黒バス | ナノ







「あー、くそっ」

 ごみ箱に向かって投げつけたペットボトルは思い描いていた軌道から少しだけ逸れて、結果、ごみ箱にぶつかって中のごみを全部ぶちまけてくれた。それが更に苛立ちを増長させ、その惨状をそのままにオレはベッドに音を立てて寝転んだ。 転校初日、赤司っちは色んな意味であっという間に有名人になった。クラスメイトの男に、クラス中の人間が見ている前であろうことかキスしたのだ。有名にならない筈がない。
 だがしかし、おかしなことに彼が有名になったのはこのキス事件のせいではなく、彼の持つカリスマ性によるところが大きかった。
 アメリカ帰りということもあり、あのくらいの軽いキスならば挨拶程度、と言う認識で完結してしまったらしい。赤司っちと黒子クンの仲が良い、と校内中の人間が知っただけで、それ以上でも以下でもない。あの事件を気にして腹を立てているのはオレだけなのだ。
 だっておかしいだろう。いくら幼なじみの久しぶりの再会とは言え、男同士でキスをするだなんて。大体、オレにはしていないじゃないか。いや、して欲しいのではないのだが、断じて! 柔らかな物腰と有無を言わせない言動、相反するそれらを併せ持つ赤司っちに、全校生徒が全幅の信頼を寄せるのは時間の問題だった。彼の転校から二週間、昨日はついに生徒会長が「俺は辞職するから是非赤司君に生徒会長をやって欲しい」と懇願しにきていた。入学当初から学年一位の座を守ってきた現生徒会長が涙ながらに訴える様に、異論を唱えるものは誰もいなかった。誰もが赤司っちがこの学校の頂点に立つべきだと信じて疑っていないのだ。
 赤司っちが優秀な人間で、彼が人をひきつけてやまないことは分かっている。ここまでではなかったものの、幼い頃からその嫌いはあった。だから、今オレが怒っているのは赤司っちに対してではなく、彼が黒子クンにキスした事実があまりにも軽く見られている現状に対してなのだ。 赤司っちのことは尊敬している。だからこそ、いくら幼なじみだからと言って黒子クンに必要以上に関わるのはやめて欲しい。そうした方が赤司っちの為にも絶対にいいはずだ。


「へぇ。で?」
「いや、でって……。とにかく、黒子クンとはもう近付かない方がいいっスよ。赤司っちが時間をさくような相手じゃないって」

 それまで手元の本に視線を落とすばかりでオレの方を一瞥もしなかった鋭い視線が、不意にオレを捉えた。突然のことに身を固くすると、彼はじぃとオレを見つめたまま。何も言わない彼に焦れて「なんスか」と口にすると、再度視線は本に落とされた。

「何でもない。涼太はつまらない男になったな」
「どういうことっスか」「お前といてもつまらない。そう言ったんだ」
「は、ちょっと待ってよ赤司っち」

 静かに立ちあげると、彼はオレになど興味がないと言いたげにさっさと背を向けて教室から出ていこうとする。入口で一度立ち止まり、ちらりとこちらを向いた。

「テツヤのことを頼むって言ったの、覚えてるか」
「ああ、うん、まぁ」
「……まぁいい。どんなに存在感がなくて地味で会話がなくても、お前よりもテツヤといる方がずっと有意義だ。僕にとってはね」


 そこまで貶しといて有意義だって、どういうことだ。
 今日の昼休みの出来事を思い出せば、腹の奥にあるイライラはその質量を増した。それを誤魔化す為に寝返りを打ち、目を閉じる。そのまま呼吸を殺して眠る努力をしてみたが、一向に眠気は訪れない。 転校以前と今とで一人称やオレ達の呼び方が違うことについては、アメリカナイズされたからかな、となんとか折り合いを付けたが、挨拶のつもりでも衆人環視の前で男にキスをするのはおかしい。そこまで欧米色に染まるような影響を受けやすいキャラクターじゃなかったはずだ。
 眠りで苛立ちを抑えることを諦めて天井を見つめていると、カーテンの向こう、隣家の窓に明かりがともり、カーテン越しに誰かが動いている影が見えた。誰がいるのかなんてわかりきっていることなのだが。
 この苛立ちを早くどうにかしたくて、オレはベッドから起き上がるとカーテンを開けて隣家の窓を三回ノックする。
 すぐに制服姿の黒子クンが顔を出す。二週間前と同じ、なんで呼ばれたのか分からないとでも言いたげに少しだけ小首を傾げている様子に、口の中いっぱいに苦い汁が広がった。

「何ですか」
「黒子クンさ、どうやって赤司っちに取り入ったんスか?」
「は?」
「なんでいっつも赤司っちの隣にいるの? 幼なじみだからって一緒にいすぎなんスけど」
「そう言われましても、気付いたら赤司君が隣にいるので……」

 精一杯の嫌味を込めて吐き出した言葉は、だがしかし、彼の胸に突き刺さることなく床にばらばらと落ちてしまったようだ。あまつさえ、気付いたら赤司っちが隣にいるだなんて、それはあれか、ボクは望んでないけど赤司君が勝手に隣にいるだけですって自慢か。あの赤司君はボクの幼なじみでボクのことが大好きなんです、ってそう言いたいのか。オレだって幼なじみなのに。

「虎の威を借るうさぎって感じっスね」
「黄瀬君、うさぎじゃなくて狐です」
「わ、わざとっスよ! 黒子クンがうさぎっぽいからわざと言ったんス!」
「はぁ」
「とにかく! もう赤司っちに纏わりつくのはやめた方が身のためっスよ」

 言いたいことだけを言って、彼の反応を待たずに窓とカーテンを閉めた。ばくばくと心臓がうるさい。あれだけ言ったのだ、黒子クンだって少しは思い直すかもしれない。彼は、赤司っちの隣に立つべきではない。オレだって幼なじみなのに、二人だけ一緒にいるなんてずるい。
 ここまで考えてから、これがまるで仲間外れにされた子どもの嫉妬みたいだと気付くが、これは決してそう言う類のものではない、断じて。尊敬する人と見下しいる奴を一緒にいるのが許せないだけだ。 黒子クンだって、身の丈に合わない友人と一緒にいたって良いことなんかないはずだ。彼には一人で本を読んでるのがお似合いなのだ。

「誰かと一緒にいるなんて、冗談じゃねぇよ」

 そう呟いて、今度こそベッドに横になって目を閉じた。



 あれだけ懸命に彼の身の程を教えた筈なのに、その翌日以降も黒子クンが赤司っちと離れることはなかった。
 教師やクラスの生徒に用事を頼まれることが多い赤司っちは、授業の間の休み時間はクラスにいないことが多かったが、昼休みは必ず黒子クンと昼食をとっていた。午前の授業が終わって、気が付けば連れだって弁当を手に教室からいなくなっている。
 どこにいるのかと思って探したのだが、校内中駆け回っても見つけることは出来なかった。

「赤司君見なかった?」
「さっき黒子君と出て行ったよ」

「黒子君いる?」
「赤司君のいる所探せば見つかるんじゃない」

 これだ。黒子クンと赤司っちは二人で一組扱いをされ始めている。オレだって二人とは幼なじみだし、赤司っちはアメリカに行っていたからオレの方が黒子クンといた時間は長いのに、どうしてあの二人がペア扱いされているんだ。
 認めない、面白くない。これはもう徹底的に黒子クンに身の程を教えるしかない。黒子クンは赤司っちの隣にいるべきではないのだ。
 購買で買ったサンドイッチを牛乳で一気に流し込んで、昼休み早々にいなくなった二人を探す為に教室を出た。
 校庭、空き教室、裏庭に階段の踊り場、思いつく場所は全て探して回った。どこも今まで一度は見て回った場所だが、それでもそこをしらみつぶしに一つずつ探していくしかない。 校内中を走り回り、最後の空き教室で時計を見れば、昼休みが終わるまで残り十分だった。これは、今日も探せそうにない。また明日改めて探すしかないか、と諦めて、教室に戻る為に階段に向かった。

「そろそろ屋上で食べるのも寒いです」
「明日はブランケットを用意しよう」
「いえ、そういうことじゃなくてですね……」

 その時だった。
 立ち入り禁止で施錠されているはずの屋上へのドアが開く錆びた音がして、それと同時に二人の声が大きくなる。二人分の足音が近づいて来て、すぐに踊り場で目を剥いているオレの目の前に二人が姿を現した。
 そうか、屋上。去年、屋上に忍び込んだ生徒が柵を乗り越えて落ちそうになった事件があってから、頑丈な鍵に付け替えられて誰も入れなくなっていたから探すことさえしていなかった。鍵は一つだけで職員で保管されていた筈だが、たかだか転校二週間でそれを持っている赤司っちは本当に何者なのだ。彼の右手でちゃりと微かに音を鳴らす鍵を見て、彼の底知れなさに背筋が粟立つ。

「涼太、どうしたんだ、こんな所で」

 そう言いながら赤司っちは鍵を見せびらかす様に軽くてのひらの上で放って見せた。金属の摩擦音がリノリウムに反響する。

「偶然通りかかっただけっスよ」
「へぇ。それにしては随分と疲れ切っているようだが」

 そう言って彼はにやりと口元だけで笑う。どうせ、オレが黒子クンのことを面白くなく感じていることも、どうしてここにいるのかもお見通しなんだろう。それをわざわざ聞くのは随分と趣味が悪い。
 頬を引きつらせながらも笑って見せれば、赤司っちは不敵な笑みを浮かべる。彼の左隣にいた黒子クンが、感情を乗せない目で彼とオレを交互に見ていた。

「テツヤ」
「はい……、んっ」

 視線はオレに向けたまま、左手で黒子クンの背中に触れたかと思うと、そのまま黒子クンの唇に軽く触れた。

「あ、あ、ああああ!!」
「……、何するんですか」
「驚かせてごめんね。口元に食べカスがついていたから」
「なら言ってください」
「ちょっと、な、何してるんスか……!」
「食べカスをとってやっただけだが」
「食べカスをとってもらいました」

 平然と言ってのける二人は明らかにおかしい。赤司っちはあからさまにオレを意識していたし、あれは食べカスをとっただけの行為でないことは明確だ。どうして黒子クンはそれに気付かないのか。大体、男に突然キスされて、しかもそれが二回目で、なのに何故嫌がる素振りも見せずに平然としていられるのか。

「おかしいでしょ、あんたら!」
「涼太、何をそんなに興奮しているんだ」
「赤司っちは黒子クンから離れるべきっス!」
「どうして?」

 大声でやりとりをしていたから、周りに人が集まってきた。好奇の視線に晒されながら、それでもオレは叫ぶことを止められない。

「黄瀬君、落ち着いてください」
「あんたはもっと慌てろよ!」
「そう言われましても……」

 あまりにマイペースな黒子クンに、苛立ちがピークに達する。その瞬間、頭が真っ白になって考えるよりも先に身体が動いた。

「きせく、んっ」

 大股で黒子クンへ近付き、赤司っちと触れそうになっている右腕を力任せに掴んで、身をかがめて彼へ近付いて、キスをした。
 場が、しんと静まり返る。
 押し当てた唇は冷たかった。少しかさついているが、柔らかい。時間にしたらごく短いものだったが、それでもその感触はしっかりとオレの唇に残った。我に返った時、一番先に見えたのは空色の見開かれた双眸で、それに映っている自分がひどく滑稽に見えたことだけは覚えている。

「……、ざ、ざまぁみろっスよ!」

何が何だか分からない。自分が何をしたのか全く理解できなくて、無意識に小悪党の捨て台詞を残してその場から逃げ出したオレを形容する言葉は無様以外にあり得ない。
なんだ、なんだ、あれは! どうしてそこで黒子クンにキスするんだよ、意味わかんねぇ!
必死で逃げるオレはこの時、多くの目撃者から噂が広まり、ホモの痴情のもつれの中心人物として明日から後ろ指さされることになるなんて知りもしなかった。
あーもう、なんなんだ、くそっ!





「赤司君、面白そうですね」
「ぷっ……、くく、ああ」
「本当に君は趣味が悪い」
「まぁそう言うな。本当に涼太は面白い人間だよ」
「ボク、たまに君のことがわからなくなります」
「褒め言葉として受け取っておくよ、ありがとう」

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