黒バス | ナノ






 思春期真っ只中、性春絶賛満喫中の黒子涼太にとって、母親のその一言は死刑宣告に相当するものであった。

「あんた、テツヤ君と一緒に住みなさい」

 終わった、と思った。
 折角の大学生活が、始まる前に終わってしまった、と黒子涼太は頭を抱えた。





 黒子涼太はモテた。物心ついた時には既にもうモテていたから、モテない一般男子の気持ちが全く理解できない程度にはモテた。
 涼しげな猫目に高く通った鼻筋、薄い唇がバランスよく配置されたその顔は、黙っていれば冷たい印象すら与えるが、一度笑えば人懐っこい犬みたいで、見る者全ての心を掴んだ。長い手足に平均よりも大分高い身長、加えてちょっといないレベルのイケメンであり、当然の様に休日の繁華街でスカウトされた彼は、学生業の傍ら雑誌のモデルもしていた。
 そんな彼に言いよる女は星の数で、毎日まいにち彼の携帯電話は鳴りやむことを知らなかった。彼は女性を無碍に扱うことは決してしなかったから、その数は増えることはあっても減ることはなかった。誰かが去っても、誰かが彼を追いかける。来るもの拒まず去る者追わず、をモットーとする彼のことを、それでも悪く言う女はいなかった。
 彼は女性に夢を見させることに非常に長けていた。都合さえあれば、耳元で甘い言葉を囁いて、優しく髪を撫でる。モデルをしていたから、高校生にしては金周りも良かった。少し高いレストランに連れて行けば、大抵の女の子は喜んで彼に身体を預けた。黒子涼太もそういった行為が嫌いどころか大好きであった為、据え膳は全て美味しく頂いていた。
 都合の良い時に都合の良い言葉をくれる最高の男。女たちの自分に対する評価をその程度にしか考えていなかった彼は、どの女に対しても平等に付き合った。それは言い換えれば、誰に対しても真摯で、誰に対しても真剣でなかったことになることもわかっていた。
 だがしかし、彼は若かった。若い性を発散出来るのであればそれで良いと考えていた。縛られるのはまだ早い。気の向いた時に好きな子を抱く、それが彼の生活の中心であった。
 
 自由奔放な性生活を送る彼に、同様に親が放任主義を貫いたかと言えば答えは「ノー」で、それが冒頭の言葉に繋がる訳である。
 彼の両親は極一般的な道徳観を持っていた。度々朝帰りをしたり、女の子を家に連れ込む息子に業を煮やし、折に触れて説教をしていたが、彼には全く響かなかった。どうしたものか、と考えた末に行きついたのが、涼太の義兄である黒子テツヤの存在であった。
 
 黒子涼太の両親は、彼が中学生の頃に再婚しており、黒子テツヤと涼太はそれぞれ父親と母親の連れ子として戸籍上の兄弟になった。テツヤ22歳、涼太が14歳の時の出来事である。
 思春期真っ只中だが、人当たりだけは人一倍良い弟と社会人一年目の兄は、両親の再婚に反発することはなかったが、お互いを戸籍上の兄弟としてしか考えておらず、顔を合わせば軽い会話程度はするものの、親しくなると言うことは決してなかった。
 兄であるテツヤが、両親が再婚した時には既に実家を出て一人暮らしをしていたことも、二人が親密にならなかった要因の一つである。
 この黒子テツヤと言う人間は、酷く真面目な男だった。
 影が薄く、ともすれば忘れられがちで無表情、何を考えているのかわからない男ではあったが、小さい頃から我儘を殆ど言わず、父親の手を煩わせたこともないらしい。新しい家族がいるのだから迷惑をかけられない、と、大学も奨学金を借りて通い、今現在も働きながらそれを返している。
 大学の近くに一人暮らしを始める涼太のお目付け役として抜擢されるには、充分すぎる人物であった。

「テツヤさんだって迷惑なんじゃないの? 今さら仲良くもない義弟と暮らすなんて」
「テツヤ君にはもうオッケー貰ってるわよ。本当に良い子よねぇ、あんたと大違い」

 なんだかんだ理由をつけて拒否しようとすれば、なら学費は全部自分で持ちなさい、と付き離されてしまう。
 モデル業である程度の収入はあるとは言え、一人暮らししながら高い私立大学の学費を払えるほどの甲斐性は、まだ高校を卒業したばかりの彼にはない。
 あこがれの都会の一人暮らし、好きな時に寝て好きな時に女を呼べると考えていた涼太は落胆した。彼には端っから、選択肢などなかったのだ。
 社交辞令程度に交換していた義兄のアドレスに、4年ぶりにメールを送ったら、「ボクは全然構いません。よろしくお願いします」と返って来て、いよいよ涼太は思い描いていた華々しい大学生活を諦めたのだった。





「お久しぶりっス」
「お久しぶりです。入って下さい」

 義兄テツヤの自宅は、涼太の通う大学から四駅先にあった。
 最初は友人とシェアしていたが、去年仕事の関係で出て行ってからは一人で住んでいたらしい2LDKは、なるほど一人で住むには少々広すぎる様だった。築10年程度のまだ綺麗なマンションだが、駅歩があるので比較的安い家賃で借りているらしい。
 玄関先にはスニーカーと革靴が一足ずつ、傘立てには傘が一本だけ。玄関のすぐ横にトイレがあり、その隣に洗面所と風呂場があった。短い廊下を抜け、すぐにリビングに辿りつく。小ざっぱりとしたリビングは物が少ない所為か、綺麗と言うよりも寂しい印象だった。シンプルな電化と家具が幾つか並べられており、統一感はないながらもちぐはぐ感もなく、手頃な値段の無難なものを買い集めたものなのだろう。義兄さんらしいな、と呆れるでもなく涼太は思った。
 荷物はその殆どを業者に頼んでいたから、今手持ちであるのはドラムバッグ一つ。涼太に宛がわれた部屋へ鞄だけ置いてリビングに戻ると、テツヤがコーヒーを淹れていた。勧められるままにコーヒーを一口飲む。
 久しぶりの再会だと言うのに、会話はない。気まずいったらない。テツヤのことは、年の差もあるし、万一同級だったとしても絶対友達にはならないタイプの男だ、と思っていた。無言でコーヒーを啜りながら、手持無沙汰な涼太は義兄の観察を始めた。
 相変わらず、そこにいるのに、いないかのような存在感だった。背は低くないのに、線が細い。色素が薄いせいだろうか、ふと目を離せばすぐに見失ってしまいそうだ。大きな目は快晴の空を映した色をしていた記憶があるが、今は伏せられている為それを確認できない。水みたいな人だ、と思った。味がなくて、するすると指をすり抜けて行く。骨ばった指を眺めていると、不意にテツヤが口を開いたから、涼太は驚いて危うくコーヒーカップを落としそうになった。

「家に女の子を入れるのは禁止です」

 義母さんに口を酸っぱくして言われてますから、と言われ、改めてこの真面目な義兄が自分の味方ではないことを知った。それならば、一人暮らしの女の子を見つけるかホテルに泊まれば良いと考えていると、外泊も禁止です、と事も無げに宣告された。

「はぁ!? 大学生っスよ!? 有り得ないっスよ」
「そう言われましても……全部義母さんから言われていることなので。随分とやんちゃだったんですね、涼太君」
「思春期男子の甘酸っぱい青春の一ページじゃないっスか……」
「しばらくは大人しくしていて下さい。更生したら、義母さんにはボクからも口添えしますから」
「しばらくって?」
「……一年くらい?」
「いち、ねん、」

 何かあったらすぐに報告しろと言われてるので、すみません、と言ってテツヤはコーヒーを飲み干した。
 義理の母親と息子だ、遠慮もあるだろうし義母に強く言われれば断れない気持ちも充分わかる。自分だって、滅多に無理強いしない義父に何か言われれば、ちょっとは考える、と思う。たぶん。それにしたって、一応義理とは言え男兄弟なのだ。もう少し、兄貴らしい対応を望んでも良いのではないだろうか。仕方ないな、少しなら黙っててやるよ、とか。

「残念ながら、そう融通のきくタイプではないので」

 晩御飯は何にしましょう、嫌いな食べ物はありますか? と話を切り替えた義兄にこれ以上懇願しても聞き入れて貰えないことを悟り、黒子涼太は何度目かわからない絶望を味わった。




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