黒バス | ナノ






「ったぁ……」

 痛む腰をさすりながらデスクに向かうと、見かねた同僚からどうした? と声をかけられた。2日前の痛みがまだ残っていて、更には普段使わない筋肉を使ったからか、2日遅れの筋肉痛まで来たのだ。ありのままの事情を話す訳にもいかないから久しぶりに運動したから、と無難に返す。
 とてもじゃないが、本当の理由なんて言えない。
 2年ぶりに会った大輝君はしばらく見ないうちにまた大きくなっていた。身長を追い抜かされたのはだいぶ昔で、それについてはもう気にはしていないのだが、見上げなくては顔が見えない身長差が更に開いていた。体つきもますます大人に近付いていたのを、無理矢理実感させられてしまったのだ。
 両手をひとまとめに抑えつけられて、腰の上に重心をかけられれば動くことすらままならなかった。乱暴な所作で着ていたシャツを脱がされてボタンが飛び散る。ボクの上に跨っているのは野獣じみた粗暴な男なのに、脳裏に浮かぶのはあの夏の日、誇らしげにセミを見せてくれた幼い彼の顔だ。
 呆然として抵抗すらしていないのに、彼は片手でスラックスをおろすと萎えたボクのそこを握って擦って、無理やりに絶頂に追い上げていく。自分の身に降りかかっている不幸を理解出来ないボクは噛みつかれたり捻じられたり、あろうことか人には決して言えないような所に指を突っ込まれて、痛いいたいと泣いたらそんな顔見たくないとうつ伏せにされて、後ろから力任せに突かれた。
 途中からはもう意識もなくて、気が付いたのは次の日の昼過ぎだった。大輝君は居なかったが、体中に残る痛みと、動いた瞬間股の間を伝う液体の感触にそれが現実であることを思い知らされた。混乱している癖に思考は厭に冷静で、すぐにパソコンで男性同士の性交のあれこれを調べてこの液体をそのままにしておくのはどうやら宜しくないことに気が付いた。天気の良い土曜日に、自分で指を突っ込んで中を掻きだす虚しさとシャツのボタンを付け直す切なさ。思い出すだけで目頭が熱くなる。
 25年間真っ当に生きて来たのだから、それなりに女性との経験はある。酔って目が覚めたら知らない女性が寝ていたこともあったし、それはそう珍しいことではないと思う。その証拠に、目が覚めた時女性は何ら慌てるそぶりも見せず、じゃあね、と言って早朝のホテル街をヒールで去って行った。だが、男に襲われたのは初めてだ。これはなかなか貴重な体験をしてしまったのではないだろうか。しかも相手は幼い頃から弟の様に可愛がっていたお隣さん家の大輝君だ。
 産まれた時からずっと世話してきた彼に、犯された。一睨みだけで気の弱い人間なら平伏したくなるような強面だったが、背も高いし顔立ち自体は悪くない。女の子で困ることもないように思うのだが、どうしてこんな暴挙に出たのだろうか。タイピングを打つ手が止まる。
 思春期で悩んだ彼が、兄として慕っていたボクを頼って尋ねて来てくれたのに、頼りなさげなボクに呆れて勢い余って犯してみた、とかそういう……いやいや、ないだろう、これはない。勢い余って犯すってどういう状況だ。
 気を取り直してパソコンの画面と向き合う。無心で資料を作成しながらも、考えるのは大輝君のことばかりだった。
 彼は高校生、昨日で夏休み最終日だった筈だから今日は学校に行っているのだろうか。あの日以来、彼からの連絡はない。年上のボクから何らかのアクションを起こした方が良いとは思うのだが、一応ボクは被害者である。彼の声を聞く勇気が湧かなくて、悶々としながら二晩を過ごした所為で、休み明けだというのに寝不足だ。
 寝ぼけた頭で一日を終えて、明日に回せる仕事は明日に回してしまうことにして早めに切り上げる。今日こそは早く寝よう。このままぐだぐだと考えていても体力と気力ばかりが消耗していくだけだ。しっかり睡眠をとって体力を回復して、今週末あたりに実家に帰って青峰家を訪問してみようか。思春期の勢いでやらかしたことだ。彼だって、今頃男を相手にしたことを後悔しているかもしれない。
 そう考えたら先が開けてきた気がした。睡眠時間を少しでも長く確保するためにスーパーで総菜を買って夕飯をそれで済ませる。シャワーを浴びてベッドに倒れこめば、2日前にそこで行われた行為を思い出す暇もなく睡魔が襲ってきた。それに任せて目を閉じれば、すぐに意識が遠のいていく。
 夢に出てきた大輝君はまだ小さくて、あの夏の日みたいに眩しい笑顔でボクを見ていた。

 気持ちを切り替えると仕事も進むものだ。月曜日に翌日に回した仕事は思っていたよりもスムーズに終わり、連鎖するように今週はほぼ全ての仕事が滞りなく終わった。毎日1,2時間の残業はざらなのに今週はそれもほとんどない。金曜日だというのに定時にはもう仕事がなくて、忙しく動き回る同期を横目に、さっさと会社を出た。本当は誰かと飲みに行きたい気分だったのだが、同僚はみんな忙しそうだし仕方がない。
 明日は実家に帰る予定だし、今日はゆっくり休もうかななどと考えながら自宅マンションのエレベーターに乗り込む。閉めるボタンを押して、音もなく閉じていくエレベーターのドアをぼんやりと見ていると、急に大きな手がドアの間に割り込んできた。閉じていく扉を凄い勢いで再度開いていく。隙間から身体を滑り込ませてきたのは、他でもない、一週間ずっと考えていた大輝君本人であった。

「大輝君、どうしたんですか」
「あぁ?」

 着崩した制服の首元を指でさすりながら、人ひとりくらい殺してるんじゃないかと思える視線で射ぬかれる。相変わらず不機嫌そうな彼に、だがしかし、思い出の中にいる小さな大輝君のイメージが強いから怯むことはない。……さすがに先週のことを思い出すと逃げ出したくはなるが。
 もしかして、先週のことを謝りに来てくれたのだろうか。ボクの問いに答えないまま、大輝君は階数表示を見つめている。あっという間に6階について、腕を引かれて部屋の前に連れていかれると、顎だけで鍵を開けろと訴えてくる。
 大輝君の通う高校は、ここから実家を挟んで正反対の場所にある。電車を乗り継いで1時間はかかるというのに、制服のままここまでわざわざ来てくれたのか。見た目はあれだが、大輝君は明るくて素直な子だ。ついつい絆されて、慮外な態度も忘れて促されるまま鍵を開けて、大輝君を部屋の中に招き入れる。

「もしかして、謝りに来てくれたんですか?」

 未だ無言の彼の背中を押すつもりで言った言葉に、リビングに立つ彼が眉を顰めた。一人で暮らしているこの部屋の中に立つ大輝君は少し窮屈そうに見えた。身体も大きいのだが、彼の存在感の大きさがそう感じさせているのかもしれない。

「謝るって何をだよ」
「先週のことです」

 麦茶でも出そうと冷蔵庫を開けた手を取られる。力任せに掴まれた手首がきしんで、少しだけ顔を歪めた。

「謝る意味がわかんねぇ」
「は、」

 そう言うと、彼はそのまま唇を塞いできた。咄嗟のことで言葉を紡ぐために半開きだった唇からは、容易く大輝君の厚い舌が侵入してくる。熱い温度に眩暈がした。
 呼吸すら飲みこまれるんじゃないかと思える程激しく咥内をうごめく舌の動きは、乱暴なのにどこか拙い。逃げようとすれば後頭部を抑えつけられて、のけぞるボクの上に彼がのしかかる。隙間から漏れる吐息は、触れた部分が全て溶けてしまうほどに熱かった。
 やめて、と音にならない言葉は息として吐き出されて、彼の耳に届くことなく消えた。逃げ惑う舌を追いかけながら、大輝君はまたシャツのボタンをひきちぎる。酸欠で痺れてきた頭の冷静な部分で、またボタンを付けなおさなくちゃいけないなーなんて考えている自分がおかしかった。
 あばらをなぞる掌は、舌と同じだけ熱い。女でもないのに乳首をこねられて、妙な感覚に背筋が粟立った。

「だいきくっ、何するんですか、」

 ようやく中断された口づけに、口端を垂れる唾液を拭いもせずに訴えれば、大輝君は苦そうに顔を歪めた。ボクの言うことなど聞くつもりはないのだろう。何も言わずに再度唇を塞がれ、視界の外から今度はベルトを外しているのであろう金属音が聞こえてきた。
 考えたくはないが、大輝君は先週と同じことをまたしようとしている。恐らくこの予想は十中八九間違いない。
荒い呼吸でスラックスごと下着もおろされて、視界から大輝君が消えたかと思ったら今度は下半身に強烈な違和感を覚えた。急所を包む熱い粘膜の感覚が、過去の彼女にしてもらった数少ない経験とだぶる。泣きたい思いで視線をゆっくり下におろしていくと、案の定、股間に頭を埋める大輝君の後頭部が見えた。

「やだ、何してるんですか、……っは、やめっ」
「いいはらだまっへろ」

 拒絶の言葉は受け入れられず、表面を舌がなぞって行く感覚に、胃の奥にくすぶっていた火種が無理矢理に点火させられていく。ちろちろとくすぶっているだけだった火種は、彼の舌の動きと比例して大きな火となっていった。どうしようもないほど昂って行く気持ちと身体がやるせない。
 相手はあの大輝君だ。産まれた時から世話をしてきて弟みたいに可愛がってきて、彼もボクのことを本当の兄のように慕ってくれていた。そう思っていたのはボクだけだったのか。何が楽しくてこんなことをするのかは甚だ理解出来ないが、その弟みたいな彼に舐められて犬みたいに盛っている自分が酷く惨めだった。
 溝を抉られ軽く歯を立てられた衝撃で、みっともない声を上げて射精する。力の入らない身体で、必死に酸素を吸いこもうと口を開いた。

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