黒バス | ナノ






放課後、担任教師に呼び止められたので何かと思えば、法事で欠席していた隣人宅へプリントを持っていくように言いつけられた。家が隣だと知れているだけにぞんざいに断ることも出来ずに、苦笑いをしながら差し出されたプリントを受け取ると、さっきから一人で何かを喋っていた隣のクラスの女の子がオレの手元を覗きこんでくる。

「黒子君って涼太のお隣さんなの?」
「うん、まぁ」
「へー、幼なじみってやつ? なんか意外。二人一緒にいるとこ見たことないよね」
「だってオレら、全然仲良くないし」

 肩から掛けた鞄に、渡されたプリントを無造作に突っ込む。しわが出来てしまっただろうが、そんなことはどうでもいい。大体、大した内容のプリントではないのだ。明日渡せば良いものを、オレが彼の隣に住んでいると言うだけで手渡す役目を押しつけられるのは心外である。 はぁ、と大きくため息を吐くと、一人で喋っていた女の子が腕に絡みついてくる。

「ねぇ、二人でどっか行こうよ」
「あー……、オレこのプリント渡さないといけないからパスっス。また今度誘って」

 やんわりと彼女を腕から押しのけてなるべく優しく微笑むと、彼女は不満さをにじませながらも了承してくれた。約束だからね、と言いながら走り去っていく後姿に小さく手を振って見送りながら、オレはまたため息を吐いた。
 



 オレと黒子クンは幼なじみである。
 産まれた時からお隣に住んでいたから、家族ぐるみの付き合いがあって、互いの誕生日には家族合同でパーティーを開いたし、七五三もクリスマスもお正月も行事ごとは全て一緒にお祝いしていた。 幼稚園にあがる時、他の子と遊びたくないとぐずるオレをなだめてオレの手を引いて幼稚園にいくように説得したのは黒子クンだったし、お母さんに怒られたと泣き喚く黒子クンをなぐさめて一緒に公園への家出を敢行したのはオレだった。
オレ達はお互いにとってかけがえなのない大切な存在だった。代わりなどきかない。お互いのことを一番に考えているという自覚がないほど自然と一緒にいた。
 物心ついた時には既に隣にいるのが当たり前で、それぞれの家に帰るのを嫌がることさえあった。そんな時、両親は少し呆れながらも幼子のわがままを受け入れてどちらかの家に泊らせてオレ達が一緒にいることを許した。布団を二つ並べて敷いて、くっついて眠ると不思議と安心できた。 起きている時はもちろん、寝る時も一緒。それが当たり前で、一緒にいることにオレ達自身含めて周りの人間は誰も疑問に思っていなかった。むしろ、一緒にいないと心配されるくらい。
 一緒にいると安心できたし、無口で無表情ながらも頑固で男らしい黒子クンのことが好きだった。
 そう、好きだった、のだ。
 決別の日はある日突然訪れた。オレ達幼なじみには、実はもう一人、仲間がいる。黒子家を挟んで左隣、黄瀬家の二軒隣にある赤司家の長男。それが、オレ達のもう一人の幼なじみである。
 三軒連続で同じ年に子どもが産まれたため、両親たちはそれは喜び、何かにつけてオレ達三人をセットにしたがった。お揃いの服に、靴。イベント事は全部合同で祝って、三人並んで写っている写真なんてアルバム十冊分以上は軽く超えている。 赤司っちは、年不相応なほどに聡明で頭の良い大人びた子だった。元気がありあまってきゃんきゃんうるさいオレと、誕生日が一番遅かったせいか一番小さくて大人しい黒子クン。全く似ていない三人だったが、それが逆に良かったのか、オレ達三人はそれはそれは仲の良い幼なじみだった。
 何をするにも中心になっていた赤司っちが、親の仕事の関係で急に引っ越したのは、小学四年生の頃の話だ。彼が離れることをオレと黒子クンは泣いて拒んだが、小学生がいくら抵抗したところで転勤が覆る筈もない。必ず戻って来るから、と言って海外へと越して行った赤司っちから、その後連絡はない。
 お前が黒子を守れ。心底信頼していた大好きな幼なじみに言われ、その時は素直に頷いた。嘘を吐いたのではない。その時は確かに、黒子クンのことはオレが面倒をみなければ、と幼いながらに決意したのだ。 だが、そのオレの決心はすぐに崩れ落ちた。
 赤司っちがいなくなってから気付いたのだが、黒子クンは何も出来ない。影が薄いからすぐにいなくなるし、運動神経が良いオレと比べるとどうしたってとろくさいから、一緒に遊んでいてもつまらない。何を考えているのか分からないし、聞いても必要以上のことは喋らない。
 赤司っちがいた頃は、彼のカバーがあったから三人仲良くやれていた。だが、彼がいなくなった今、オレ一人では黒子クンの相手をしきれなくなってしまった。
 黒子クンといてもつまらない、面白くない、イライラする。
 毎朝一緒に登校していたのを、ある日何も言わずに勝手に先に行って、帰りも彼を避けて他の友達と帰った。最初こそオレを追いかけてきたが、すぐに諦めてオレに関わらなくなった黒子クンを見て、向こうもオレのことをその程度にしか思っていなかったんだと思い知り、安心すると同時に腹が立った。そんな相手に時間を費やしていたのか、オレは。 それからは、黒子クンと一切関わりを持たなくなった。家が隣だから小学校、中学校と同じではあるし、同じクラスになることもある。事実、二年生にあがる際のクラス替えで、まんまとまた彼と同じクラスになってしまった。離さないし関わらないのだから関係ないのだが、あいつが視界に入るとイライラしてしょうがないのだ。

「俺は必ず戻って来る。だから黄瀬、その時まで黒子をちゃんと守ってやれよ」

 記憶の中の、小学四年生の赤司っちが言う。それに曖昧に頷いたところで、オレは目を覚ました。
 学校から真っ直ぐ帰って来て、黒子一家が法事からまだ帰ってきていないのを確認した後、いつのまにか寝てしまっていたらしい。まだ半分寝ていて動きの鈍い脳みそを軽く振って、ベッドから上半身を起こす。カーテンを開けて五十センチ先にある窓を見れば、明かりが付いている。 彼と顔を合わせるのは億劫だが、嫌なことはさっさと済ませてしまいたい。軽く舌打ちをしてから窓を開け、手を伸ばして隣の窓を叩いた。

「はい?」

 するとすぐに黒子クンが顔を出した。こうして彼を呼び出すのは久しぶりだ。幼い頃はそれはもう頻繁にこの窓から彼と顔を合わせていて、それが原因で風邪をひいたこともあった。だが、決別してからはここで彼と話すこともなくなった。最後は小学四年生の時だから、実に四年ぶりになる。
 だから、黒子クンが不思議そうな顔をするのももっともなのだ。四年ぶりに、話すこともなくなった幼なじみからこうして呼び出されて、何の用事だと首を傾げるのは当然だ。だが、無性にイライラする。この人は本当にオレを苛つかせる天才である。

「……これ、先生が渡せって」
「ああ、ありがとうございます」

 ぐしゃぐしゃになったプリントを渡すとようやくオレが彼を呼び出した理由を察したのか、それを受け取って何も言わずにそこに立っているのがまたむかつく、イライラする。ちっとわざと聞こえる大きさで舌打ちをすると、黒子クンは急に顔を上げてこちらを真っ直ぐに見つめた。

「な、なんスか」
「聞きましたか? 赤司君、帰って来るそうです」
「え、赤司っちが?」

 寝耳に水なその内容に、相手が黒子クンであることも忘れて普通に反応を返す。それに気が付いてバツの悪さからまた顔を背けるが、黒子クンはそんなこと気にもしていないのか、淡々と話しを続けた。

「近々、としか聞いていませんが。アメリカから家族で戻ってくるそうです」

 へぇ、とだけ返事を返すと、ろくに挨拶もせずに窓を閉めた。後ろ手でカーテンを閉めて彼の言葉を反芻する。
 赤司っちが帰って来る。
 赤司家は現在貸し家になっていて、彼が引っ越してから三組の家族があの家で生活していたが、特に深い交流をすることはなかった。そう言えば先月、最後に住んでいた家族が出て行って空いたままになっていたが、そうか、赤司家が戻って来るのか。
 彼との思い出は、楽しいことばかり……ではないが、概ね楽しい物が多い。賢くて何でも知っていて冷静で、オレ達の面倒を見てくれていた彼のことが、オレは大好きだった。尊敬する赤司っちとまた会える。それが嬉しくて、自然と頬が緩む。だが同時に、最後の彼の言葉を思い出した。

「俺は必ず戻って来る。だから黄瀬、その時まで黒子をちゃんと守ってやれよ」

 あの時オレは頷いた。嘘を吐くつもりだったのではない、あの時は本当にその言葉に従おうと思ったのだ。結果、従っていないのは紛れもない事実なのだが。
 まぁ良い。あんなとろくて何の取り柄もない黒子クンのことを見れば、赤司っちだって愛想を尽かすに決まっている。赤司っちとなら、仲良くできると思う。
 四年ぶりの幼なじみとの再会を思い描きながら、その日は早々にベッドに入った。



「赤司征十郎です。親の仕事の関係で四年間アメリカにいました。よろしく」

 凛とした声が教室に響くと、それまでざわついていた教室が一気に静まり返った。
 クラス中の全員が赤司っちから目を逸らせないでいる。かく言うオレもその一人で、四年ぶりに見る彼の姿から目が離せなかった。 黒子クンから彼の帰還を聞いた翌日。幼なじみ三人の再会は、思いの外早く訪れた。転校生がいると言う担任の言葉に赤司っちの姿を思い出す前に、彼はあっさりとこの教室内に入ってきた。
 風貌は然程変わっていない。赤い髪も意志の強そうな双眸も、あの時の赤司っちがそのまま成長したらこうなるんだな、と納得できる姿だ。だが、彼の纏うオーラが圧倒的すぎた。アメリカに行って帝王学でも学んできたのかと思いたくなるほど、彼はそこに立つだけで圧倒的な支配者たり得た。
 彼の言葉には衆人を支配する力があり、彼の視線に捕まれば平伏したくなる。これは中学生じゃない。こんな中学生、オレは知らない。
 呆然とするオレ達をよそに、赤司っちはクラス中がその一挙手一投足を見守る中悠然と空いている席へと向かう。途中、オレと目が合うと、にこりと微笑まれて、思わずどきりとしてしまう。

「涼太、久しぶりだね」
「お久しぶりっス!」

 引越し前、彼はオレ達のことを名字で呼んでいた。それが四年のブランクを経て突如名前呼びに変わっていたことの衝撃は、彼が帝王になって戻ってきたことに比べればさしたることではない。
 反射的に立ち上がって返事をすると、彼は満足そうに目を細めた。まるで、オレがそうするのが当たり前だとでも思っているようだ。
 赤司っちは教室の真ん中でクラス中をぐるりと見回すと、まっすぐに窓際、一番後ろの席に向かう。全員がその動きを追うが、その先にいる人物が誰なのか、その存在感が薄すぎて誰もが気付いていなかった。
 背筋を伸ばして、肩幅ほどの歩幅で真っ直ぐ向かったその先、窓際一番後ろの席に座っていた生徒――黒子クンは、赤司君の行動に目を丸くして彼を見上げた。

「テツヤ、久しぶりだね」
「お久しぶりです、赤司君。元気そうで何よりです」
「ありがとう。でも、もう少し言うことはないのか?」
「は……? あー……、身長伸びましたね?」
「はは、テツヤ以外の奴の発言ならそいつをハサミで切りつけていただろうね」

 その言葉にクラス中の人間が戦慄した。やる、笑って冗談めかして言っているけど、この男ならそれを普通にやってのける。出会って数分しか経っていない人間に対して確信を持たせるほど、赤司っちの言葉には重みがあった。
 怖いのに目が離せない。全員にやり取りを見られていることに、だがしかし、赤司っちは少しも意に介していない様子だった。見られることに慣れているのだろう。堂々とした振る舞いは、自分がどのように他人の目に映っているのかを知っていて、それを利用している人間の態度だ。

「寂しくはなかったか」
「なんですか、唐突に……。そうですね、寂しくなかったと言えば嘘になります」

 黒子クンは脈絡のない会話にもおじけることなく淡々と受け答えを続けている。無表情のまま紡がれたその返答に、赤司っちの纏う気配が少しだけ色を変えた、気がした。

「そうか」

 ふわりと笑う赤司っちの笑顔は、妖艶と表現するのが相応しかった。ゆうるりと細められた色違いの相貌に滲む彼らしからぬ慈愛と、薄らと開かれた形の良い唇から覗く赤い舌。誰もがそれに見惚れていたから、反応が遅れた。

「僕も寂しかったよ、テツヤ」

 満足そうにそう言った赤司っちは、流れるような仕草で黒子クンの肩に手を置き、身をかがめ、顔を近付けた。それは一瞬の出来事だった。あまりに自然すぎて、最初は声を上げることすら忘れてしまうほどに。 顔を離して、未だ嫣然と微笑む赤司っちと対照的に、黒子クンは眉一つ動かさない。この角度からはちゃんと見えなかったが、あの距離、あの動き、あれはどう見ても、

「キス、したんスか……?」

 思わず漏れた声は、まるで自分のものではないみたいだった。その微かな呟きを拾って、帝王様はゆっくりと優雅に振り返る。

「そうだよ」

 答えた彼の言葉に、今度は教室内が一気に騒がしくなった。




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