもらえなかった涼太は、義兄ときまずいままこの二週間を過ごした。とは言え、元々会話は少なく、傍目から見れば以前とさほど変わらない生活であったのだろう。彼との空間を「気まずい」と感じる要因は二つあったが、主なものは言わずもがな、涼太の罪悪感であった。

「テツヤさん、朝食できたっス」

 そう告げれば新聞を畳んで、相変わらずの無表情でありがとうございます、と告げられた。
 あの日から、贖罪を受け入れてくれないテツヤに対し、涼太は朝食と夕食を担当することを申し出た。3月まで実家暮らしだった男子大学生であった為、料理は出来ないだろうと踏んだのか、同居を始めて二週間前までは家事はほぼ全てをテツヤが担当してくれていた。
だがしかし、黒子涼太は伊達にモテていたわけではなかった。元来の器用さで、見たものを瞬時に習得する能力に長けていた涼太にとって、料理は然程難しい作業ではなかったのだ。男相手に作るのも面倒だからと黙っていたが、どうやらテツヤも必要に迫られてやっているだけで特に料理が得意と言う訳でもないらしい。それならば、少しでも義兄のご機嫌がとれれば、と自ら志願したのだった。
口にこそ出さないが、義兄は涼太の手料理がお気に召したらしい。普段滅多に変わることのない表情が、手料理を口にした途端若干だが緩むのを発見した時、涼太は得も知れぬ興奮を味わった。何を考えているか分からない能面みたいな顔と、静かに怒りを湛える無表情。それと、小さな快感を拾い上げることを懸命に拒否する上気した顔。涼太の知っている義兄の表情のレパートリーは極端に少ない。新しい表情を発見すると、喉の奥が熱くなって、こめかみが痛くなって、それでいて自然と頬が緩むのだ。
そんな自分に驚き戸惑いながらも、感じる微かな違和感の正体がわからずに涼太はテツヤに料理を振る舞い続けた。
もう一つ、あの2週間前の事件から変わったことがある。

「……テツヤさん、」
「ああ、すみません。また見惚れていました」

 あっさりとそう言うと、それまで穴があくほどに涼太の顔面から焦点を逸らさなかった視線を、朝の情報番組へと移した。これが、涼太に気まずい思いをさせているもう一つの要因であった。
 あの事件の時、自分の顔が好きなんじゃないかと言う問いに、義兄はこともなげに「好きです。とても綺麗ですから」と答えた。それから、テツヤは涼太の顔に見惚れていることを隠さなくなった。以前は視線を感じて振り向けば逸らされていたのが、今ではじぃっとこちらを見つめたままでいるのだから、どうにも居心地が悪い。食べている時でもお構いなしだ。テツヤに対しては決して強く出ることが出来ないから、はっきりとは言えないのだが、むず痒い。あの快晴を映した色をした目に見つめられると、自分の全てが見透かされている気分になるのだ。自分ですら気付いていない様な、全てを。
 あまりにも見てくるから、もしかしてこの掴めない義兄はゲイなんじゃないかと思い、うっかりとその疑問を口に出したことがあった。その問いかけに対し、「……君と違って、どんなに欲求不満でも男には欲情しません」と、生ごみを見るような冷たい目で言われて肝が冷えたことを思い出してしまい、涼太はぶるりと身震いした。自分だって溜まっているからと言って、誰かれ構わず発情している訳ではない、と言いたいが、それは自分に言えるセリフではないのでぐっと堪えた。
 そうだ、と呟いたテツヤの声に、涼太は齧りかけのパンを皿に置く。

「来週の金曜日、友人が泊りに来ます」
「友達っスか」
「はい、去年まで一緒に暮らしていた人です。久しぶりにこちらに帰って来るそうで、どうしても言うので一泊だけ泊めることにしました」

 去年までこの家で同居していたのは、義兄の男友達だった筈だ。男、と思い出した途端に芋蔓式に義兄へのゲイ疑惑を思い出してしまい顔色を悪くした涼太に、テツヤは今なにか不愉快なことを考えていませんか、と眉間に皺を寄せて尋ねてきたので、慌てて笑顔を貼りつけて答えた。

「いやいや、一泊するならオレ邪魔じゃないっスか?」
「いえ、彼にはボクの部屋に泊まってもらいますから大丈夫です。大体キミ、外泊禁止でしょう」
「う、いや、まぁそうなんスけど」

 同じ部屋。大の大人が同じ部屋に一晩泊るのか、むさ苦しいだろう。と思うと同時に、形容しがたい感情が腹の底にぼんやりとした気配を見せ始める。ちくり、と痛む様なそれはしかし、その正体を掴もうと意識した途端に霧散してしまった。

「少しばかり不自由を掛けるかもしれませんが、よろしくお願いします」

 そう言ってスクランブルエッグを口に入れた義兄に、はぁ、と口を動かさずに返事をした。



[ 6/64 ]

[*prev] [next#]
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -